37可愛い+はじめての恋
イヴは悩んでいた。
入浴前――下着姿になって鏡を見つめると、その顔を険しくしている。
確かめるため、イヴは力こぶを作ってみせる。
平均的な女子高生よりははるかに磨かれた肉体。脂肪の切れた身体は筋肉の部位がよく分かる。
だから、ため息が出る。
そのストイックさから、イヴは来る日も来る日もトレーニングを続けた。
痛めつけられた身体は育成され、その筋肉を肥大化させる。
(脂肪が足りないな……)
スタイルで見れば、それはスポーツトレーナーのような体つき。
美しくはある。むしろスポーツに精通する人ならばうらやむような肉体。
だからこそ、ダメなのだ。
イヴが目指しているのは筋肉のみの身体ではない。
筋肉もありながら、脂肪もついた女子高生らしい身体である。
(しばらくチートデイにするか)
チートデイ。
簡単にいえば食って食って食いまくる日である。
(パフェ食いてぇな)
休日になって、イヴは朝から一人オシャレをすると外へと出た。
ここ最近は凛と綾香とばかり過ごしていた。
気晴らしというのも違うが、なんとなく一人になりたくてイヴは一人駅前のデパートへと足を運んだ。
目的は屋上階にあるフルーツ専門店である。
フルーツ専門店とあるが、置いてあるのは厳正されたフルーツたちを主体にしたケーキやパフェなどのスイーツがメインである。
開店間もない時間、まだ人が多い時間帯ではない。
(今日は食って食って食いまくるぞ!)
一人目を輝かせるイヴ。
「あ、あれ……」
さっそく店に入ろうとして声をかけられる。
「ん? お前……」
私服姿の千鶴だ。
制服をきていない千鶴は、ラフなジーンズとシャツといういで立ちでイヴを前に言葉を失っている。
「ちーちゃんじゃん。何してんの?」
「え、えっと、その、アルバイトのお金が入ったから、今日は少し贅沢しようかなって」
「マジか。俺も今日は食いまくる日にしようと思ってさ。一人で食いまくろうとしたんだけど」
「あ、一人なの? お連れ様はいないの?」
「うん、一人」
「そ、そっか。邪魔してごめんなさいね」
まだ友達には、なれていないのかな。
しょんぼりとした顔が床を見る。
「せっかくだしさ、一緒に入らない?」
「いいの?」
「だって俺らもうダチだろう? こうして逢ったのも何かの縁だ。色々話そうぜ」
ふわり、春風に吹かれる心地。
イヴはさっさと受付に二名と伝えると、千鶴を一緒に入る様に促す。
まだ人がいないということもあり、案内されたのは奥のテーブル席だ。
ファミレスなどとは違い、少し格式の高い店でもあるため、他の客席とは離れてプライバシーが保てるようになっている。
いわば、個室。いわば二人だけの空間。
メニューをテーブルに広げると、二人で見れるようにする。
「何にする?」
顔が近い。
「えっと……私好きなのがあって。これ……」
指さしたのは『季節のフルーツ盛り合わせ、シェフのきまぐれアイスとパンケーキ』である。
「きまぐれって何が出るんだろうな。私もそれにしようかな」
「この前食べたときはイチゴとか柑橘系が多かったかな」
「へー、そうなんだ。じゃぁ俺はこっちのにしよ。せっかくだしシェアしようぜ」
「うん、いいよ」
ウェイターに声をかけてさっそく注文する。
ふと、千鶴はイヴの一人称に疑問を持つ。
俺、私、とイヴは二つの一人称を使う。
私というのは分かるが、俺というのはなんだか似合わない気がする。そもそも何故自分のことを俺というのだろうか。
「ねぇ、六道さん」
「イヴでいいよ。なに?」
「じゃぁ、イヴ。どうしてあなたは自分のことを俺っていうときがあるの?」
「え!? そ、それは……」
前世が男の名残。なんていえるわけがない。
「一時期男にあこがれていてさ。だから、そのときの名残かな……」
「そうなの? あなたほど……綺麗で可愛い人が……男の子になりたいなんて思っていたの?」
ちょっぴりもじもじ。
顔は照れ照れ。
「うん、そういうことにしといて……」
「分かった」
気まずい沈黙。
あまり突っ込まれたくないイヴと、何を話していいのか分からない千鶴。
沈黙を割くように、さっそく注文された品が届く。
「あ、これおいしー! ちーちゃんも食べてみなよ」
スプーンに乗せたムースを千鶴の口へと運ぶ。
「いいの?」
「シェアしようって言ったじゃん。ほら、あーん」
笑顔で食べろと迫るイヴ。しかし千鶴が心配しているのはそういうことではない。
スプーンは、イヴが口にいれたものである。
つまりそこにはイヴの唇が、唾液がついたもの。
(間接キス……いやいや、これはただのシェアだし! 女の子同士だし! 気にすることじゃ……)
パク。
「美味しい?」
「うん、甘くて美味しい」
「なんで顔赤いの?」
「え、赤い!? そんな」
「?」
「あ、あれだよ! きっと駅まで自転車できたから! そのせいで熱があるのかも!」
「自転車でくるってことは家駅から近いんだ?」
「走って10分くらいかな! いやー、ほら、今日日差しも良かったし!」
「……今日くもってね?」
窓から外を見れば空には随分と雲がおおい。
わずかな青空は垣間見えるものの、日光の照射量はずいぶん少ない。
「いいの! 動いたからなんです! まったく、そうやって人の揚げ足とって!」
「フフ」
「な、何がおかしいんですか?」
「いやさ、なんかパニくってるちーちゃん可愛いなって」
『可愛い』
今最も千鶴が反応してしまう言葉を、イヴはなんの躊躇いもなくいう。
ぶさいくであるということは認識している。
ましてや目の前のイヴと比べれば、自分はずいぶんと下の人間に思えてしまう。
「可愛くなんか……ないよ」
「ほら、絶対可愛いって! そうやって恥ずかしがってるとこも超可愛い!」
「嘘おっしゃい! そうやって本音でもなくすぐ可愛いっていうんだから!」
「……じゃぁ、本音で、真剣に言ったら響くのか?」
「!」
急に真剣な眼差しになると、声が低くなる。
ドキリとしてしまう。
さっきまで笑っていた顔が、今は素晴らしく格好良く見えてしまう。
「試してみる?」
「いいです、どうせ可愛いなんて……」
「思ってるから言うんだよ」
イヴが席を立つ。
正面にいたイヴが千鶴の隣に腰掛けると、千鶴のことを隅へと追いやる。
胸が、壊れそうだ。
イヴの顔が近い。真剣な眼差しが目の前にある。
「や、やぁ……」
イヴの唇が、耳元に。
「千鶴、可愛いよ」
ぷしゅぅ。
「あははははは! やっぱりちーちゃんは可愛いなぁ!」
笑いながら元の席に戻るとスイーツにありつくイヴ。
ぺろりと一皿食べ終えると、再びメニューを開いて次の一品を吟味している。
「これも美味そうだな、こっちのも甘そう……ちーちゃん、まだ食べる?」
「甘いのは……もう十分で……しゅ」
これ以上甘いものなんて受け入れられるわけがない。
結局イヴはその後4品ほどのスイーツを平らげると満足そうにしている。
千鶴もなんとか出された品物を食べたが、ちょいちょいイヴが『可愛い』というものだから、耳が真っ赤になっている。
「さて、次どこいく?」
「え?」
「いや、だから、次どこへ行くかってさ」
「私も?」
「ダメ?」
「行く(ダメ)」
思わず思っていることと、口に出すことが逆転してしまう。
「そうだ、俺映画見たいんだ! 親父からタダ券もらってるからさ、一緒に見に行こう」
「う、うん。いいよ」
もう行くといってしまっている手前、拒否をするには遅すぎる。
会計をすませると、二人並んで駅から少し離れた場所まで歩いた。
(こうやって並んで歩いてるなんて)
不思議だなと思う。
少し前まではまるで接点のなかった二人である。
それが風紀向上ウィークを縁に関係が出来て、そこから話すようになって。
イヴから一方的に友達と言われたが、千鶴はそれを嬉しく思う。
あだ名で呼んでくれる存在が、今隣を歩いている。
そのことが嬉しい。
もうすっかり制服を正す、なんていう言い訳は頭から消え去ってしまっていた。
チャリンチャリン。
「あぶね」
「きゃ」
自転車が横を通り過ぎていく。
咄嗟に千鶴の身体を抱き寄せたイヴはその腕に千鶴を持ったまま、自転車を睨みつけている。
「あぶねーな。あの野郎、死ねや」
「あ、あ……」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「だいじょばない(大丈夫)」
また想いと言葉が逆転する。
「え、どこかぶつけた?」
「違うの、違うの。ごめんなさい、気にしないで」
それからイヴは千鶴を歩道側に歩かせると、自分が道路側を歩いていた。
ドキドキしてしまう。
あんな風に触れ合うことなど、身を護ってもらうなど、今までにない経験である。
(この緊張はなに、どうしてこんなにドキドキしちゃうの)
恋。
頭をそんな言葉がよぎる。
でも、認められなくて千鶴は顔を振る。
(違う! これはされたことがないから緊張しているだけ、言われ慣れてないこと言われるから驚いているだけ!)
頬を叩く。
しっかりしろと自分自身に気合を入れるが、顔は赤くなったままだ。
「ちーちゃん大丈夫? 顔ずっと赤いけど」
「大丈夫。本当に平気だから!」
「そうか? おいで」
後頭部を掴む。
千鶴の額に、イヴの額が重なる。
(あわわわわわわ)
「んー、ちょっと微熱気味かな? 本当映画いって大丈夫か?」
「大丈夫だよ! 平気だから! ちょっと緊張してるだけだから!」
「緊張してるの? どうして?」
「ど、どうしてだろう……わかんない」
「映画やめとくか?」
「行く! ほ、ほら、私もその映画見たかったし!」
「まだ何の映画見るかいってなくね?」
恥ずかしさと訳の分からない緊張感で、千鶴はもうダメダメだった。
同級生と話しているとき、ここまでおかしな会話になったことはない。
何故イヴのときだけこうなってしまうのか。
面子を潰されたから?
初めての友達との二人きりだから?
「そうだ、気になってるタイトルがあったから、その映画にしてもいい?」
「ど、どんなタイトルなの?」
「はじめての恋っていうタイトルなんだけどさ」
「はじめての恋なんてしてません! これは恋じゃありません!」
「何言ってんのちーちゃん……映画のタイトルの話してるんだけど……」
「……」
「……」
「よし」
「?」
「ちょっと死んでくる」
「なんで?」
映画が終わるころには、今日が終わるころにはどうなっているのだろう。
はじめての恋。
きっと記憶に深く刻まれるのだろうと、千鶴は予感していた。
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