その4
ダラムルスは、その雄大な巨躯を、馬上で揺らしている。
馬も、その巨体にふさわしく大きかった。
駆けている。こちらへ向かって、一直線に。
土嚢を越えていたふたりの野盗は、巨馬が彼らとすれちがった瞬間、宙に舞っている。
まるで、交通事故に遭ったようであった。
馬に跳ね飛ばされたわけではない。ダラムルスが斬ったのだ。
いや、正確には斬ったというより、ぶちのめしたのだ。
ダラムルスの片手には、巨大な戦棍が握られている。
並みの体躯の人間なら、馬上でバランスを崩し、落下してしまうだろう大きさだ。しかし、ダラムルスにはちょうどよいらしい。
彼を乗せた馬は勢いを減ずることなく、土嚢を跳びこえた。
着地するやいなや、数人が叩きのめされ、砂を噛んだ。
その勢いは颶風そのものであり、誰も止めることができない。
まるで三国志の世界から抜け出してきた、豪傑のような風格がある。
「団長に続け――っ!!」
彼の背中のほうから後続する部隊もまた、剽悍だった。
猪突するダラムルスの背後を護るように、敵の群れを蹴散らしていく。
俺はといえば、さっきから何もしていない。
棒立ちのまま、ただ、その様子を見つめている。
何が起こっているのか、俺の頭では理解が追いつかなかった。
茫然自失というのが、正確な状態だったかもしれない。
たしかダラムルスを含む、『白い狼』のメインメンバーには、別の依頼があったはずだ。――にもかかわらず、俺の窮地に駆けつけ、救いにくるなんて、こんな都合のいいことがあるのだろうか。
「どうしたボガード、動け――」
ダラムルスが、馬上、愛嬌のある声でからかうようにいった。
それだけの余裕が彼にはある。
馬上の彼を叩き落そうと、下から野盗のひとりが剣を振りあげた。
ダラムルスは、相手にもならない。
一合も持たず、鉄製のヘルメットを陥没させられ、男は地を這った。
「ボガード様――?」
はかなげな、ささやくような声が、俺を現実へとひきもどした。
そうだ。このセシリアを救出することが俺の目的だった。
この修羅場から、彼女を無事に落ち延びさせなければならない。
――目的を回復したあとは、行動しかない。
俺は背中にすがりつくセシリアの手をほどき、立たせた。
『流星』は、ダラムルスら騎馬軍団がなだれこんできた街道北への逃走をあきらめ、南へと逆流しはじめた。つまり森林の方面である。
どこにも、安全な場所などはない。
馬車の内部へ閉じこもり、防衛するのが、唯一の道かもしれなかった。
もう野盗どもには、この戦局を覆すだけの力はない。
『流星』の黒甲冑の数よりも、攻める兵のほうが圧倒していた。
さらに頭目を失っていたことが、彼らの混乱に拍車をかけた。
もし、頭目が存在し、指揮を執っていたら、まちがいなく俺ら――厳密にいうとセシリアだけだろうが――を人質にとり、それを盾に交渉を進めるという方法を選んでいただろう。
その点で俺は、運がよかった。すでに頭目は、もうもうたる戦塵の何処にいるかすらわからない。
(しかし、まったく安心はできねえな)
俺は敵と味方が斬り乱れるさなか、剣も盾も、革鎧すら身にまとわず、平服のまま偽姫様のボディガードを気取っているのだ。たちの悪い冗談のような話だ。
とりあえずこの状態では、彼女の身の安全を確保できない。
「駆ける。走れるか――?」
セシリアは頷いた。俺が先導し、彼女の手をひいて疾駆する。
しかしこの剣の群れを、無傷で横断しようなんて考えは、あまりに横着すぎたというべきだろう。『流星』のひとりが、こちらの存在に気付いた。
できる限り目立たぬよう心がけたつもりだったが、先ほどさんざん奴らの目の前で、派手な大立ち回りを演じたばかりなのだ。目立たない、というのはどだい無理な注文だったかもしれない。
「――ひっ!!」
セシリアが声をあげた。賊は俺ではなく、か弱そうなセシリアに照準を定めたようだ。彼女の腕を横から伸びた、黒い手が鷲づかみにする。
俺は反射的に、男の顔面めがけ、フィンガージャブをぶつけている。
5本の指のうち、2本が相手の眼球をかすめ、男は呻きながら後方へのけぞった。俺はすかさず、そいつの腰から剣を抜き取り、追い討ちに前蹴りを入れる。
相手はそのまま、乱闘している群れのなかに消えた。
抜き取った剣をかるく振ってみる。なまくらのようだが、ないよりはマシだ。
「ゆこう――」
「――はい」
馬車の後部までは、それほどの距離はない。
だが移動は遅々たるものだった。戦場はそれほど混沌としていた。
視界に入ってくる剣を受け、撥ねかえす。
隙を見ては蹴り飛ばし、ひたすら移動する。もう空手の型もクソもなかった。俺の脳裏にあったのは、この娘を護る。ただそれだけだったといっていい。
ほうほうの態で、俺たちは馬車にたどりついた。
馬車の内部はさほど荒らされていない。敵のほうも展開が急すぎて、そのような暇もなかったのだろう。奥のほう――つまり馬車の前方で、侍女のふたりが身を寄せ合い、震えている。
俺はセシリアをそちらへ押しやり、馬車の扉の前で剣を構えた。
扉は破壊されている。敵が乱入するとしたら、ここしかない。
そのとき、背後からそっと手が延び、俺の肩に触れた。
俺は飛びあがるほど驚いて、すばやく背後を振りかえった。完全に虚をつかれた。
「傷の手当てを――」
それはセシリアだった。
「傷――?」
よく見ると、俺の全身のあちこちから血が流れている。
深手はひとつも負っていない。
だが、俺はいつのまにか切創だらけであった。
刀槍の嵐のなかを、鎧もつけず、奪った剣一本でくぐりぬけてきたのだ。こうなるのは当然だったのかもしれない。
「痛みはない。大したことはない」
「いいえ、血止めをします」
セシリアは、断固とした様子でいった。お嬢様の身代わりに選ばれるだけあり、俺は彼女に、華奢で繊細なイメージのみもっていたが、いざというときの女は強い。
俺はそのまま押し切られる形で、
「――わかった。手短にたのむ」
とだけ答えた。彼女はわずかに微笑んだ。
手当てを受けながらも、俺は油断なく視線を配っている。
もはや、こちらへ注意を向けている奴はほとんどいない。
戦闘はなおもつづいていたが、決着は時間の問題だった。
森林側へ逃げていった『流星』たちも、どうやらほとんどが討ち取られたようだ。なぜそれがわかったかというと、レミリアを筆頭に、シャアハ、ディーン、ワコグルといった面々が姿を現したからだ。全員、血に塗れた剣をぶらさげている。一体、幾人を斬ったのだろうか。
「――団長、ほぼ殲滅は完了したかと」
レミリアが、馬上のダラムルスに告げる。
「ほぼ、では駄目だ、レミー。草の根わけても、徹底的に追いつめろ。一兵たりとも逃がしてはならん」
「了解しました。――いくぞ」
レミリアは一礼すると、背後の傭兵どもと共に、ふたたび森林へ姿を消した。
戦闘は終結した。もはや、残った仕事は残党狩りのみというところだろう。
「――ありがとう、もう大丈夫だ」
俺は背後から手当てをしてくれているセシリアに礼をいうと、馬車から降りた。おびただしい数の死体が大地に血の花を咲かせ、周囲に異臭をまきちらしている。俺は思わず顔をしかめた。あたかも、地獄がこの世に現出したかのようだった。
「よう、大手柄だったな、ボガード」
ダラムルスが、巨躯をゆらし、ゆっくりと馬から降りた。
俺は無言のまま、応えない。
ダラムルスは意に介した様子もなく、近寄ってくる。
「お前が頭目を一騎打ちで仕留めてくれたお陰で、ことが円滑にすんだ。おまけに頭目も失神しているだけで、無傷で捕えることができた。これほどまでうまくいくとは思わなかったな」
「――なあ、ダラムルス、教えてくれ」
「なんだ?」
「これは、最初から仕組まれたものだったのか?」
ダラムルスは、豪快に肩をゆすった。
「まあ、種明かしは往きながらにしようか」
土嚢は、いつのまにかとりのぞかれている。
もう街道をふさいでいるものは、何もなかった。
『傭兵というもの』その4をお届けします。
次話は金曜日を予定しています。




