56入浴剤
凛と千鶴にはあらかじめ連絡を入れておいた。
千鶴、凛ときて、まだ綾香はサシでのお泊まりをしてはいない。
なので、今日はどうか自分に時間をくれと頼むと、二人もそんな綾香に嫌な顔はしなかった。
今回は母の許可も得ている。
だから安心して何一つ後ろめたい気持ちはない。
学校が終わり、二人で同じバスに乗り込む。
「そういえばさー、前もこうして二人で乗ったよな。あれいつだっけ?」
「いつだっけ、随分前な気がする」
「あれだ! プリ撮ろうとか言ってた気がする」
「そういえば、そうだったね。なんかもう随分前な気がして懐かしいな」
あの時は――まだ凛のことも大して知らなくて、千鶴なんか存在自体知らなかった。
あのときの状況のままだったら、どうなっていのかなと考える。
ライバルがもしいなかったら。
最初から最後まで、イヴと綾香だけだったら。
「あの時アプリ教えてくれたじゃん? あのおかげでたくさん写真増えたんだよな」
スマホを綾香のほうへと見せる。
綾香が教えたアプリで取られた写真の数々。
最初は綾香とイヴだけ。
でも、そこから凛が増えて、千鶴が増えて。
どの写真も、イヴは笑顔だ。
イヴは純粋に女子高生としての生活を楽しでいるように感じる。
確かにイヴと二人ならば良かったとは思う。
けれど、こうやってたくさんの思い出があるのも、それはそれでいいと思える。
だって、その写真に写っている綾香の顔だって。
「この綾香良い顔してるよな。なんか女の子っぽい」
「元から女子ですけど!?」
「あははは、そうだった」
「私だって、女の子だもんっ」
「分かってるって。そうだ、写真とろーぜ」
「うん、私も撮りたい!」
カシャ。
最初に出会ったころと同じ構造で。
でも、あの時よりも笑顔で。
「でもさ、綾香さ」
「何?」
「ちょっとガタイよくなってない?」
さわさわ、もみもみ。
いきなりイヴの手が太ももを摩る。
「ぴゃ!?」
「前はもっと痩せてたのに、ちょっと筋肉ついたような……綾香もトレーニングした?」
「ち、ち、ちちょっとね……あはは」
「ほら、力入れてみ」
おなかをぷにぷに。
少しだけ力をいれてみると、昔はなかった筋肉が誇張する。
「ほら、やっぱり筋肉ついたって!」
「そ、そ、そ、そうかなぁ~(イヴのお手々が! イヴが自ら私を触っている! 触っている!!!!)」
あの地獄のような修行が、今はして良かったと思える。
凛や千鶴に負けないためと思って鍛えられた筋肉が、思いがけずいい方向へとシフトしている。
「すげーじゃん、綾香。あやかイージーゲイナーなんだ?」
「ゲイじゃないよ! 私は……」
叫びに周りの目が綾香に向く。
さすがにここで『私は女の子が好き』なんて言えない。
「イージーゲイナーって筋肉がつきやすい人のことを言うんだよ」
「そうなんだ……はは、そうなんだ……そうなんだ……」
「いやー驚いた。腕もほら、前は木の枝みたいだったのに」
なんて言いながらイヴは触るのを止めない。
(あぁ、神よ。このような幸せがあっていいのでしょうか……)
『いいじゃない』
と聞こえた気がする。
(じ、じゃぁ、少し勇気を出しても……)
『いいじゃない』
「わ、私さ結構身体変わったんだよ……ここじゃあれだけど……お、お風呂はいったら……見てみる?」
「見たい!」
(はいお風呂確定頂きました。ありがとうございます。イヴのために脱ぎます。えぇ、脱ぎますとも)
綾香はまだイヴとサシでお風呂に入ったことがない。
最初は妹に取られ、二度目はイヴが入れず、三度目はあろうことか凛と二度目の入浴。
(やっと、やっとイヴとお風呂に入れる!!!!! 女神と一糸まとわぬ姿で入れる!!!!)
「そうだ、どうせなら入浴剤とか買ってこうよ。色々試したいしさ」
「はい、そうしましょう。いくつかう? 10個くらいでいい?」
「一つでいいでしょ」
「なんで?」
「むしろ綾香がなんで?」
バスから降りると、まっすぐにはイヴのうちに向かわず少し離れた中型のショッピングモールへと足を延ばした。
色とりどりの入浴剤ならぶその棚を見れば、入浴剤がまるでお風呂へのパスポートに感じられる。
「これ良くない? 発汗作用だって」
(発汗!? イヴの汗が……イヴの聖水を飲めるのか!?)
「でも、風呂上りも汗まみれはやだな……」
発汗作用入浴剤を戻す。
前かがみになって棚を見つめるイヴ。
少しばかり後ろに回ってさりげなくイヴのパンチラを拝む綾香。
「あ、これは? ってどこ見てんだよ」
「え、あ、いや……その……」
「今日は可愛くないパンツだからダメ―」
スカートを抑えて笑う。
だが、その笑顔の破壊力よ。綾香は一撃でクラクラしてしまう。
「くっ……久しぶりすぎて刺激が強い……」
「なんの話?」
「いや、気にしないで」
「あ、これよさそうじゃない? とろとろお風呂で肌艶アップだって!」
見せてきたのはピンク色のパッケージの入浴剤だ。
説明を見ると、粉を湯にとかせばお湯がトロトロになり、美肌効果がアップなんて書かれている。
「とろとろ……とろとろ……とろとろだと!!?!?!??!!?!?!」
「これにする? やっぱ若いうちから肌のケアもしないとだしなー」
(お湯がとろとろとか、そりゃもう二人でローションに浸かってるもんじゃねーか!!!!!!!!)
妄想発動。
一糸まとわぬイヴが、ナイスバディなあのイヴが、恋い焦がれる女神のあのイヴが。
裸で、ローション塗れ。
ガッ!!!!
綾香はそこに置いてあった全てのトロトロ入浴剤を手にした。
「これにする?」
「うん、これにしよう。他に選択肢なんてないよ。これにしよう」
「でも、そんなにいらなくない?」
「いいの。これはいくつあってもいい入浴剤だよ。これ以上の入浴剤なんてないよ」
笑顔だけど――笑っていないような気がする。
「じゃ、これでいいか。さっさと買って帰ろうぜ」
「是非そうしましょう。えぇ、早くイキましょう」
「やっぱ一人より誰かとお風呂入った方が楽しいよな。今日は入浴剤もあるし、楽しみだ!」
入浴剤を手に、純粋に笑うイヴ。
そんな顔を見て、邪な気持ちを隠して笑う綾香。
「楽しみだね……あ、そうだ、フリーザーバッグも買っていい?」
「いいけど、何風呂にスマホ持ち込むの?」
「うん、私いつもお風呂にスマホ持ち込むから」
「別にかわまねーよ。じゃ、早く買ってこようぜ」
「うん♪」
フリーザーバッグの使い道。
お風呂にスマホを持ち込むこと。
これはもしかしたら二度とないことかもしれない。
お風呂には後も入れるかもしれない。しかし、そのときはまた邪魔が入るかもしれない。
入浴剤は使わないかもしれない。
手にした入浴剤を見る。
パッケージにはトロトロなお湯に包まれる女性の姿。
(イヴのローション塗れの姿……ここで撮らずにいつ撮ろうというのか!!!!!)




