身分証
ブロウスの街に近づくと、そこには十五メートルほどの高い壁に囲まれた大きな街が現れる。
その周囲には、朽ちた戦車のような物が転がっている。
前線だったのかもしれない。
門の前には行列ができていた。
俺たちはその行列に並ぶ。
するとオレゴルが目を覚ます。
ドリスが拳銃を持った。
カチャリと安全装置を外す音がする。
「オッサン。
その娘はどうするんだい?」
山賊のような風貌の男たちが俺たちを囲んだ。
一時の俺たちのが着ていた毛皮の服のようないでたち。
何日も体を洗っていないのだろう……歯は黄色く、体からは臭いがした。
行列に並んでいた者たちは、巻き込まれたくないのか俺たちの周りから去る。
俺は前が開いたのを良しとして、ケッテンクラートを前進させた。
「おっと」
さすがに轢かれる危ないと思ったのか盗賊風の男たちは避け包囲は解けた。
まあ、本来なら一トン以上あるからなぁ。
「何しやがる!」
と叫びながら男たちが来ると、行列がばらける。
それを繰り返すと知らぬ間に先頭に来ていた。
こりゃ便利だ。
おっ、門番の前ではさすが絡んでこないらしい……。
「珍しい乗り物だな」
と聞かれた。
「ああ、とあるところで保存状態が良いものを見つけて直したんだ」
そう言うと納得したらしい。
意外とこういうエルフの遺産のような乗り物があるのかもしれない。
「身分証を」
と門番に言われたが、そんな物は無い。
「田舎者でね、この街に来るのも初めてなんだ」
「そうか、じゃあ仮通門証を渡す。
これの有効期間は三日。
その間に何とかしてもらおう。
三日を越えると罰金と投獄だから、注意してくれよな」
俺のような者も居るのか、門番は定型句のように説明をする。
「身分証はどのように得れば?」
俺が聞くと、
「簡単なのは冒険者登録だな。
冒険者ギルドに行って、冒険者登録と奴隷の所有申請をすればいい。
そのエルフ、お前の奴隷だろ?
獣人の奴隷も居るのか。
お前、かなりの好き者だな」
とニヤニヤしながら門番が言った。
「ちなみにエルフって冒険者登録できるんですか?」
「どうなんだろうな。
その辺はギルドで聞いてくれ。
お前だけに時間をかける訳には行かないんだ」
仕事を思い出したのか「早く行け」と通された。
冒険者ギルドねぇ……。
俺は街の中に入る。
古いレンガ造りの町並み。
あまり変化の無い世界。
まさか……。
スマホをピンチアウトして拡大すると、街並みが現れる。
その中から冒険者ギルドを探すと……。
あった。
この世界ってあまり変化が無いんだな。
千年以上前の地図に冒険者ギルドの表示があった。
ケッテンクラートをゆっくりと進ませて、冒険者ギルドへ向かう。
ドリスから教わったエルフの文字とは違う文字だが「冒険者ギルド」とちゃんと読める。
ああ、俺はこっちの世界に来た時点で人間の言葉に適応はしていたが、エルフの言葉には適応していなかったのか。
だから、ドリスとの意思疎通に手間取った訳ね。
俺はケッテンクラートを止め、ドリスとオレゴルと共に冒険者ギルドの中に行こうとする。
すると、
「待て!」
と言われて盗賊風の男たちに囲まれた。
「いっ、いいんだよな。
あのエルフ、俺たちの物にして」
若干小太りの男の一人がニヤニヤしながらリーダーらしき男に聞く。
「聞いただろ、登録をしていないって……。
エルフの所有は先に登録した者が所有者だ。
エルフの指を契約書に押させた者が所有者になる」
デカい蛮刀を抱えた二メートルほどの男が言っていた。
そんなルールもあるのか……。
知らないと困る事もある。
「オッサンは?」
「殺して身ぐるみ剥げばいい」
リーダーらしき男は言った。
エヘヘと剣を抜き包囲を狭める男たち。
ドリスは拳銃を抜くと、次々と男たちの太ももを撃ち抜いた。
男たちは崩れ落ちる。
「私はあなた達を殺してもいいと思う。
でも、アキトが困るからしない」
と男たちに言ったあと、
「アキト中へ」
とドリスに促され、俺とオレゴルは冒険者ギルドの中に入った。
残念だが、エルフの言葉は人の言葉と随分違う。盗賊風の男たちには通じなかったと思う。
「ヒュー。
エルフ持ちだ」
俺たちが冒険者ギルドの中に入ると、一人の冒険者が言う。
「どこの金持ちだ?
魔法を使わせるためにエルフを奴隷にしたのは?」
そう言って俺の前に巨漢が現れた。
「何だ、オッサンじゃないか。
なんでオッサンがエルフを?」
「俺の妻だよ」
と言うと、「ヒュー」と言う口笛が再び聞こえる。
「とりあえず、今は身分証が欲しいんだ。
受付に行かせてもらえないか?」
俺が言うと、
「俺を動かすことができればな」
俺を見下すように巨漢が言った。
「ならば」
俺は勢いよく足を払う。
ボキッと音がすると、男はひっくり返った。
「アーーーー!」
と騒がしい。
周りは俺が巨漢を倒すとは思っていなかったのかシンとする。
静かなのはいいね。
でも巨漢がうるさい。
仕方ないので、魔法で眠らせると静かになった。
俺は受付けらしき場所に向かう。
選ぶなら、新人っぽい女性かね?
一番若い子を選んだ。
眼鏡をかけた青髪の女の子。
青髪ってあるんだなぁ。
そのうち緑とかピンクとかも居そうだ。
俺は席に座ると、
「悪いんだが冒険者登録をしに来た。
俺を含むこの三人で……」
と言った。
「いっ、いらっひゃいませ。
受付を担当する、カミラと申ひまふ」
一連の言葉を言ったのだろうが、緊張感から噛みまくっていた。
「まあ、落ち着け」
苦笑いしながらカミラの頭を撫でると、カミラの顔が赤くなる。
藪蛇だったかね。
おっと両脇から鈍痛が……。
ドリスとオレゴルがニコニコと笑いながらボディーブローを入れていた。
まあ、耐えられなくはない。
カミラは上目遣いで俺を見ると、再び説明を始める。
「冒険者ギルド証を作るにあたって、エルフの奴隷は所有物と言うことになりますが?」
恐る恐る俺に言うカミラ。
「このエルフは俺に隷属していない。
そこの獣人もな。
奴隷が所有物なら、奴隷で無い者には冒険者ギルド証発行ではいかんのかね?」
俺は聞いてみた。
「それは……」
カミラが言葉を詰まらせたとき、
「誰だお前」
今度は受付けの裏からドワーフらしき髭もじゃ低身長の男が現れた。
「俺はアキト。
この二人の夫だな」
二人が頬を染める。
「話は聞いた。
隷属をしていないのなら、冒険者ギルド証の発行はできる。
ただ、所有していることにしないと、襲われても文句は言えないぞ?」
「その物言いだと、奴隷にしておいた方が安全と言うことか?」
「そういうことになる」
ふむ、所有権云々って奴かな?
「俺は、ドリス……このエルフの夫。
だから、対等で居たい。
妻を襲う男を殺しても問題は無いんだろ」
俺が言うと、
「それは問題ない。
ただ、お前とこのエルフが夫婦だという証明をしておかなければならない」
とドワーフは言った。
「どうやって?」
「まあ、登録するだけだ。
冒険者ギルド証を作って、妻や夫の欄に追加すればいい。
それで夫婦であることの証明になる。
襲われたというのなら、その状況は記録される。
エルフ由来だが、そういう機能もカードには付いている。
あとは、カミラに任せた」
そういうと、ドワーフは奥に戻って行った。
「そういう事なら、早急に登録しよう。
登録料は?」
「一人銀貨二枚の六枚でしゅ」
「でしゅ?」
「です!」
「緊張しなくていいぞ。
ちゃんとやってくれれば襲ったりはしない。
襲う気もないしな」
俺がニコリと笑うと、カミラは安心したような顔になり、手際よく仕事を始める。
俺は三枚のカードにそれぞれの名前を書き、カミラに渡した。
そのカードを何かに通すと、カードが光った。
そして、そのカードを俺の前に出す。
「カードができました。
後は、夫婦である証明なのでしゅが、どなたとどなたが?」
「見ての通りだ。
俺の妻がこの二人」
それ以外に何がある?
同性婚が認められているとか?
「畏まりましゅた」
そう言うと再び何かに通す。
そして、処理を始める。
再び帰ってきたカードにはドリスとオレゴルの名。
ドリスとオレゴルには俺の名が載っている。
ん、これでいいか。
こうして身分証明書となる冒険者ギルドカードを手に入れることができた。
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