はい婚約破棄!!
「ダムですわね」
「ダムっていうと……。川をせき止めて水を溜めておくやつでしょう? 洪水を防ぐために、増水した川の水を止めておくみたいなのとか」
「ええ。水を止めて、そこから農業用水を引いたりなどもしますわね。ここにはごく単純な構造のダムが作られていたようですが……それが壊されていたようですの」
「ええっ!?」
この盛り上がった土がそうだというのだろうか。
砕かれた土の間から、水が流れている。
そこから川に合流しているような……。
「あっ、川の上流が二つになってるってこと? 本来はダムでこちらの流れをせき止めて、川は向こうに流れるようになっていた。それが、川の水が溜まったタイミングでこれを壊してしまったから、水は一気に不溢れ出して集落に押し寄せた……!」
「そうなりますわね。恐らく、風の集落のご先祖が作ったダムだったのでしょう。内側には石や岩も敷かれてそれなりに頑丈に作られていたようですが……。きっと、王都ではラグナ教の使う爆弾が取引された跡が見つかりますわよ。ご禁制の品なのですけれど」
なーるほど。
何もかも分かってしまった!
「ウワキノス男爵、リュミスが気になったはいいけど、もうカタブツナ男爵といい雰囲気だったのでどうにかならないかと集落を探った。そしたらダムがあって、これを大雨の来たタイミングで壊して集落が洪水被害に遭ったところを……素早く支援して恩を着せたと!」
「そうですわね! いやあ……行き当たりばったりな行いですけれど、この事実が白日のもとに晒されてはまずい、ということだけは理解していたのでしょう。それで、刺客がわたくしたちを追ってきたと」
「なるほど……」
斬り倒された刺客を眺める。
そうしたら既にシャーロットが、刺客のところにしゃがみ込んでいる。
「一見すると彼の素性を語るものは何も身に着けていないように見えますが……。この衣類も装備も武器も、全てゼニシュタイン商会がオリジナル商品として流通させているものですわね。つまり王都で揃えたことは確定。さらにこの毒の種類は……うん、色と香りから察するに神経毒で、これは盗賊ギルドとつながりがなければ手に入りませんわ」
「つまり証拠だらけってこと?」
「ええ。顧客の情報は守るものでしょうけれど、それを明らかにさせる権力を持っている方が今回の依頼人ですもの」
「ゼニシュタイン商会や盗賊ギルドに、そのポリシーを守らせないような依頼人って……」
一人しかいないじゃない!
私の頭の中には、いつもお腹が痛そうな、エルフェンバインで一番偉いお方の顔が浮かんでくるのだった。
その後……。
王都へ戻った私たちは、刺客から得た証拠を全て調査した。
装備も毒も、ウワキノス男爵の手のものが購入していたのだった。
これに合わせて、ラグナ教謹製の爆弾も、ウワキノス男爵が購入していたということだった。
かなりの値段がしたと思うんだけど、そうまでして風の巫女リュミスを自分のものにしたかったのかなあ……!
「あの御仁は、目をつけた女性はどんな手を使ってでも手に入れねば気が済まない、という病気のようなお方でしたから」
「そうなんだ……!! 理解できない」
「殿方の中でも、特に変わった方だと思いますわよ?」
全てを明らかにした私達は、この証拠を依頼人に提出した。
それは例のサウナで行われたんだけど……。
「それでは……陛下……じゃなかった、依頼人様にお願いして場を設けていただきますね。ぜひ、お二人ともその場にはお越しになってくださいませ。近く、案内状を差し上げますから」
「案内状……? いやまあ、陛下って言っちゃってるし」
「ですわねえ。今回は、わたくしたちは観客となって展開を見守るのが良さそうですわよ」
「それが気楽で何よりよ……」
当事者ばっかりだと疲れるからね。
ということで、招待状が届いたのは3日後。
思ってたよりも早い!
私とシャーロットは、大急ぎで王宮に向かったのだった。
場所は謁見の間。
イニアナガ陛下が玉座におられて、その御前にはリュミスと二人の男爵。
何故か、ウワキノス男爵はとても得意げなんだけど。
「わたくしたちが証拠を見つけた……という情報は、ウワキノス男爵に届かぬよう隠蔽しておきましたから。彼はきっと、策略が上手く行ってると思い込んでいますわ」
「なーるほど!」
これは意地が悪い。
「皆、おもてを上げよ」
臣下の礼を解け、との陛下の仰せだ。
三人は立ち上がる。
「風の集落は、風の精霊王ゼフィロスを祀る一族だ。我がエルフェンバインはイリアノス法国より彼らを招き、土地を用意した。彼らこそは、このエルフェンバインという国の成立に大きな尽力をした者たちだと歴史が語っているからだ」
そもそも、イリアノス法国が独自の一なる神を祀ったことで、この世界にもともとあった精霊信仰から離れてしまったのも、風の集落がこっちに移住してきた一因なんだよね。
王立アカデミーで勉強しておいてよかった。
エルフェンバインは今まで、幾度も風の集落に接触しては深いつながりを作ろうとしてきたんだけど……。
彼らは金銭に重きを置かないし、閉鎖的だしでなかなかつながれなかったのだ。
だが、そこにカタブツナ男爵という人物が登場した。
彼は風の巫女リュミスと心を交わし、王国の悲願であった風の集落とのつながりをもたらす人なのだ。
つまりこれは、カタブツナ男爵を社交界にアピールするイベントでもある。
ウワキノス男爵、風の集落とエルフェンバインを結ぶのが自分だとばかり思いながら、得意げな表情だ。
リュミスに振り返り、にやりと笑った。
そして周囲に朗々と語りかける。
「この場を借りて! 私が王国と風の集落のつなぎ手となる栄誉をお許しください! おお、風の巫女リュミスよ! 君は私の妻となり、この国に風の加護をもたらそう! そうなれば、我らの栄誉も栄達も思うがままだぞ! さあリュミス!」
ウワキノス男爵が手を伸ばす。
だが、リュミスはその手を取らなかった。
「申し訳ございません、ウワキノス様」
「へ?」
ウワキノス男爵、とっても間抜けなお顔。
「私の心は、カタブツナ様とともにありますので……。あなたとの婚約をこの場で、破棄させていただきます」
「なっ!? なななななな、なんだとーっ!?」
ウワキノス男爵の顔が真っ赤に染まった。
怒りと恥辱で、我を忘れている。
「そんな恥知らずな! 恩知らずな! 洪水に襲われた集落を誰が救ったと思っている!? 俺だぞ!? このウワキノス男爵が……」
ここで、シャーロットがすたすたと歩み出た。
「では……ここで、風の集落のダムを破壊した何者かと、破壊した手段、そしてその企みの裏側にいたお方について、わたくしが語らせていただきましょう。さあさ、ゼニシュタイン商会の方、盗賊ギルドの方、こちらへ……」
シャーロットが次々と、ウワキノス男爵の悪事の証拠を並べ始める。
証人までが続々と現れ、ウワキノスの赤かった顔が真っ白になっていくのだった。
いやあー!
楽しかった!
ウワキノス男爵は爵位剥奪!
牢獄に放り込まれることとなった。
その領地はカタブツナ男爵が管理することとなり、風の集落は彼の庇護下に入った。
近く、カタブツナ子爵が誕生することになるだろう。
「どうでした? ジャネット様。今回の出し物で、過去の鬱憤は晴れまして?」
「うんうん、これはいい婚約破棄だったわね。別に昔のことを気にしてたわけじゃないけど、婚約破棄っていう言葉自体は好きじゃなくなってたもの。少しだけ上書きされたかも」
「それは何より。ではジャネット様? いい気分のまま、またサウナにでも……」
「行こっか!」
私たちは飽きるまで、サウナ通いをすることになるのだった。




