その8
俺は自分の 迂闊さを呪っていた。
酒が入っていたとはいえ、ほとんど酔いは醒めていたのだ。人の気配もしていたはずだ。特に用心もせず、安易に扉を開いたのは、無用心だと責められても仕方がない。
もしこの人物が、有無をいわさず斬りかかっていたら、俺はどうなっていたかわからない。
部屋の内部の光源は、月明かりのみ。それも陰になっていて、この人物の表情を窺い識ることはできない。思ったより小柄で、武装はしていないようだ。
多少なりと、武道の心得あるものならば、俺のアップライトスタイルが徒手の格闘術の構えだと、すぐに判断がつくだろう。そういう相手は、飛び跳ねるように呼応し、戦闘態勢を取るものだ。
しかしこの人物は、凝っとして動かない。
無防備に、棒きれのように突っ立って、こちらを見ているだけだ。
そいつが、こちらを覗きこむように頭の位置を変えたため、俺はこの謎の人物の顔を見ることができた。月光が、その白い貌を浮かびあがらせた。
さらさらとした黒髪が、その顔を横切っていく。
「お前、メルンか――?」
「そう」
昼間、たった1人で5匹の怪物を退治した女魔法使いが、俺の部屋に立っている。彼女とは馬車のなかでも、特に会話らしきものは交わしていない。どちらかといえば、関係性は疎遠なほうだと思う。そんな意外な人物の来訪に、俺はちょっと戸惑ったが、とりあえずは構えを解いた。
それでも彼女は無反応である。ただ意思のない人形のように、そこに佇立しているだけだ。
「何の用だ。まさか、部屋を間違えたわけじゃないだろう?」
「うん」
「俺の部屋と識っていて、待っていたというわけか」
「そう」
「こんな遅くに、若い女が男の部屋に入るもんじゃない」
「――どうして?」
俺はしばし、絶句した。
どう説明したものか、途方に暮れたのだ。
「……要するに、危険だからだ」
「つまり、あなたが私を襲うってこと?」
「襲わないが、そういう可能性もあるってことだ」
「別に構わないよ」
「はあ――?」
「私はそうなっても、別に構わないよって言った」
「いや、駄目だろう。普通に」
俺は心中で、頭を抱えていた。こういう女は苦手だ。
得体が識れぬ――というか、何を考えているか、まるでわからない。何も考えてないのかもしれない。俺は露骨に話題を変えることにした。
「それより、俺に何か話があって、ここにいるんじゃないのか?」
「そうそう、そうだった」
俺はホッと安堵の吐息を漏らした。何とか会話になりそうだ。
「私がここにきたのは、報せることがあったから」
「――なんだ、それは?」
「私は魔力切れです。明日は何もできません」
「なんだと!?」
意外な言葉に、俺は思わず声を大きくした。予想外の事態だった。
「あの雷撃で、全魔力を失ったということか?」
「それだけじゃないけど、まあそういうこと」
「それだけじゃない、というのは?」
「領主の頼みで、簡単な魔法を見せた。それで全部、出し切った」
「――なんてこった」
宴の余興で、魔力のすべてを使い切ったというのだ。こんな馬鹿げた話はそうあるまい。瞬間的に、ラルガイツの顔が浮かんだ。明日、このことを識ったあいつはどんな顔をするだろうか。そう思った。
ふと、別の疑問が浮かんできた。それを彼女にぶつけてみる。
「しかし、そういうことならば――明日、みんなの前で言えばいいだろう。こそこそ俺の部屋で待ち伏せて、告げるようなことじゃないんじゃねえのか?」
「うん、それとは別に、話すことがあって来た」
「話すこと、とは――?」
「うん、あなた、この世界の人間じゃないでしょう?」
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「――私には、人のオーラを見る力があるんだ」
メルンは、俺の部屋にあったベッドの上に腰を降ろしている。
俺が部屋の隅にあったやつを、引っ張り出してきたのだ。けっこうな長話になりそうだったので、そうしたのだ。
「オーラとは、なんだ?」
「あらゆる人間が、その身に宿している霊気を、そう呼ぶ」
「で、その俺のオーラとやらが、この世界の人間とは違うということに気付いたってわけか」
「それだけじゃないけど、そういうこと」
「それだけじゃない――?」
どうもメルンの言うことは、要領を得ないことが多い。
すっかりこの女にペースを乱されっぱなしだ。
「あらかじめ、お師さんに教えられていたからね。あなたのこと」
「お師さん? すると、俺がカミカクシだということは、パーティーを組む前からわかっていたということか?」
「うん、そういうこと」
「ふうむ。どういう人物なんだ、お前のお師さんとは」
「魔法使いだよ。――ベテランの魔女」
「そのベテランの魔女が、何故、俺のことを識っている?」
「お師さんはこう言っていたよ。大いなる流れに乗れないカミカクシは、誰かが視ておかなければならないって」
大いなる流れ? どういうことだろうか。俺は考え込んでしまった。
あのとき、この世界に降り立ったカミカクシは、俺を含めて7人だった。道中で1人が死に、1人が消息を断ち、残った俺以外の4人のカミカクシは、すべて王都へと向かった。
つまり大いなる流れとは、フランデル王国に所属するということなのだろうか。それとも別に、何か複雑な意味が含まれているのか。メルンに問いただしてみるが、彼女もよくわからないらしかった。
「まあ、そういうことだから、よろしく」
「――? なにをよろしくしたらいいんだ?」
俺はその意図を測りかね、彼女の顔を覗きこんだ。
彼女の顔にめずらしく、悪戯っぽい笑みが浮いている。
「私が今度から、あなたを視るっていうこと」
「つまり、俺を監視するということか?」
「それもあるけど、もうひとつの意味もある」
「なんだ――もうひとつの意味とは?」
「あなたが居るところ、常に私も居るということ――」
堂々たるストーカー宣言に、俺はたじろいだ。
「そいつは困る。俺が独りでアコラの町に残ったのも、傭兵になったのも、誰からも束縛されたくないからだ。一緒にいるつもりとか、冗談じゃねえ」
「うん、冗談じゃない。これは決まったことだから」
「いやいや、勝手に決めるな」
話にならない。俺はドアを指差し、部屋から出るように指示した。
メルンは深く頭を垂れ、こちらを見ようともしない。
「どうした、どこか具合でも悪いのか?」
「――ん、眠くなってきた。ここで寝ていい?」
「ふざけるな。さすがに自由すぎるだろ!」
それでも彼女は、なかなか自分の部屋に帰ろうとしない。最終的に、俺はメルンの後襟を、猫の首根っこをひっつかむようにして持ちあげ、部屋の外へと追い払った。
ようやく独りになった俺は、頭を抱えてうずくまった。
俺の周辺に何が起こっているのか、よくわからない。
よくわからないが、ただ、変なのに目をつけられたな、そう思った。こんな変な女には、久しぶりに遭遇した気がする。
そのとき何故だか不意に、俺はあの御木本かすみの、強い光を宿した眼差しを思い出していた。
『新たなる任務』その8をお届けします。
その9は翌月曜日を予定しています。




