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24いつからお泊り会だと錯覚していた?

 キャリーバッグを引いた二人が出会ったのは、イヴの家の前だった。

土曜日の朝、二人の視線が合うとそれはさっそくゴングの合図――とはならなかった。

じっと見つめたあとに、先に口を開いたのは凛だ。


「おはよう、綾香ちゃん」


「お、おはよう」


 意外にも普通な挨拶で、綾香は拍子抜けしてしまう。

いつもならば宣戦布告してもおかしくはない。なのに、今日の凛は――酷く涼しげだ。


「ねぇ、綾香ちゃん、一つ聞きたいことがあるの?」


「な、なぁに?」


 どんな質問がくるのかと身構える。


「綾香ちゃんは、イーちゃんのこと好き?」


「え?」


「綾香ちゃんは、イーちゃんに恋してる?」


「……」


 どうしてそんなことを聞くのだろうかと思う。

改めて言われると、照れてしまう。それにライバルに向かって面と向かって『イヴが好き』というのは、なんだか。


「私はイーちゃんのことが大好き。最初はただ気になっていた。でも、今は夢中なの。

もう、この恋はあたし自身にも止められないの」


 冷静に。静かに。でも、はっきりと。

凛の言葉が重く、でも、楽し気。


 そんな言葉を聞いて、綾香も負けれないと思う。

この気持ちが凛に負けているなんて思わない。

お姫様抱っこをされたあの日から、頭ぽんぽんされたあの日から。

綾香はイヴという恋の沼にダイブしている。

だから。


「私もイヴが好き。前園さん、いや、凛さんに負けないくらいに好き。

私は恋の沼に落ちた。でも、その沼から抜け出そうなんて思わない」


 だってその沼はこんなにも刺激的で、輝かしい日常をくれているのだから。


「そっか」


「うん」


 凛は笑う。綾香も素直な気持ちを吐き出すと、どうしてか笑顔になる。


「あたし、負けないよ」


「私だって」


 インターホンを鳴らす。

階段を降りていく音が聞こえる。


「お前ら! よく来たな!」


 愛しい女性ひとが、とびきりの笑顔で出迎えた。


 二人の目にはより綺麗に見えているのもあるが、イヴはクラスでも目立つほどの美しい少女である。

制服姿も、私服姿も、少し周りと差を感じるほどに。

だから、そんなイヴの部屋はきっと素晴らしく小綺麗で鮮麗されているのだろうなと、二人は勝手に想像していた。


「私の部屋へようこそ!」


 シンプルな部屋。

ベッドに本棚。あとはダンベルやハンドグリップ、バランスボールが転がっているのみ。

むしろ生活感なんてほぼ感じないくらいのシンプルすぎる部屋に、二人は口を開いて驚いた。


「なんか、想像してたのと違うね」


「確かに……あ♡ でも、イーちゃんの香りがたくさんしゅる♡」


 大きく吸い込み、吐く。

その吐く息ですらイヴ成分が混ざっているようで、凛は蕩けた顔で呼吸を続ける。


「椅子もなにも無いからさ! 勝手にくつろいでくれ!」


「あ、イヴ、これこの前のお礼も兼ねて」


 キャリーバッグから小さな小包を出す。

恐らくは菓子折りか何かだろう。


「あたしも持ってきたよ♡ みんなで食べよう♡」


 デン!

 とデカデカとした黒い紙袋。

虎のマークが目立つそれは、某高級和菓子店の菓子折りである。


「二人ともありがとな! 今茶持ってくるから待っててくれ」


 二つの菓子折りを手に、イヴは急いで一階へと降りていく。


「……あれでマウントとったと思うなよ」


 自分よりもグレードの高い菓子折りを見せつけられ、綾香は凛を睨む。


「そんなつもりないよ♡ ただあたしの気持ちを現しただけだから♡」


 その解釈なら綾香の気持ちはそこらで買える菓子折り程度ということになってしまう。

さきほど爽やかな告白をしあったというのに、もうそんな気持ちが消え去る。


(やはり、凛は――このメスは倒すべき相手ッッ!)


(フフフ、だから言ったでしょう♡ 負けないって♡)


 交わる視線には再び闘志の熱が帯びているのが分かる。

そう、二人には決して揺るぐことのない関係性がある。


 その関係性の名は『恋敵ライバル』。


 トテテテと音がして、イヴが部屋に戻る。

トレイには今しがた綾香と凛がよこした菓子が上品に盛り付けられている。

高級羊羹と、そしてチョコレートコーティングされたクッキー。そして湯気のぼる紅茶。


(こうやってお菓子食べながらお喋りなんて、いかにも女子高生らしいなぁ)


 ぽわわとイヴは朗らかに笑む。

 三人でお菓子をつつきながら、イヴの部屋のこと、イヴのこと、今日は何がしたいのかなんて話はじめる。


「この前綾香んち泊まったけど、結局漫画読んでばっかりだったからさ! 今日は色々しよーな!」


「あのねイーちゃん♡ そう思ってあたし、こんなの持ってきたの♡」


 取り出したのはトランプ――のようなカードの束である。

しかし、捲ってみればその裏には罰ゲームのような内容が書いてある。


 いぶかしげな表情で綾香が一枚拝借すれば、とんでもないことばかりが書いてある。


『一人を指名して命令を下せる』


『今まで一番恥ずかしかった話をする』


『右となりの人にキスする』


『左となりの人の手を舐める』


『見せられないよ!』


『見せられないよ!』


『見せられないよ!』


「……」


 沈黙の綾香。


「お、いいじゃん! やろうやろう!」


 さらに凛はキャリーバッグからワニのオモチャを取り出す。

口を開いたワニには尖った牙が生えている。

どこか一つ押してはいけないボタンを押してしまうと、口が閉じられる仕組みである。


「これで負けた人がカード捲って罰ゲームなの♡」


「懐かしー! これまだあんのか! いいじゃん、やろう!」


「いいよ……やろう!」


 このゲームは凛だけでなく、綾香にもメリットがある。

もしイヴが負ければ――例えば『右となりの人にキスをする』のカードを引けば、イヴが綾香にキスする可能性だってある。

メリットだけを考えれば十分である。


(うふふふふ♡ 私がなんの考えもなしにこんなの持ってくるわけがないのに♡)


 悪魔凛が笑う。

そう、すでに凛はどこを押せばワニが噛みつくのかを把握している。

つまり、“あえて”負けることでイヴに対してとんでもないことをすることも出来る。


 そして――さらにカードにも小細工がしかけてある。

一見普通のカードであるが、カードの隅や裏面には細かな傷がある。

その傷の場所によって、このカードはどのような罰ゲームが書かれているのかをほぼ把握しているのだ。

真ん中に傷のあるものは大当たり、隅に傷があるのは外れ。


(うふふふふ♡ 綾香ちゃん、ごめんねぇ♡)


「よーし、俺からな!」


 ポチ。

 バク。


「えっ」


「あらまぁ」


 一番に押したイヴがいきなり手を噛まれる。


「あははははは! いきなり噛まれた! こんなんある? やば!」


 笑いながらカードを捲る。

 傷は隅にある。外れカードである。


「えーと、“その場で好きな動物の真似をする”か。なんか恥ずかしいな」


 二人は――綾香と凛は読み上げられた罰ゲームに脳で理解するよりも身体が先に動き始めた。

 即座にスマホを取り出し、カメラを起動させる。

どちらも写真ではなく、動画に切り替えると、そのレンズはイヴを向いている。


((これは貴重映像だッッッ!!!!))


「わ、笑うなよ、お前ら……えぇと、ぱ、ぱお~ん……」


 今までにないほどに恥ずかしがり真っ赤な顔で象の真似をするイヴ。


「グハァ!!!!1」


「ウッッッ!」


 綾香は吐血するとその場に倒れる。

 凛は胸を抑えると苦しそうにその場に蹲る。


「あー恥ずかしい! ほ、ほら、起きろよ二人とも。次やろう!」


(な、何故象!? イヴ象好きだったの!? 今イヴの耳が――象の耳に見えた!!!! 可愛すぎる)


(イーちゃん、そんな表情をするなんて……いけないわ。心臓が止まるかと思った……これは……危険♡♡♡)


 よろよろと起き上がる二人。

まだイヴの顔は赤いままだ。


(このゲーム……!!!)


(終わらせたくない……!!!)

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