第238話 それは忘れていた脚本
「ようこそ、ジャネット様、シャーロット様」
ファミリーネームで呼ぶのは貴族の仕草。
ファーストネームは親しい間か、あるいは庶民の仕草。
ってことで、庶民の身分から現れてその卓越した才能を開花させ、ついには世をときめく劇作家となったミニマリスさんと会っているわけだ。
彼女は茶色の髪を結い上げた、目つきの鋭い痩せぎすな壮年のご夫人。
興味深そうに、私たちを交互に見ている。
次の劇の題材に使われたりしない?
「ファーストネームで呼ぶことをお許しください。庶民の私が貴族の方々の真似をするのは、むしろみっともないですから」
「私もシャーロットもそういうのは気にしないから、ざっくばらんでいいわよ……って言っても、辺境伯の名代がそんなこと言っても怖いよねえ。まあ気にしないで。まず、今回の件についてはシャーロットが引き受けるって」
「ええ。謎はほぼほぼ、わたくしの頭の中で解けていますけれども……。ここには証拠を見つけに参りましたわ」
「なんてことでしょう! もう謎を解かれたのですか!? はあ~。脚本を書く以上、頭のいい登場人物を描くことは多いのですけど、本当に頭がいい人を眼の前にすると、自分もまだまだだと思わされますね。その、謎解きを聞かせていただいても?」
「今はまだ、語るべき時ではありませんわ」
シャーロットが告げると、ミニマリスさんは「ああ~」とか言ってなんかうっとりしているのだ。
「こ、これが本物のシャーロット様の推理……! もったいぶるのが堪りません……!!」
「わかんない世界だなー!」
特殊な趣味の話はともかく。
それでは、捨てる対象だった器物の中身を探してみようということになった。
既に、ミニマリスさんの使用人の方々が色々探ってるみたいなんだけど。
アテがないのに探すっていうのは大変だよね。
何を目的にしたらいいか分からないわけだから。
「では皆様! 何を探したらいいかお伝えしますわよー!」
使用人の皆さんが振り返った。
みんな顔には疲労の色がある。
そりゃあ、アテもないものをずっと探してて疲れただろうなあ。
「よーし、みんな休んでて。後は私がやる」
「えっ!? ワトサップ辺境伯令嬢が直々に!?」
「体動かすのは趣味なのよ」
ミニマリスさんは驚いているようだけど、辺境出身の私としては、自分で体を動かして仕事をするのはいい気分転換になるのだ。
労働が本分なのは部下たちだけれど、貴族は趣味で労働をするわけ。
だから、部下の仕事を奪うわけではない。
「さあシャーロット! 何を探したらいい? どこを探したらいい?」
「そうですわね。探すものは紙ですわ。ミニマリス様、劇脚本を書かれた時、どういう形で保存していらっしゃいますの? そうですわね……しばらく公開するつもりのない、草案程度の脚本。誰かにそれを話のネタとしてお伝えしたような、そんなものなのですけれど」
「ず、随分具体的ですね……!? ええと……。すぐに提出するものはクリップで挟んでテーブルの上に置いておきますけれど。そうでないものなら、封筒に入れてしまっておきますね。発表できないなと思ったものは捨ててしまいますから……」
「ジャネット様。そこに積み上がった書籍の山の中に、封筒がございません? サイズは本よりも大きいでしょうから、すぐに分かると思いますけれど」
「はいはい。どれどれ……? あったあった」
すぐに見つかった!
妙に大きな封筒は、やたらと分厚い。
「ああ、それは私が没にした脚本です。その、発表しづらい理由がありましたので」
「コイオーキ伯爵家の怒りに触れるとお考えになられたのでは?」
ビクッと震えるミニマリスさん。
ゆっくりと、シャーロットに振り返った。
「どこまでご存知なのですか……!?」
「ミニマリス様。あなたのパトロンがコイオーキ伯爵家で、ラブリナ様はその時の恋人を連れてあなたの家を訪れていた。ラブリナ様の話す恋の遍歴から、ミニマリス様は多くの着想を得てらっしゃったのでしょう? ですけど、その中でまずいものが存在していた。ですけれど、ミニマリス様は作家としての業に抗えずに一気に書き上げて……世には出せないとして、処分することにして」
「ええ……ええ! あの危険な原稿は処分しようと思っていたのです! 思っていたのですけれど! ダンシャリの恋の着想が降ってきて、それどころではなくなってしまったのです! 私は創作に魂を売った女です。処分することより、作ることに夢中で……!」
お陰で捨て損ねた危険な原稿が、コイオーキ伯爵家に存在を知られてしまったわけだ。
ミニマリスさんとしては、それが原因だったなんて今の今まで全く気付かなかったわけで。
「あの、この場で燃やすわけには……」
「脚本の存在を伯爵家が知った以上、燃やしてしまってもそのことを信用はしてくれませんわね。ここは取引をすべきですわ」
「取引……!?」
「かの伯爵家は、依頼をわたくしが受け、解決するものと見て脅迫に来ましたの。つまり、脅迫が失敗した以上、向こうもこうなることを覚悟しているものと思いますわね」
「それはつまり……」
ここで私は結論を告げる。
「私とシャーロットで、ミニマリスさんと一緒にコイオーキ伯爵家に乗り込もうってわけ。大丈夫。私達、修羅場はたくさんくぐってきてるんだから!」
伝説の騎士の護衛を得たつもりでいて、と告げたつもりだったのだが……。
ミニマリスさんったら真っ青になっているのだった。
修羅場耐性を自分基準にするのはよくないかも……!




