第184話 謎の死体と設計図
今の時代は比較的平和だけれども、国々の間に争いが無いわけではない。
表向き手を取り合っている、エルフェンバインとアルマース帝国、イリアノス神国。
だけれど、この三国はかつてはいがみ合う間柄だった。
特にアルマースとイリアノスは今でも仲が悪い。
ザクサーン教とラグナ新教という、二国が掲げている国教同士が対立し合っているためだ。
かつてエルフェンバインもこの二国に争いに巻き込まれ、ついにはイリアノス神国の前身であるディアマンテ帝国に併合されかかったことがあったとか。
色々あって、エルフェンバインはこうやって独立を保っている。
今の時代を生きる私としては、ホッとする話だ。
「またまた」
そんな話をしていたら、対面で私の話をメモしていた、新聞記者のターナが笑った。
「ジャネット様は武神みたいな方じゃないですか。なのにホッとするなんて」
「武神はともかくとして、戦いなんて無いほうがいいのよ。だって戦ったら怪我をするかも知れないし、死ぬかもしれないでしょう? 誰だってそれは嫌だもの。私も普通の貴族の家の生まれだったら、戦いなんて知らないまま過ごしていたわ。だけど、辺境伯の子として生まれたからには、自ら戦場に立たなければ人はついてこないの。だから戦場で命のやり取りを何回もしてきた。あんなもの、経験しないで済むならその方がいいのよ」
「な、なるほどー」
ターナが鼻息を荒くして、メモをがしがしと書き込む。
また、彼女が執筆しているシャーロットの話に私の記述が足されそうな予感。
「あんまり私のことは書かなくていいからね」
「いえいえ! お二人は一緒っていうのが大事ですから!!」
うーん……!
変な脚色とかされないだろうな……?
「それからターナ、よく私のところにやって来るけど、仕事はちゃんとやってる?」
「もちろん! ジャネット様のお話を伺うのは、仕事の合間で……」
「合間の割に、のんびりたっぷりお茶の時間を楽しんでいってない……?」
「それは……あっ!!」
日が傾き始めているのに気付いて、ターナが座った姿勢のまま飛び上がった。
「いけない! も、も、もうこんな時間!! うひいー、編集長に叱られるー!! それじゃあジャネット様、これで!」
彼女は凄まじい勢いで去っていった。
嵐のような人だ。
さて、私はと言うと。
午前中にアカデミーを終えて帰ってきてから、ターナとお喋りをして、まだ時間は夕方には早い。
鍛錬をしてもいいけれど、その後に身を清めると夕食を摂って寝るだけという気持ちになってしまうし……。
シャーロットの顔を見に行こうかな。
そういうことに決めた。
「バスカー、シャーロットの家に行くわよ」
『わふん!』
家から大きな犬が走ってきた。
ガルムのバスカーは、今日も元気いっぱい。
彼の首輪にロープをつけて、ロープの端に握りを取り付けて、お散歩がてらにシャーロット邸へ出発だ。
今日のバスカーは走りたそうだったので、私も馬に乗り、並走していくことにする。
シャーロットの家に一直線だとすぐについてしまう。
だから、ぐるっと貴族街を回り、いつもとは逆側から下町に入っていくのが最近の乗馬コース。
途中で港湾部を通過するのだけど……。
そこに見知った顔があった。
デストレードだ。
彼女も私を見ると、アッという顔になった。
馬を寄せて停める。
すると彼女は歩み寄ってきて、
「どうして事件が起きたばかりなのに通りかかるんですか。あなたは事件を嗅ぎつける能力でもお持ちで?」
「偶然よ、偶然。どうしたの? 事件が起こったばかりって言うけれど」
「ここを走った馬車の幌から、死体が落っこちてきたんですよ。そしてそのポケットには、羊皮紙の束がぎっしり。しかも、どうやら国の機密みたいなものだったようで」
「うわあ、事件じゃない。完全に事件だわ」
「そうなんですよ。そして我々憲兵隊が呼ばれて調査を始めたところにあなたがやって来た」
「うんうん、凄い偶然。じゃあ、シャーロットも呼んできた方がいいわよね」
「そうなりますねえ……」
ということで。
シャーロットを連れてくることになった。
彼女は自室で窓を開け放ち、すごく濃く淹れた紅茶を飲みながらぼーっとしていたのだが、事件の話を聞いたらカッと目を見開いたのだった。
「生きる意味を見つけましたわ」
「事件が無いとボーッとしてるのはどうかと思うわね! うっわ、紅茶真っ赤じゃない! 渋そう」
「カフェインが効きますのよ」
「やり過ぎでしょ」
シャーロットを馬の後ろに乗せて、事件現場へ舞い戻る。
バスカーは、たくさん走れて嬉しそうだった。
「来ましたね、シャーロット嬢。髪が乱れていますよ。今日一日全く外出しなかったでしょう」
デストレードにまで、怠惰な生活を言い当てられたシャーロット。
悪びれる様子もなく、いそいそと死体の傍に歩み寄っていった。
「設計図。死体。そしてこれは……絞殺された跡。後ろから締められていて、不意をうたれましたわね。喉を爪で掻き毟った跡がありますし、これは気付いたときには既に絞殺紐が食い込んでいたということですわ。安心させてからの不意討ち……犯人はこの方の顔見知りでしょうね」
さらさらと推理を始めた。
まあ、こうやって事件に関わって生き生きとしている彼女は、私としても好きなんだけど。




