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19悟り

 己に足りぬものはなんだろうか。

まるで熟年の修行僧のような面持ちと姿勢で、綾香は冷水シャワーを浴びていた。


 オリエンテーションの日のこと。

突如として現れた恋敵、天敵、宿敵――凛。

彼女が現れた瞬間、その場は戦場と化した。


 悔しいが、凛が自分よりも上手なのは痛いくらいに分かった。

このままではいけない。

あのときは無駄にマウントを取りにいこうとしたり、張り合ってしまった。


(あれじゃダメだ……あれじゃ相手のペース……)


 両手を合わせ拝む。

冷水シャワーが熱と煩悩を取り払う。


(張り合うんじゃない。私自身の良さを活かすんだ……)


 自身にあるものはなんだろうと考える。


(……)


(……)


(……)


 シャアアアアアア。


(あれ、私何もなくね?)



「お姉ちゃんお風呂まだぁ? 長すぎ早く出て」


 脱衣所のほうから妹ユリカの呆れるような声が聞こえる。

しかし、修行ゾーンに入った綾香の耳には入らない。


(何もないのかッッッ小林綾香ッッッ、貴様は15年なにをして生きてきた……?)


「おねーちゃぁん!」


(いや、あるはず。私にも何か、そう何かが。誰とも比べず、私自身のオリジナルを)


「もう30分も入ってるじゃん! 早く出ろ!」


(思い出せ、思い出すんだ)


「ママぁ~! おねーちゃんがずっとお風呂入ってるー!」


「綾香ー! みんな待ってるんだからさっさと出なさい!」


(私にはあるもの、あるもの)


「バカ姉さっさと出ろ! ほんとバカ!」


(……バカ……バカッ!? バカキャラッッッ!!??)


 カッと見開かれる目。


 悟りの境地に見たもの。

綾香は妹に常にバカにされていた。

そしてイヴのお泊りの日以降、両親(おもに母)には『うちの娘は本当おバカなんだから』と言われていた。


 だが、それはそれでいいのではないだろうか。

バカキャラ。おバカなキャラ。

例えるならばクレ〇ンしんちゃんのようなおバカなキャラクター。

しかし、日常的におバカであることで、何かあったときには普段のバカはギャップとなり、より迫真のシーンとなる。

そう、感動させることも、共感させることも、心温かくさせることだって可能である。


 ガラララ。シャワーを出る。


「いい加減長すぎ! バカ姉!」


 バスタオルを抱いたユリカが怒鳴る。

しかし、綾香は悟りを開いたかのような慈悲溢れる表情をすると、濡れたままの手でユリカを撫でた。


「ありがとう……私にあるものが何か、分かったよ」


「は? 何いってんのキッモ」


 無駄にすっきりした姉の姿に、ユリカはドン引きの表情を見せた。


 同時刻、凛の部屋。

お気に入りのV系の音楽をかけながら、凛はベッドにうつ伏せになるとイヴにラインを送っていた。


『逢えないときこそ、愛を育む』


 凛の気に入っている言葉だ。

そして、凛は今まさにそれを実行していた。

逢えない。だけれど繋がることは出来る。

逢えていないときでも、自分のことを気にかけてくれるよう、凛はラインを送り続けた。


『イーちゃん今なにしてる』


『筋トレしてた』


『筋トレしてるの!? えーどんなことしてるの!?』


 ただ話すだけではない。

恋愛初心者にありがちな要らない自分語りや、わけのわからない文を送ることはない。

 先ずは相手の引き出しを開くこと。

相手がどのようなことをしているのか、そして、相手が出してきたエッセンスに自分も調和する。


 相手の趣味を褒めるのではない。

 相手の趣味をより知ろうとする。


 好きなことを引き出してやれば、あとはある程度は相手が話を出してくれる。

そうして出された話に同調し、興味を示し、理解を深める。


 凛は自然と、ごく自然に相手を心地よくさせる手法を身に着けていた。

長年の経験と、知識。どうすれば気持ちの良い会話を出来るのか、凛はすでに理解わかっている。


『今は腕立てと腹筋してた』


『イーちゃんスタイルいいもんね』

『腹筋とか私もやってみようかな。どうやるの』


『えぇっと、こんな感じ』

 画像添付。


『ちゃんとフォームとかあるんだ。やってみる』


『初心者なら10回3セットとかで慣らすといいよ』


 実際にやってみる。きつい。


『お腹いたいー笑 イーちゃん毎日してるの?』


『ほぼ毎日かな』


『だからスタイルいいんだね。あとはどんなことしてる?』


『筋トレに合わせた食事にしてるなー。たんぱく質多くとるようにしてさ』

『でも、それだけじゃ脂肪減るから、糖質取って脂質も摂って。女性らしい体つきしたいからさ』


『脂質とかもとっていいんだ!?』


『さすがにマッチョな女子より、ちょっとは脂肪ある女子のほうがいいだろ』


 ニヤリとして、凛は寝そべった体勢を自撮りする。

だぼだぼのTシャツは胸元が開くと谷間ががっつりと映っている。しかし、そこがねらい目だ。


 写真送信。

『ワイ脂肪の塊w』


『おっぱいはあったほうがいいだろ』


『でも、おなかもぷにぷにだよー』


 腹写真投入。


『全然ないじゃん。むしろいい具合じゃない?』


『そうでもないよー、イーちゃんはどれくらい?』


 送られてくる写真。

有名スポーツブランドのブラトップ姿のイヴが汗に塗れている。

腹には余分な脂肪がないように見えるのに、大きな乳は谷間が汗でテカっている。


『こんなん』


『超いい身体してるじゃん!w』

『抱きたいわーw』


『逆に俺が抱くわ』


『お願いします♡♡♡』


『任せろ』


 任せろなんて言われて、凛は少しばかりムラッときてしまう。

毛布を被ると凛はごそごそと身体を動かす。


『イーちゃん、そっちもイケるの?』


『男には興味ないなぁ』


「ハァハァ……」


 凛もそれは同じ。

元々はそっちの気があったわけではない。

イヴはただ気になる存在。仲良くなってみたいなぁくらいの存在だったのに。

 綾香の出現もあってか、気持ちは以前とはくらべものにならない。


 そう――。


 凛はイヴを欲している。


『そうなんだ。あたしも男よりは女の子のほうがいいなぁ』


『まじかぁ』


 ごそごそ。


 文章のやりとりをしながら、イヴの写真を見る。

汗まみれ、テカったお肌。

それを見て動く指。


「イーちゃん、イーちゃん♡」


『凛はどうなの?』


「凛はイーちゃんがしゅき♡ イーちゃんがしゅきなの♡」


 荒い吐息。

 熱が。



 ある程度ラインをして、凛からの返事がなくなった。

既読にはなっているので、読まれてはいるだろう。

イヴは汗に塗れた身体を流そうと、風呂場へと向かった。


 浴槽に浸かりながら、オリエンテーションのことを思い出す。

急な病欠が出てしまったのは残念ではあった。出来れば、あの小寺と蓮田とも仲良くなりたいと考えていたからだ。

だが、その穴を埋めるように凛が現れた。

これぞ想い出らしい想い出だと言い切れる日を送れたと実感していた。

三人でジェットコースター乗ったり、お化け屋敷いったり、ごはんを食べたり。

あの後は観覧車にも乗ったし、メリーゴーランドにも乗った。

写真は数えきれないほど撮った。どの写真にも三人の顔が映ると素晴らしい笑顔をしている。


(楽しかったなぁ。またいきてーなぁ)


 もう前世がヤクザなんてすっかり抜け落ちている。

今は純粋にJKを楽しむ、六道イヴがそこにいる。

カタギの世界が、女子高生の世界がこんなに楽しいものだとは思わなかった。

何もかもが輝き、どんな些細なことでも笑いあえる。


(次はうちでのお泊まりだな。何しよう? 何を用意しておこうかな?)


 綾香の部屋はピンク色のゆめかわ女子空間だった。

あのような部屋に今更することは出来ない。

イヴの部屋は極々シンプルなもので、あるものは本とトレーニング器具くらいのものだ。


(酒は……ダメだな。未成年だし)


 さすがにアウトなことはしない。


(じゃぁ何したらいいかな。一緒にお風呂とか?)


 そこまで広いお風呂ではない。3人一緒に入る事はちょっと考えにくい。

思い出せば綾香の部屋にお邪魔したときも漫画ばかり読んでいた気がする。


(んー、何しようかなぁ)


 それでもワクワクが止まらない。

きっとお話ししてるだけでも楽しいんだろうなぁと考える。

きっと皆でパジャマきて、お話しして、一緒に写真撮ったりして。


(楽しみだなぁ)




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― 新着の感想 ―
[良い点] まったく、イヴは罪な女ですね
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