1-32 劣化魔法使いの常識
「どんな魔法を使うのか、分からなくすればいい……?」
ダリウスの言葉を反芻するように、セシリアが訝し気に呟く。
きっとそれがセシリアが今一番知りたいことの答えなのだろうが、考えてもやはりその真意は分からない。
「それは相手の意表を突く、とは違うんですか?」
「まぁ結果的に意表は突けるだろうからあながち間違いではないだろうが、別にそのために大層なことをする必要なんてないんだよ」
ダリウスはそう言うが、セシリアにはやはりよく分からない。
どんな魔法を使うのか分からなくさせるほどには、相応の準備というものが必要なはずだ。
それこそ様々な技を駆使して相手の意表を突くような、そんな何かが。
しかしダリウスは首を振る。
「まず俺にはそもそもお前たちが馬鹿正直に魔法名を大声で宣言する意味が分からない」
「……? それは魔法の発動には魔法名を唱えるのは必須ですし」
「確かに何かしらの魔法名は唱えないといけないのは事実だ。でもわざわざ相手にも伝わるような大きな声で宣言する必要があるのか?」
「そ、それは……」
確かにダリウスの言うことは何も間違っていない。
別に現代魔法の発動は魔法名を唱えればいいだけで、大きな声で、などという制限はない。
ちょうど先ほどダリウスがサムに言っていた古代魔法の発動に長い詠唱はいらないというのと同じ感じだろう。
でも、そんなこと考えたことがなかった。
魔法名を声高に宣言して発動するのはセシリアだけでなく、ほとんどの魔法師にとっての常識だったからだ。
しかしダリウスはそんな常識に囚われることがなく、自分の価値観の中で考え、行動している。
改めてダリウスという魔法師の底の知れなさを感じずにはいられなかった。
言われてみれば確かにわざわざ自ら攻撃の手を晒すなど、無駄なことをしていたと言わざるを得ない。
だがセシリアもダリウスの言葉を全て鵜呑みにするわけではない。
自分なりに考えて、自分なりの疑問を生み出している。
「でも先生の方法だと確かに一瞬だけは相手の意表を突けるかもしれませんが、発動された魔法を見て、すぐに対応されてしまうんじゃないですか?」
セシリアは先ほどの魔法兵士たちとの戦闘を思い出す。
あの時セシリアは古代魔法という相手の意表を突ける魔法を使って攻撃した。
しかし魔法兵士たちは一瞬こそ焦りを見せたもののすぐに態勢を立て直し、セシリアの古代魔法に対応して見せた。
効果的ではあるものの、ダリウスが言うような絶対的な効果があるようにも思えないのもまた事実だ。
「確かに魔法名を聞かれなかったとしても、発動された魔法を無抵抗で受けるようなやつはまずいない。今回みたいに腕のいい魔法師ほど迅速に対応してくるだろうな。それこそ一瞬で」
セシリアの言葉に感心したように頷くダリウスは言葉を続ける。
そして一度言葉の途中で間を置いたかと思うと、何やら真剣な表情を向けてくる。
「一瞬でいいんだよ」
「一瞬でいい、ですか……?」
ダリウスは頷く。
「そもそも今回、短時間とはいえセシリアが魔法師たちとの攻防に耐えられたこと自体が奇跡と言っていい。でもこれは奇跡じゃない、必然だったんだよ」
「……?」
どうもダリウスの言っていることの要領を得ないセシリアは首を傾げる。
そんなセシリアにダリウスは確認するように聞いた。
「セシリア。お前、今回の戦闘開始直後に古代魔法をぶっ放しただろ?」
「っ……。は、はい」
確信を以て呟くダリウスに、セシリアはドキッとさせられる。
セシリアが古代魔法を使った時、ダリウスはまだ転移してきていなかった。
それなのに自分の行動をピタリと言い当てることが出来たのは、先ほどの言葉たちと関係しているからなのだろう。
「お前が古代魔法を使ったことで、相手は少なからずお前を警戒するようになったんだよ。”まだ何か隠しているんじゃないか”って」
「……だから攻撃の手が緩かったんでしょうか」
思い返してみればダリウスの言う通りだ。
あれだけの魔法師がいるのだから、防御と攻撃の役割さえ分担していればそれだけで太刀打ちのしようがなくなっていた。
なのにそうされなかったのは自分の見せた古代魔法に敵が動揺していたからだったのだろう。
「魔法師にとって一番厄介なのは、自分の常識の外からの攻撃だ。たとえそれが一瞬で対応されてしまうようなものであったとしても、その一瞬は後の戦いに必ず影響してくる」
「……それで魔法名を相手に聞こえないようにする、なんですね」
ようやくダリウスの言いたいことを理解したセシリアは納得したように頷く。
「とはいえ今回みたいなことは例外だ。魔法師の戦いって言えば、戦争とかじゃないかぎりは一騎打ちとかがほとんどだからな。そう考えたら今回のお前はよくやった方だよ」
「……っ」
そう言いながら頭を撫でてくるダリウスに、セシリアは何とも形容しがたい満足感を抱かずにはいられなかった。
ダリウスに認められ、褒められただけだというのに、それだけのことがこの上なく嬉しい。
それはきっとダリウスが曲がりなりにも古代魔法の教師だから、という理由だけではないだろう。
しかし今はこの満足感に身を委ねようと、セシリアは目を細める。
「あれ、でもそういえば先生は魔法名を唱えた時に口を閉じてましたよね?」
「ぎくっ」
そこでふと思い出したようにセシリアが呟いた。
思い返してみれば、以前模擬戦をした時も、ダリウスは口を開いていなかったような気がする。
「いくら声を小さくしていたからと言って、口の動きまではさすがに隠しきれないんじゃないんですか?」
「……お前、本当そういうところは目敏いよな」
なんでそんなことに気付いているんだと半ば呆れながらも、質問されたのだから答えなければいけない。
「あれはな、こうやるんだよ。————セシリア」
「っ……! そ、それは一体……」
その瞬間、ダリウスが口を閉ざしながらセシリアの名前を呼んだ。
口を閉じているのに言葉を発するダリウスにセシリアは強烈な違和感を感じずにはいられない。
「これは腹話術って言って、自分の話したいことを口を閉じながらでも発することが出来る技法なんだ。因みに練習さえすれば基本的に誰にでも出来る」
「も、もしかしてそれだけですか……? もっと何かこう、凄いものは……?」
恐らくセシリアは何かしら期待していたのだろう。
ダリウスが使う技なのだから、きっと凄いものなのだと。
その表情には失礼にも期待外れ感が漂っている。
「お前ら魔法師が奇跡だとか言ってるのは、案外そんなもんさ」
そんなセシリアにダリウスはしてやったりという表情を浮かべると、軽くセシリアの額を小突いた。




