その2
「この依頼は、村の近隣に出没して、村民に危害を加えている怪物を駆除する仕事です。募集人数は6人。脅威を排除するまで、村に泊りこみになります」
「――村とは、タウパ村か?」
「いえ、ここより南東に位置する、ドーラ村ですわ」
「南のほう――? もしかして、退治する怪物とは、モルグルの森の怪物のことではないか?」
しかし、ソーニャはこの問いにふるふると首を振り、
「いいえ、モルグルの森は南西です。位置が違いますので、縄張りが違うと思います。それにしても、ボガード様はモルグルの森の怪物のことをご存知なのですか? まさかあの、人喰虎に遭遇したとか――?」
彼女の冗談めかした問いに対し、俺は無言だった。
平静なふりを装うことなど、できなかった。
あの人喰虎と対峙したときのことを想い出すと、今でも肌が粟立つのを感じる。あの圧倒的な恐怖感。人と怪物との戦力差を痛感させられた出来事でもあった。
ソーニャは俺の態度で、おおよそのことは察したらしい。
「――本当に、遭遇したのですね」
「ああ」
「モルグルの森の守護獣と出遭って、よくご無事で――」
「あれは、守護獣だと?」
「これまで、あの森を人間が通れるようにしようと、いくどか人喰虎の討伐隊が組まれました。ですが、結果はいずれも悲惨なものでした。それ以来――あの怪物はモルグルの森の守護獣と呼ばれるようになったのです」
「そうか、それであの森だけは立ち入るなと」
「そういうことです、本当に、運のいいことでしたわ」
そうか、やはりあの怪物は特別な存在だったのだ。
俺が最初に、この異世界で出会った生物。恐怖を抱いた化け物。俺と同様にカミカクシにあった、あの少年の無残な最期が、今なおくっきりと脳裏に焼きついている。
無性に煙草が吸いたくなった。
だが、女性の前で、そういうこともできない。俺は軽く息を吐き、気を鎮めて、話を依頼の件へともどすことにした。
「この依頼に応募した人間は、もういるのか?」
「ボガード様で3人目です。このペースなら、明日までには必要人数は埋まってしまうかもしれません」
「ドーラ村とは、どういうところなんだ?」
「先ほども申し上げたとおり、アコラの町の南東に位置する村です。ガルシャハ男爵領ですわ」
「ふむ? 他の領主が治めている村なのか。そこに俺たちのようなヨソ者が出向いていいのか?」
「問題ありません。ドーラ村には傭兵ギルドが存在しませんし、騎士もせいぜい、男爵の身辺を警護する程度しか存在しないのです。村の治安は、自警団に一任されています。かれらが対処できない問題は、アコラの町の傭兵に頼るしか、解決手段がないのです」
「なるほど、よくわかった。出立はどれぐらいになりそうだ?」
「明日、必要人数の登録が完了したと仮定して――出立は翌々日となるでしょう」
それまでに、装備を整えておく必要があるな。
俺はソーニャに礼を言って、ギルドを背にした。
足はすでに、以前立ち寄った武器屋に向いている。
やがて俺は、剣と盾の描かれた看板がぶらさがった店に到着した。ここへ来たのは、カミカクシに遭って、このアコラの町にたどりついた日以来だ。
あのときは本当に何も知らぬ、ずぶの素人だったな。
俺はちょっとした感慨とともに、武器屋の入り口をくぐる。カウンターの向こうに突っ立っている、腕組みしたスキンヘッドの親父が、じろりと相変わらず愛想のかけらもない表情でこちらを見た。
「――うん、お客人、以前見た顔だな」
「一度しか来ていないが、よく憶えているものだ」
「そいつが賢い商人ってもんさ。だんだんと思いだしてきた。お前さんはあのときのオールドルーキーだな?」
「そうだ。それで今回は、前のやつよりいい装備を整えたいと思ってやってきたんだが」
「そいつはいい心がけだ。あんなガラクタ装備、いつまでも大事に使うような代物じゃねえからな」
「おいおい、そんなガラクタを売りつけたのか?」
「ガラクタとはいえ、初心者には、あれで充分さ。あんな装備で無茶な依頼を受けるやつは、ただの阿呆だ。あんたは分をわきまえていたから、こうしてまた、2本の足でここに来ることができた――違うかい?」
「――そうかもな」
俺はあえて、ランク6の依頼を受けたことは言わなかった。
阿呆よばわりされるのも、癪に障るからだ。
「なにか、お勧めの武器はあるかい?」
「予算はどれくらいあるんだ?」
「まあまあ、それなりのは買えそうだ」
「――へえ、初心者と思っていたが、案外やるようじゃねえか」
店の親父は奥へと姿を消すと、ひとふりの剣と、盾を持ってきた。
剣は、素人目の俺にもわかる。かなりの業物だ。
「手にとって見るかい?」
俺は無言で首肯し、その剣を手に取った。
鞘からすらりと剣身を抜いてみる。
剣身からはほのかに、にぶい光彩が放たれている。まるで剣そのものが光を宿しているかのようだ。グリップを握った感触も軽い。こいつは間違いなく、いい剣だ。
「親父、この剣はいくらだ?」
「金貨、10枚ってところだな」
「さすがに高いな」
「別にぼったくっちゃいない。それだけの業物だと自負しているよ」
俺は懐具合をたしかめた。最近まで宿に引きこもりがちだった俺は、無駄遣いはほとんどしていない。大仕事で頂戴した金は、ほぼ手付かずで残っている。
手痛い出費だが、買えないことはない。
金をいくら貯めこんでいても、俺の命を救いはしない。俺の命を護ってくれるのは、いい防具であり、いい武器だ。
「――よし、こいつをもらおうか」
「いい決断だ。悪くない買い物だったと、後で思うだろうさ」
「そう願いたいな」
俺は金を支払い、腰に差していた剣を入れ替えた。代わりにこれまで愛用していた剣を下取りに出すが、もともとが数打ちの安物だ。大した足しにもならない。
あとは盾だが、これは今まで使っていたバックラーとさほどの差異はなさそうだ。だが、親父の指が、すっとある部分を指し示した。盾心の突起部分だ。
俺はまじまじと、そこを見つめた。こいつは俺のバックラーよりも、さらに盾心から突起している部分が鋭く、剣先のように突き出ている。
こいつは完全に、相手へ攻撃する目的に特化している。
前回の依頼で、手持ちのバックラーはかなりの酷使をした。こちらも代えておくべきかもしれない。
俺は思案の末、盾の代金、金貨2枚を支払って、バックラーも購入した。
「いい買いっぷりだ。また来いよ――ええと、名前はなんていうんだ」
「いまさらかよ。俺は簿賀土っていうんだ」
「そうか、ボガードか。名は憶えておくよ。あんたはいい馴染みになってくれそうだからな」
「まあ、命があったら、そのうちな」
俺は浮かれた気分を悟られぬように、できるだけ声の抑揚を抑えて店を出た。
実際のところ、俺は浮かれていた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、いますぐこの剣を振りまわして感触を確かめたかった。
こいつで準備は万端だろう。
・・・・・・・・・・・・・
――そして、すぐにその日はやってきた。
俺は真新しい剣と盾をぶらさげ、メイと親父に挨拶をして宿を出た。
メイは相変わらず心配顔で、わざわざ宿の入り口まで見送ってくれた。
俺は去り際に、首にぶらさげた護符をかざしてみせた。
こいつがあるから、俺は大丈夫だ。
そういったつもりだった。
それは彼女に伝わったようだ。ぎこちなくだが、笑ってくれた。
心配するな、メイ。
俺は心のなかでつぶやく。
こう見えて、女を泣かせるのは、好きじゃねえんだ。
約束の時間より少し前、傭兵ギルドに到着する。
すでに、5人の男女が揃って、俺を待っていた――。
かなり遅れてしまってスイマセン。どうにか書きあがりました。
『新たなる任務』その2をお届けします。




