第101話 辺境ワトサップ領へようこそ!
ここ最近、シャーロットが働き詰めだった。
次から次に厄介な事件が起こって、一日に何件も掛け持ちしていた。
とうとう、彼女が疲れて「今日は仕事しませんわ」病に掛かってしまったので、休養しようということになった。
「ねえシャーロット。せっかくだから、私の里帰りに付き合ってみる?」
私が問うと、ラフな自宅用ワンピース姿の彼女が、パッと表情を輝かせた。
「辺境ですの!? わたくし、辺境は行ったことないんですのよね。ワトサップ領はかつての魔王大戦を思わせる激戦区だと聞きますけれども」
「うん。私がこっちに来る前が最大の攻勢だったと思う。それは撃破して、蛮族の族長らしいのとその息子たちをあらかた倒したから、今は小康状態かも。蛮族たちも内輪もめして、誰が上に立つかでこちらを攻めるどころじゃないし」
「話を聞くたびに、同じ国の話なのか疑問に思えてくる次元ですわね。いいですわ、行きましょう!」
そういうことになった。
私たちは、話が決まればその後は早い。
シャーロットは即座に準備を整えて、我が家に向かうことになる。
「おう、シャーロット嬢じゃねえか。えっ、辺境に?」
「ええ、そうですわ!」
驚くナイツに、微笑むシャーロット。
「なるほどなあ。ただの貴族のお嬢さんならお勧めできねえが、あんたなら問題ないだろ。辺境旅行、案内するぜ」
「ええ、頼りにしていますわよ、ナイツさん」
「んっ? 二人ともちょっと仲良くなってない?」
私はハッとした。
だが、シャーロットもナイツも、なんのことでしょう、という顔をする。
うーん。この辺りの機微は全くわからない!
こうして、私とシャーロットとナイツで辺境に旅をすることになった。
バスカーが寂しがるのだが、ここはオーシレイに頼んで預かってもらうことにした。
王宮なら友達のカーバンクル、ピーターもいるし。
辺境までは、片道で一週間掛かる。
王立アカデミーをしばらく休むことになってしまうな。
そうしたら、オーシレイ曰く「俺が個人授業で遅れてるぶんを教えるから問題ない。そもそも、アカデミーなどは人脈と雑学の知識を得るためのところに過ぎん。行かなくても自分でどうにかできるなら、必要無いんだ」とのこと。
貴族の若者は、放っておくとろくなことをしない。
そういうわけで、交流の場として、そして貴族としての教養を得る場として王立アカデミーは存在しているわけだ。
個人授業というのがちょっと引っかかるけど、その申し出はありがたく受け止めておくことにする。
これで安心して旅ができるというものだ。
一週間の旅路は、宿場町やあちこちの貴族領を伝って行くことになる。
少し前は二週間掛かった。
だけど、蛮族の襲撃が減ったので、街道を整備するだけの金銭的余裕が生まれてきたのだ。
馬車が、整った道を快調に飛ばしていく。
「あの領地で食べた鹿料理は美味しかったですわねえー。道中だけでもうちょっと満足してきてますわ」
「まだまだよ、シャーロット。たーっぷり骨休めしてもらうんだから」
馬車の中ではそんな会話をしつつ、窓から見える家々や畑を、あれはどういう人の家だとか、何の畑だとか当てっこしながら旅を楽しんだ。
そしてついに、故郷が見えてきたのだった。
エルフェンバインの国境線を形作る、まるで槍のような峻嶺。
その合間にある谷を抜けて、蛮族はやって来る。
山からはモンスターが。
これらを食い止めるため、辺境伯領は巨大な壁を作り上げ、それを維持している。
「灰色の壁がどこまでも広がっていますわね……!」
「ええ。壁の端から端までで、王都が三つくらい入ると思う。だから、蛮族はこの壁をどうにか越えるしか、エルフェンバインに攻め込む方法が無いの」
「噂には聞いていましたけれども、とんでもない規模ですわねえ……」
「まっ、敵が攻めてくる場所は大抵決まってるんだけどな」
御者台からナイツの声がした。
彼は壁の上を駆け回り、戦場と見定めた場所に向かって壁を駆け下りる。
そして蛮族やモンスターを蹂躙するという戦い方を得意としていた。
彼にとっての『大抵決まっている場所』は、結構広大な地域を指し示す気がする。
領都に近づくと、向こうからドドドドド、と馬の駆けてくる音がする。
あっ、土煙。
「お嬢ーっ!!」
「ジャネットお嬢様ーっ!!」
男たちの咆哮が聞こえる。
私は窓から身を乗り出して、手を振った。
「みんなー! ただいまー!!」
戦場でも声を響き渡らせるため、全身を声を響き渡らせる発声方法だ。
王都では使わないから、ちょっと錆びついてるな。
だけど、ここは戦場ではないのでみんなに聞こえたらしい。
うわーっと大歓声が上がった。
「愛されてますわねえー」
「ええ。みんなのために不断の努力をしてきたんだもの」
こればかりは自信を持って言える。
出迎えてくれたのは、辺境騎士団の面々。
みんな、ナイツに向かって敬礼をして、それから相好を崩して肩を叩きあったりし始めた。
故郷に帰ってきたって感じがする。
遅れて、兵士たちもやって来た。
彼らは徒歩だけど、馬の後を追っても息一つ切らしていない。
「ジャネットお嬢様!!」
「我らの勝利の精霊女王が帰って来られたぞ!」
「今夜は宴だー!」
盛り上がる盛り上がる。
「愛されてますわねえー」
「それはもう」
馬車から降りると、歓声が一際大きくなった。
私は彼らに向かって手を振る。
そして、私に続いてシャーロットが降りてきた。
すると、なんか男たちがどよめく。
なんでどよめいているんだ。
「強者のオーラを纏ったご婦人が」
「何者だろう」
ナイツが騎士や兵士たちに向かって、シャーロットの紹介をする。
私の親友であり、王都では次々に事件を解決した女傑であると。
そして、「手を出すなよ?」と付け加えた。
ドッと盛り上がる一同。
「よーし、それじゃあシャーロット嬢! 領主の館に案内するぜ。お前さんは賓客だ。今回ばかりは何も仕事はないと思ってくれよ」
「そうでしたら、ありがたいですわね?」
「お手をどうぞ」
「ええ」
うーん、シャーロットとナイツ、やっぱり仲良くなってない?
首をかしげる私だった。
ちなみに、ナイツが口にしたシャーロットの仕事がない、という発言。
その日のうちにひっくり返ることになってしまうのだった。




