第214話 家の地下には
先代宰相の宝石は、厳格な政治を行っていた彼が引退する際、ずっと貯めていお金で手に入れた大きな輝石だそうだ。
これを加工して台座にはめ込んでいて、美術品としての価値も極めて高かったとか。
エルフェンバインの国宝とはいかなくても、それに準じるくらいのものとして扱われており、王立博物館の倉庫にいつもは収められていた。
だが、イベントがある際は表に出てきて、鑑賞される、そんな状態。
ある時、台座の経年劣化からか、宝石がグラグラしていた。
台座を作成した技術としては、少し前の時代のものが使われていて、この技術を持った職人は国内にもう存在していない。
そこへ、ガストンと名乗るイリアノスの美術品業者がやって来た……ということだった。
「ガストンは、古い技術を継承している職人と繋がりがあると言っていたそうです。博物館の職員はどういうツテからか彼と面会し、その言い分を受け入れてしまったと」
「あら。じゃあ責任重大じゃない」
「そうなりますね。しかし、存在しない技術が必要なときに、それを提供できると公言する者を頭から否定することは難しいものですよ」
「そうか。そうかも。じゃあ陛下は職員の責任は追求しない方向なの?」
「それはそれとして三ヶ月減給だそうです」
「しっかりしてる。寛大な処置ではあるけれど」
真面目に仕事をした人に、過分な責任を求めないのがイニアナガ陛下のいいところである。
「あ、あのお……」
恐る恐る、ムチホッソーの姉妹が話しかけてきた。
「こちらが主人の部屋です」
亡くなった、ムチホッソー家当主の部屋。
このまま長男が成長すれば、彼が当主として継ぐことになるだろう部屋だ。
「やあ、ありがとう。私はここに、事件の鍵の一端があると考えている」
「鍵?」
「さほど複雑な事件では無いということですよ。ほら、ここにずらりと本が並んでいる。ところでこの一角だけは意図的に本がランダムで並べられていると思いませんか?」
突然マクロストが話題を変えて、壁際の本棚を指し示した。
「本が? ちょっと分からないかも。ええっと、建設関係の本? 歴史書? 特に法則とか無いんじゃないかな」
「でしょう? では上の棚と下の棚は」
「読み物が並んでる」
物語系の本がずらりと並んでいて、どうやらこれは当主氏の愛読書だったらしい。
本の背は手垢で汚れ、しかし物語はきっちりと収まっていた。
「あっ。この列だけ、本の背がきれいなんだけれども。……この本だけちょっと汚れてる?」
ムチホッソーの姉妹に振り返って尋ねたら、触ってもいいと許可をもらった。
どれどれ……?
一冊だけ汚れている本を引っ張ってみた。
……固い?
「ぬっ! ふうんっ!」
「お嬢、妙齢の令嬢がその声はいかがなものかと思いますよ」
「うるさいわねナイツ。いいの!」
私は力を込めて、本を引っ張った。
すると……。
ガタンッと音がして、本棚の横にある壁が半開きになったのだった。
「隠し扉」
「ええ。これが、バタールという男の狙いでしょう」
「狙い?」
「ムチホッソー家は、表向きは貴族にも親しい名家。ですが、その実態は貴族から依頼を受け、専門的な工作や加工を行う職人だったのですよ」
マクロストの説明に、ムチホッソーの双子は目を丸くして驚いた。
何も知らなかったらしい。
「一子相伝だったのでしょう。秘密を知る者が多いほど、技術が外へ漏れていく危険がある。先ほど、私が言ったでしょう。古い技術を継承する者がいなくなってしまったと。それこそがムチホッソーの家です」
扉は建付けが悪くて、ナイツに開けてもらう事になった。
そこから先は階段。
魔法の灯りがあちこちにあって、これらを点灯させながら下っていくと、そこは広い工房になっていた。
「家の地下に、こんな施設があったなんて……」
「何も知らなかった……」
誰にも知らせぬまま、ムチホッソーの当主は死んでしまったわけだ。
だけど、バタールはどういう訳かこの工房の存在を知っていたということ?
「バタールと名乗っているのは、実際に当主の兄であるラードと繋がりを持っていたのでしょう。そもそも、長男であるラードが家を継ぐことができなかったから、当主がこの工房の秘密を教えられた。放逐されたラードもまた、秘密を知っていてもおかしくはありません」
「っていうことは……繋がったかも」
「繋がったでしょう」
マクロストが微笑んだ。
「ほんと。ラムズ侯爵はシャーロットみたいに、全部自分で喋ってしまったりしないのね。私に考えるように促してくれてる?」
「さあ、どうでしょう? では何が繋がったか教えて頂いても?」
「ええ。美術品業者のバタールが、先代宰相の宝石を盗み出した。だけど、台座も合わせての美術品価値だから修理したい。修理できる技術は失われているけれど、ラードと知り合って、それをするための工房があることを知った。だからこの家を手に入れようとしている……で合ってる?」
「お見事です」
拍手されてしまった。
双子まで拍手してくる。
なんだなんだこの空気。
祝福されてるけどムズムズするなあ。
「さて、ここから先は予想できるでしょう。もし、バタールがワトサップ辺境伯名代であるならば、どうしますか?」
「追い払われて、だけれどもリスクを負って手に入れた宝石は諦められないものね。だったら……武力で押し入るかな」
「ご明察」
なるほど。
じゃあここからは、私のよく知っている世界になるみたいだ。
「お嬢、悪い笑顔になってますぜ」
うるさい。




