その4
華々しいファンファーレが、町道を縫い、アコラ全体に駆けめぐった。
ふたりの旗手が、堂々たる歩調で、馬車の隊列の先頭を歩いている。
右側が、フランデル王国の紋章。左側の旗にはアルローヌ伯の紋章が描かれているらしい。
先頭の馬車には、傭兵が詰まっている。
言うまでもなく、『白い狼』の傭兵たちだ。まとめ役のレミリアを筆頭に、ディーン、メルト、ワコグル、シャアハといったベテランの傭兵たちが集結している。
その次を行くのが、お姫様と供の者を乗せた馬車だ。
沿道を埋め尽くしている大衆は、祝福の言葉を次々と馬車へ投げかける。この人々も、まさかこの馬車に乗っている人物が、本物のメアリー・マルローヌ嬢じゃないとは、夢にも思わないだろうぜ。
最後の馬車に乗っているのが、俺を含めた、少しキャリアの劣る傭兵たちだ。
三つの馬車の周囲をとりかこむように、十人の騎士たちが馬上で銀色の光を放っている。華々しいフルプレートアーマーは、こうしたパレードによく似合う。
全身鎧に身を包んだ騎士たちは、まるで自分たちが主役とばかり、馬上から沿道につめかけた人々に手を振っている。
だが、アコラの町から離れると、騎士たちはひとり、またひとりと隊列を離れていく。結局残ったのはお目付け役らしき三体の騎馬だけだ。大衆の目がないと、現金なものだ。領主様はよほど、みずからの私兵を損ねるのがお嫌いらしい。
命の使い捨ては、傭兵だけで充分だということだろう。
苦々しい思いでその流れを眺めていると、隣の傭兵が声をかけてきた。
「まあそうカリカリするもんじゃない。ええと――」
「簿賀土だ」
「ああ、ボガード。こりゃ逆にラッキーと考えたほうがいい」
「ラッキー? なぜだ? 防衛人数が減るのは不利だろう」
「いいか、もうこの依頼のゼニは決まってる。だが、敵を倒した分のゼニは追加料金として加算されるんだ」
「出来高払いってことか」
「そういうこった。俺たちがうまく手柄首を挙げれば、それだけ懐があったかくなる。せっかくの危険な任務だ。せいぜい稼がせてもらおうぜ」
驚くべき価値観だな。初陣の俺には圧倒されるばかりだ。
俺は彼をまじまじと見つめた。年のころは俺よりすこし下だろうか。どちらかといえば、厨房でパンでもこねているほうが似合いそうな、柔和な笑顔の男だ。
「ところで、あんたの名前は聞いてなかったな」
「ああ、俺はヘルメヒト。よろしくな、オールドルーキー」
柔和な顔に、さらに柔和な笑みを浮かべて、彼は左手をさしだしてきた。
ほかの傭兵は緊張しているのか、それとも初仕事の俺とは会話もしたくないのか、おもしろくもなさそうな顔で馬車に腰を降ろしているだけだが、このおしゃべり好きな男、ヘルメヒトからは有益な情報が得られそうだ。
俺もふっと微笑を浮かべ、その手を握り返した。
馬車の列は街道をガタガタと移動する。
ここの文明では、まだサスペンションつきの馬車など発明されていないのだろう。そういう知識をもたらしたカミカクシがいなかったのか、それともアコラのような田舎町じゃ、その技術を活かす職人がいないのか。
あまりにもすわり心地が悪くて、ケツが破裂しそうだ。
それにこの騒音。遠くからでも、馬車の群れが通ると知らせているようなものだ。狙うほうからでは、どこからでも襲撃ができるだろう。
ただ、今のところは見通しのいい眺めが続いているし、町から出てそれほども経過していない。狙ってくるなら二日ほど経過してからだろう。そう予測をしたのはヘルメヒトだ。
「二日後という根拠はあるのか?」
俺が不思議に思って問いかけると、
「二日後、馬車は見通しの悪い森林の横を通過する。そこがヤバいんだ」
「なるほどな、有名な場所なのか」
「まあ奇襲をかけるのに、あれほど適した場所もない」
この不吉な予想を立てているのは、俺たちだけではなかった。
その日の、昼食を摂るための休憩時のことだ。
ぶっとおし馬を走らせるわけにはいかねえから、人馬ともに休息を与える時間は必要だ。こんな揺れまくる馬車のなかじゃ、メシなんて咽喉を通らねえさ。
俺が旨味もなければ食欲もそそられない、メイの出す食事とは雲泥の差の携帯食を、黙々と胃のなかに収めていたときの事だ。
「いや、規定の時間を超過することは認められぬ――」
「しかし、それでは確実に――」
前方のほうで騎士の連中とレミリアが、なにやら罵りあっているのに気付いた。
どうやら日程の問題で揉めているようだ。
レミリアの怒鳴り声は、よく通るので、会話の内容は筒抜けだ。
「野営の数を増やしておけばいい。それで――」
「そんな安直な考えで、敵を防げるというのか」
「それを承知で受けた依頼だろうが――」
「私は団長から分隊長を任されたのだ。少しでも危険を排除するのが――」
どうやら、その危険性の高い森林地帯のど真ん中で、真夜中を迎えることになりそうだ。ここの傭兵のまとめ役を引き受けたレミリアとしては、それを避けたいという処なのだろう。彼女の考えは、傭兵にとって当然の思考だ。
しかし、ニセ者を乗せた馬車が、行軍を遅らせるわけにはいかない。
後続の、本物を乗せた馬車が、追いついちまったんじゃ話しにならないからだ。
伝令を放ちたいところだろうが、もし、こちらの動きを『流星』に察知されてしまったら、たちまちアウトだ。敵はこっちなぞ放っぽりだして、本物を乗せた馬車へ方向転換して襲撃に向かうだろうぜ。
「騎士どもは傭兵の命なんぞ、お構いなしだからなァ」
俺の隣で携帯食をつまんでいた、ヘルメヒトが話しかけてきた。
「しかし解せないな。俺たちの危機は、自分たちの危機でもあるんじゃねえのか?」
「いや、よく考えてみな。あいつらは騎馬で、こちらは馬車移動だ。そいつがどういう意味か、お前にもわかるだろう?」
「……そうか」
「そういうことだ」
騎士連中は馬に跨っている。すなわち、戦の状況が不利になれば、いつでも離脱ができるということだ。しかし、こちらの馬車組は、いざ乱戦となったら、簡単に身動きがとれない。
傭兵を満載した馬車と、人ひとり乗せているだけの馬。
どちらが速いかなんぞ、計算しなくても理解できる。
「しかしそれじゃ、お姫様も、置いていくことになるんじゃないのか」
「まあ、それでも無理を通そうっていうんだ。死んでも構わんという処だろう」
「……あきれたな」
連中は、偽者のお姫さまを危機に晒すことになっても、なんら痛痒を感じないってことか。俺はいささか冷めた眼で、レミリアと口論している甲冑姿の三人を見つめた。
護衛対象がいくら偽者だとはいえ、自分たちの身の安全しか考えない騎士連中とは、とてもうまくやっていける気がしねえ。
「――よし、そろそろ休憩終り! 出立する!」
話は終わりとばかり、連中は踝を返して草を食んでいる馬のもとへと向かった。
一方的に背を向けられたレミリアは、屈辱で地団駄を踏んでいるようだ。
やれやれ、傭兵とは、思ったより辛い立場だ。好きに戦場を選ぶ自由もないときた。
「まあ、踏ん張りどきはもう少し後だ」
ヘルメヒトが、いささかも動じていない調子でつぶやいた。
「その瞬間まで、せいぜいメシを喰って、力を蓄えておこうや」
そうだな。俺たち傭兵にできることは、それくらいしかねえようだ。
・・・・・・
馬車に詰められ、ひたすら揺さぶられ、メシを喰っているうちに、すぐに時間というのは経過するもんだ。俺は息を深く吸った。肺の奥に、清冽な深い緑の香りが浸透くる。
外の景色は、昼間なのに夜を連想させる暗がりへと姿を変えている。
馬車の隊列は、いよいよ、その危険地帯に差し掛かったようだ。
俺は想像以上の周囲の見通しの悪さ、暗さに驚いた。
これは夜を待つまでもないんじゃないのか。
よく、こんな道で夜を明かそうなどと提案できるものだ。現代の日本人ならば、誰もそんな提案に乗る事はないだろう。それぐらい、鬱蒼としている。だが、この異世界にそんな常識は通じないようだ。
俺が不安に囚われ、ちょいとケツを浮かせかけたときだ。
「まあ、落ち着けボガード。いくらなんでも、まだ仕掛けては――」
その言葉は、中途で飲み込まれた。
馬車の列が、その瞬間、急激に減速したのだ。
「――止まれ、緊急停止!」
前方の騎士のひとりが叫んだ。
一騎だけ先行していた騎士が、止まれの合図を送っているようだ。
なにか黒々としたものが、街道の中央にうずくまっている、ということらしい。
すわ出番か。俺たち傭兵は次々と馬車から降り、前方を透かし見た。
石だ。それなりに大きな置石が、ごろりと俺たちの行く手を塞いでいた。
森林のど真ん中で、自然に石が転がってくる、などということはありえない。俺たち傭兵は、レミリアの差配で、中央の馬車を中心に展開した。
こんなもの、迂回して進めばよいだろう。そういう呑気な話を、騎士たちが交わしていたときであった。
カーンという、硬質の音が響いた。いずこからか矢が降ってきて、騎士のフルプレートの肩に命中したのだ。
矢は次々に飛来し、木製の馬車に突き立った。
「――来るぞ!!」
レミリアの切迫した声が、森にこだました。
俺は深く息を吐いて、腰の剣を抜いた。
「大きな仕事」その4をお届けします。
その5は来週になると思います。




