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その6

「ありがとうございます――」


 いきなりソルダ少年がそう言ってきたので、俺は多少面食らった。何を指しての礼なのか、見当がつきかねたからだ。

 まさか、ラーミアとの喧嘩を収めたことではあるまい。第一、あれはアリウスの手柄だし、俺はただ闘いを制止されただけだ。


「礼を言われれることは、何もしてない」


 俺としては、そう応じるしかない。

 しかしソルダは、静かに首を左右に振ると、


「僕を弟子として認めて下さったことです」


「弟子として認めたわけではない。ただ、助手が必要だったからだ。―—給金は、ちゃんと出す」


「ボガード。やっぱり、偏屈」


 メルンが横目で俺をにらむ。たしかに傍から見りゃ、おれはさぞかし、子供相手に意地が悪いことをしてるように見えるだろう。だが正直な話、俺は意地悪でこう言ってるわけではない。この少年に俺の技術を教え、一人前になったらどうなるのか。

 蒼月の許へと帰るのかもしれない。そうなると、結局はやつの思い通りになってしまう。

 それは避けたいことだった。


 しかし、それだけではない。

 俺は、ソルダが宿の裏にある井戸で身体を洗っていたとき、彼のか細い肉体を見たことがある。俺はそのとき、なんと小さく繊細な身体なのだと思ったものだ。

 下手なことをすれば、ぶっ壊れちまうかもしれない。

 天空寺塾で、後輩に稽古をつけてやったことは何度もある。ただ、少年の部の指導は一度もやったことがない。俺には不向きだと思っていたからだ。

 

 たしかに俺は、幼少期の頃から空手をやっていた。

 だが、そんじょそこらのガキがやるような、生ぬるいやり方はやってこなかった。俺はひたすら、自分の肉体を凶器と化すことに熱中していた。俺にとって、空手は道ではなかった。生きるための手段に過ぎなかったのだ。

 一匹狼として生きるために、俺は空手を求めた。

 どう考えても歪んでいる。そんな歪んだ奴が、こういう純粋な眼をした子供を指導するなんて、やってはいけないのだ。歪んだガキがもう1人出来上がるだけだ。


――そういえば俺の師は、そんな歪んだ俺の思考を、正そうとはしなかった。むしろ、どこか面白がっている風さえあった。


「お前、少年の部を指導する気はないか――?」


 師の言葉が、ふと、脳裏によみがえった。ある時期から、師はやたらとその言葉を口にするようになった。あれは一体、どういうつもりだったのだろう。

 

「――もともと俺だってな、思っていたもんさ。指導者なんて無理ってな。俺も元々、おまえのようにヤンチャだったからなァ。誰かに指導をつけるなんて、ガラじゃないって思ってたものさ」


 そう、わが師は言った。

 

「――だからよ、お前も一度、子供を指導してみりゃ、わかるんだがなァ」


 笑顔ではあったが、ひたすら拒絶した俺に、残念そうな口調でいったものだ。あのとき思い切って引き受けていれば、もっと気軽に、この少年を指導することができたのだろうか。

 俺は話題を変えるように、ソルダに尋ねてみた。


「そういえば、お前は蒼月の侍従だったな」


「いえ、蒼月様ではありません。私はあくまで、フォルトワ様の侍従でした」


「それにしては、ドーラ村でお前の姿はなかった」


「はい、もともと私は、ある騎士様にお仕えしていました。ですが、その騎士様は道半ばにして斃れられ、私は路頭に迷っていたのです」


「どこかに、ツテはなかったのか」


「その騎士様はご高齢で、奥様も子もすでに亡くなられていました。領地も財産もわずかなもので、僕と2人でささやかに生きていけるぐらいのものでした。その、わずかに残ったすべては、ご遺族と称する見知らぬ方々が持っていかれました。僕は騎士様の家から追い出され、残ったのはこの身一つという有様でして……」


 少年の笑みに、苦いものが混ざった。

 俺にはわかる。こいつは苦労を識っているやつの笑みだ。

 

「――それで、フォルトワに拾われたというわけか」


「はい、それもつかの間のことでした」


「捨てられたのか」


「……そうですね。あの廃城でのやりとりのすぐ後です。フォルトワ様から、お前との契約を打ち切ると、突然そう言われました。目の前がまっくらになりました」


「ずいぶんな話だ」


 雇い方も雑なら、解雇の手段も手荒い。子供が裁判など起せるものではないと、見くびっているのだろう。俺がソルダの立場なら、急所蹴りの一発でもお見舞いするところだ。


「俺の許へ来たのは、どうやってだ?」


「しばらくぼうっと立ち尽くしていた僕に、フォルトワ様が地図を手渡して下さいました。この人物に弟子入りしろと。おそらく、悪いようにはしないだろうと――」


「あの野郎……」


 俺の裡に、暗い炎が揺らめき立った。

 諸悪の根源は、フォルトワだったのだ。

 そもそも最初から、妙だと思っていたのだ。俺とこの少年が旅したのは、ほんのわずかな間だった。そんな短い期間で、信頼関係が成立するわけがない。

 俺に弟子入りするという発想が、そもそもフォルトワから発せられたものだとしたら? 育てた稲だけを刈り取られることになるかもしれない。

 俺がそんな考えに没入していたときだ。


「みなさん、王都が見えてきましたぜ」


 御者が、背後の俺たちに呼びかけてきた。朱色に塗装された壮麗たる門が、ぽっかりと口を開けているのが、遠くからでもはっきりとわかる。


「あれが王都の南大正門ですぜ」


 御者がガイドのように説明してくれる。

 近づくにつれ、その景観の異様さがつぶさに見て取れる。まるで巨人の出入り口のような南大正門に、長い長い人馬の列が、果てがないように続いている。あれが全部、この首都へ入場許可を求める人たちなのだ。この最後尾に並ばなければならないと思うと、俺はぞっとした。


「俺たちは、ここで野宿する羽目になるんじゃないか?」


 我ながら、月並みな言葉しか出てこない。この王国のどこに、これだけの人間が潜んでいたのかと、俺は圧倒される思いだった。

 

「……いや、そんなことにはなりやせんぜ」


 御者の力強い言葉に、俺は不審さをおぼえた。

 その御者の言葉が正しいということは、すぐに立証された。土煙とともに、馬に乗った騎士が俺たちの許に駆けてきて、こう尋ねた。


「馬上において失礼する。これは、どなたを乗せた馬車でござるか?」


「へえ、アコラの町の傭兵団『白い狼』代表選手、ボガード様をお乗せしてますだ」


「ならば、列に並ぶ必要はありませぬ。こちらへ―—」


 俺たちを乗せた馬車は、その騎士にいざなわれ、長い行列の脇を抜けて、一気に南大正門を通過することができた。選手を乗せた馬車にはフランデル王国の印が刻まれており、優先的に首都へ入ることができるという。


「この行列も、このたび行われるベアナックル・バトル・トーナメントをひと目視んと集まってきた野次馬ばかりですからな。出場選手を最優先するのは、当然のことです」


 俺たちを案内してくれた騎士は、誇らしげにそういった。

 彼は宿の前まで俺たちを誘うと、一礼して去った。

 俺たちは馬車から地へと降りたち、宿を正面から見上げた。ずいぶんと大きな宿だ。言いたかないが、『太陽と真珠亭』とは雲泥の差だ。ただでかいだけではない。いたるところに鉄製の精巧な細工が施されている。

 陽はもう、西の空へと落ちかかっており、辺りには夕闇の気配が濃くなっている。だが、この宿の周囲だけは別世界のようだ。宿のあちこちに照明がとりつけられている。その量が多すぎて、宿そのものが光を発っしてるかのようだ。


「魔岩に、灯りの魔法が込められて、あちこちに設置されてる」


 ぼそりと、メルンがそういった。それだけで、どれだけの経費が掛かるのだろう。こいつは俺のような一介の傭兵がうかうか泊まれるような宿ではないな。

 看板には『栄光の担い手』と刻まれている。

 やれやれ、宿の名前すら仰々しい。

 俺はため息とともに、装飾過多の扉を開いた。

 

「おっと、失敬――」


 そこに、巨大な岩があった。

 俺は反射的に、扉の脇へと身をかわした。

 そこから、ひとりの壮漢(そうかん)が姿を現した。飾り気のない半袖の両側から、はちきれんばかりの上腕二頭筋が見える。身長、体重ともに俺を上回っている。

 印象的なスキンヘッド、顔のあちこちに、微細な傷が見て取れる。ざっと推測して、身長190センチ、体重120キロといったところか。

 圧倒的な強者の雰囲気が、その身から体臭のように発せられており、俺は空手の構えを取りたい衝動を、歯を噛んで、どうにか抑えることができた。


 その男は、俺を見て、片手を上げて通り過ぎた。

 敵対的な様子は微塵もない。だが、俺には、この男が途轍もなく危険な男に思えた。

 何者だ――? 

 俺の心臓が、烈しくリズムを刻んでいる。


「おい、今のを見たか――?」


「優勝候補筆頭の、アキレス・ギデオン様だ」


「あ、あれが評判の――?」


 店の前を通りかかった野次馬が、顔を見合わせて、かしましく噂しあっている。

 アキレス――。俺はその名を胸中に刻んだ。

 フランデル王国は、徒手空拳がさかんではないと、蒼月はおれにいった。だがどうだ。元の世界でも、あれほどの猛者はなかなかお目にかかれないだろう。


「こいつは、面白い大会になりそうだ……」


 俺は、おのれの顔に獰猛な笑みが浮いてくるのを、止めることはできなかった。

『押しかけ弟子』その6をお届けします。

次話は翌月曜を予定しております。

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