バイセップ男爵家にて、推理の準備は万端
「おお、これはこれは。ラムズ侯爵令嬢。そして……ええっ!?」
出迎えてくれたのはバイセップ男爵御本人。
大きな身体の方で、私も舞踏会などでは何度かお見かけしている。
彼は長い間軍務を経験していて、優れた兵士としても知られた人なのだ。
だからなのか、鍛えられた体が、今にも身につけた衣装を破ってはちきれそう。
私はちょっとハラハラしてしまった。
「ジャネット様!」
「あ、いけない。おほん」
私は咳払いした後、微笑んだ。
「男爵の奥方が事件に巻き込まれていると聞いたので、友人のシャーロットに無理を言ってついてきました。迷惑でしたか?」
「ああ、いえ、そのようなことは。むしろ……ワトサップ辺境伯家は、我ら部門にとっての憧れなのですよ」
おや、お世辞かな……?
と思ったが、男爵の目がキラキラ輝いている。
うわっ、本気だ。
男爵自ら、私達を屋敷の奥へと案内してくれる。
彼の後を歩きながら、
「変わった人なんだなあ」
そう私は呟いた。
するとシャーロットがなんとも言えぬ顔をする。
「ジャネット様は、ご自身が武人たちからもどう扱われているか、どれだけ崇められているかを知っておく必要があると思いますわねえ」
「あら、それってどういうこと?」
「ちょっとしたアイドルみたいなもの、ということですよ」
「まさか!」
私は目を丸くする他なかった。
何を言っているんだシャーロットってば。
これは、私を混乱させて、お屋敷の中で好き勝手できないようにする作戦に違いない。
いくら吸血鬼マスキュラー絡みの事件だからって、私がそんな無茶をするはずもない。
だいいち、私は吸血鬼なんか信じちゃいないのだ。
そんな私の表情を読み取ったみたいに、シャーロットが頷いた。
「ええ、そうです。お話と現実は全く別物ですもの。さあ、奥方との面会ですわね」
そこは屋敷の一番奥。
中庭に面しているから、そこからだけ外の光が届くような一室に彼女はいた。
腕には赤ちゃんを抱っこしている。
「ラムズ侯爵令嬢をお連れしたぞ」
「はい、あなた」
「この方なら、馬鹿げた噂の真相を突き止めてくれるだろう。まったく。お前が全て話してくれれば解決するものを……」
「……」
黒髪の小柄な奥方は、黙っている。
男爵としては、彼女に掛けられた吸血鬼であるという噂を晴らしたいのだな。
愛だなあ。
奥方の外出を禁じた理由は、ただでさえ目立つ外国出身の彼女が、あらぬ噂によって迫害されないためだろう。
愛だ、愛。
「ジャネット様がうんうんと頷いてらっしゃいます。確かに、お二人の仲はよろしいようですけれども」
奥方はまだ緊張した面持ちで、私達を見ているではないか。
「お二方は……吸血鬼である私を断罪しに来られたのですか?」
「まさか!」
彼女の疑念を、私はすぐに否定した。
「吸血鬼なんかいるわけないじゃない。いえ、それだけ吸血鬼マスキュラーの物語が流行っているということなのだろうけど」
「なあお前。シャーロット様は数々の事件を解決して来たお方だ。隠さずに話してもいいじゃないか。さあ、私にも抱かせておくれ」
バイセップ男爵は赤ちゃんを抱っこしてあやし始める。
愛を感じる~。
この様子をほっこり眺めていた私だったが、ふと横を見たらシャーロットがじっと中庭を注視しているじゃないか。
「どうしたの?」
「この部屋、窓は鋲で止められて、ガラス越しにしか中庭が見られませんわね。まるで何かが入ってくるのを防ごうとしていたみたいに」
「言われてみると……。そうか、部屋の出入りはこの扉を使わないといけないわけね」
「それから、わたくしたちの事をじっと見ている方がいますわよ。ほら」
「えっ?」
扉の影から、部屋の中を伺う小さな姿がある。
身なりのいい男の子だ。
あれがきっとアドミナル君だな。
私が手を振ったら、彼は気づかれた!とばかりに目を丸くして走り去ってしまった。
「よし、追いかけよう」
「ジャネット様!? 男爵、わたくしたち、ちょっと外に出ますわね!」
シャーロットを置いて、私は逃げたアドミナル君を追いかけた。
彼は屋敷の外に出たと思ったら、パッと姿を消してしまったのだ。
「あれ!? アドミナル君? どこにいるの?」
キョロキョロする私の前に、突然長くて細いものが飛び出してきた!
「むむっ!!」
私は素早く後退して、地面に落ちた細長いものをつま先で蹴っ飛ばした。
それは思いの外軽くて、ポーンと飛ぶとカサッと音を立てて落ちたのだった。
「これは……蛇の抜け殻……? どうしてこんなものが……」
走っていく音がする。
アドミナル君は敷地の外に逃げ出してしまったようだった。
いたずらっ子だなあ。
というか、ちょっと悪意を感じないか?
追いついてきたシャーロットは、私が拾った蛇の抜け殻を見て、「やはりそうでしたわね」と呟いた。
「やはりって? 全部分かったってこと?」
「そういうことですわ。謎は全て解けました。なるほど、奥方は吸血鬼の真似事をしてしまったわけです。さあジャネット様。お話を終わらせましょう? ただし……男爵にとっては、迷宮入りになるかも知れませんけど」
「どういうこと!? まあ、カゲリナとグチエルの大好きなお話にはなりそうもないっていう事だけは分かるけど!」




