62マウント合戦
やけに不敵な笑顔を浮かべていたが、言いだしたのはそんなことかと凛は笑う。
「それくらい凛だってあるけど???」
「え?」
勝ち誇っていた綾香の顔が崩れる。
「凛だってお泊まりしたんだから、お風呂くらい一緒に入ったよ」
「なんで!?!?!?!?!?」
「そりゃぁ、お泊まりしたら一緒にお風呂入るでしょう♡」
凛も綾香も以前のお泊まりは、あろうことかイヴとは入浴出来てはいなかった。
最初はイヴの体調により、二度目はじゃんけんで負けたことによるもの。
サシでのお泊まりになってやっとイヴとの入浴を果たせていた。
これで凛のことは出し抜けた……と思っていたが、凛も今は不敵に笑う。
しかし。
綾香も負けているわけではない。
そう、初めてのイヴとの入浴。
それはそれはまさに天にも昇るものであった。
入浴――だけでなく。
入浴剤によりそのお湯はローション状になり、さらにはその状態での記念撮影。
さすがにこれほどの貴重写真は凛でも、千鶴でも持っているなどありえない。
綾香は再び、不敵に笑った。
「フフ、凛さんも千鶴さんも……ただお風呂に入っただけでしょう?」
(おかっぱまだネタあんのか? まぁ、負ける気しないけど♡)
(綾香さんと凛さんっていっつもこうなんだな。でも、なんだか楽しそう)
スマホを開く。
そこに映っていたのは――入浴中の綾香とイヴの姿である。
ローション状のお湯でテカった肌、悶々とした表情の綾香、そして小悪魔スマイルのイヴ。
これぞ究極。
これぞ負けることのない写真。
勝ち誇った綾香はその写真を見せつけると、大いに鼻息を荒げた。
「これぞ、究極! これぞ究極のドスケベ! どうだ! 私はイヴとこんなことも……!!!」
(綾香さん、なんで大胆な……!!!)
思わず口に手を当てて顔を赤らめる千鶴。
しかし、その視線は綾香のスマホから離すことが出来ずにいる。
こんな風なイヴの表情、というかこんな写真、普通誰にも見せたくはないだろう。
なのに、綾香は自分がイヴとこれほどまでに『親密』だというマウントを取るために披露している。
(勝った……!!! 千鶴さんも凛さんも黙ったまま……!!!)
通常ならば。
千鶴はともかく、凛ならば必ず対抗してくることだろう。
その凛が微動だにしない。
暗い表情のまま視線が床に張り付いている。
この恋愛戦争において、今先頭を切っているのは、
(この綾香さまだッッッ!!!!!)
沈黙。
三人の間にはただ沈黙だけが続いていた。
スマホを手に勝利の栄光をかみしめる綾香。
絶句して両手で口を覆いつつ、スマホから目を離せない千鶴。
そして――。
「良かったね、綾香ちゃん」
笑っていた。
神々しいほどの笑顔で。
まるで加工されたような光が見える輝かしさ。
凛は、笑っていた。
ゾクリ――――……
思わず鳥肌が立つ綾香。
凛は笑っている。
まるで綾香を祝福させるかのように、盛大に、見たことのないほどの笑顔で。
でも。
(なんで……何で凛さんはそんなに笑っているの!?!?!?!?)
悔しがる表情。
絶望する表情。
後悔する表情。
きっとそんな表情をするのだろうと、綾香は予想していたのに。
凛は、笑っている。
「二人きりのお泊まり――……」
凛は話しだす。
まるで今から戦争の終わりでも告げるかのような、落ち着いた声である。
(り、凛さん…………まさか、これ以上の写真を!? いや、あるわけがない! そんなことあるわけがない!)
ゆらり、凛が立ち上がる。
迫りくる凛に、綾香はスマホをまるで盾のように凛へと向ける。
「そう。二人きり。ちーちゃんも、綾香ちゃんも、そして凛も」
「……ッ!」
「勿論、好きな人と二人きりなのだから……お風呂は入りたい、当然のことよね」
ゆらり、ゆらりと綾香を追い詰める凛。
(なんだ、なんなんだこの凛さんは!? なんでそんなに強くいられるの!?)
迫る凛に、綾香は後ずさる。
顔には神々しい笑顔がはりついたまま。それが逆に恐怖を増幅させていく。
それはまるで神。
神が迷える子羊を――懺悔する罪人を温かく迎えるかのような。
「誰もいない空間、邪魔のない空間。きっと綾香ちゃんなら、そう、私と同じ思いをした綾香ちゃんなら」
凛だから分かる綾香の気持ち。
二度もお風呂というイベントを逃してしまった気持ち。
当然、お風呂欲は高まるはず。
当然、綾香も凛も一緒に入りたいと望むはず。
だから。
「綾香ちゃんなら、絶対にお風呂に入りたいと思うはず。そして実行に移すはず!!!!」
「なにが言いたいの、凛さん!!!」
綾香の背が、壁に追い詰められた。
もう逃げ場はない。
目の前には凛がもう裁きを下す神のように立っている。
「分かってたの。綾香ちゃんがどうするか。だって私たち、同じ気持ちだったでしょう……?」
「凛さん……」
同じ境遇だったから。
同じ気持ちだったから。
同じ苦痛を味わったから。
「だから……」
神の表情が、悪魔に染まる。
「……!」
「凛は……それ以上のことをしただけッッッ!!!!!!!」
「なッッッ!?!?!?!?」
驚く綾香の一瞬をつき、凛はスマホを取り出す。
スマホにはイヤホンが繋がれ、即座に綾香の耳にぶちこむ。
すでにスマホは起動している。ギャラリーは開かれている。
「綾香ちゃん、綾香ちゃんなら、きっとお風呂を楽しもうと思ったはず。きっと最高にイチャイチャしようと思ったはずだよね♡」
イヤホンが刺さっているために、その声は聞こえない。
しかし、その口の動きが何を告げているのか綾香にはなんとなく分かってしまう。
「綾香ちゃんは――そう、イーちゃんとのお風呂は天国への階段を上るような気持ちだったでしょう♡」
「……苦ッ!?」
「だから、それに勝つためにはどうすればいいのか考えたの――。綾香ちゃんが天国への階段を上るなら――凛は」
動画。
凛は再生ボタンを押す。
綾香の耳にはイヴの声が聞こえ始める。
『ちょ、凛、なにやってんだよ……あ、やだ、だめ……もうっ』
突き付けられた画面が、綾香の視界を埋め尽くす。
肌色――だけではない。パジャマ姿のイヴがちょっぴりその服装を乱れさせている。
耳には甘いイヴの声。それを楽しむ凛の声。
『イーちゃん、ここ弱いんでしょう♡』
『あ、ぁ……凛……だめ……だって』
映像の中、イヴはくすぐられている。
しかし、くすぐる凛の手は徐々に――。
『凛のばか……凛のえっち……』
なんて拒絶的な言葉を言っているはずなのに、その声は甘くて蕩けている。
「あぁ……あぁ………あああああ!!!」
足腰をガクつかせる綾香。
次第に青ざめていく表情。
マウントを取ったつもりが――今まさにマウントを取られているッッッ!!
「綾香ちゃんが天国への階段を昇っている間――」
「ああああ…………」
「凛はすでに――すでに天国の果てを見ていたのッッッ!!!」
ドンッッッ!
綾香の腰が抜ける。
白くなった表情、半開きの口からは魂が飛び出していく。
「みんな状況は同じだった。だからこそ、この戦争を勝つには先を行かなくちゃいけないの」
「……」
死体となった綾香に唾を吐きつける凛。
「凛は負けないよ。綾香ちゃんにもちーちゃんにも。だって……」
凛が千鶴を見る。
「凛の愛は止まらないからッッッ!!!」
ゴクリ唾を呑み込む千鶴。
凛のその表情は――
何か覚悟を――
覚悟を決めたような凛々しい表情であった。
「誰にも負けない。負けたくない。この恋も愛も身体も、全部イーちゃんに捧げる。そう決めたんだから」
凛々しく、勇ましく、なのに乙女な凛。
その背にはたぶん気のせいであるが、大きな白い翼が生えているように見えてしまう。
恋する乙女。
戦いの覚悟を決めた乙女。
そう、今の凛の姿は――
戦乙女。
恋の戦争へと身を置く乙女であるッッッ!!!
(凛さん凄いなぁ……私も負けていられないな)
(……)
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