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その2

 おれは彼女が語った内容を吟味するように、眼を閉じていた。

 不審な点がひとつあった。

 だから俺は直球でアンジェリアに訊いた。


「女性が、貴族の跡を継ぐことが可能なのか?」


 彼女と俺の視線が合った。聞きようによっては、かなり差別的に聞こえるものいいだったかもしれない。だが、貴族の世界というやつは、かなり古色蒼然たる世界だと聞く。つまり男尊女卑が激しい世界という意味でもある。そう簡単に、女性が爵位を継げるとは思えなかったのだ。


「悔しいですが、難しいと言わざるを得ませんね。基本的には、女性の爵位継承は認められていません。ドーラ村の領主、フローラ・ガルシャハ男爵のような、際立った手柄を立てない限り――」


 懐かしい名前が飛び出て、俺はちょっとだけ驚いた。だがやはり、女性が爵位を得ると言うのはかなり例外的なものらしい。


「その例外的な身分に、あなたがなれるというのか」


「そうは言っていません。だから、私はちょっとだけ頭を働かせました」


「聞かせてくれ」


「ダミア兄さんの長男であるロミアが16歳になるまでの間、私が後見人となってトアイント家の政務をつかさどる。そういう形にしたのです」


「なるほど、考えたな」


 それならば、女性の身でも政治に携わることが可能だろう。だが、その場合、今度はふたつの懸念が浮上する。


「ダミアの奥さんはどうなんだ。彼女の意向を無視して勝手に後見人などに、なれるわけがない」


「もとより、私がそういう風に口出ししなければ、弟が家長の座を継ぐことに一切抵抗できなかったでしょう。彼女は気の弱いタイプで、勝手に推移していく周囲に流されるまま、うつむいて文句のひとつも言えなかったのです」


「要は、アンジェリアの提案は、渡りに船だったと」


「そういうことですね。多少強引なやり口ですが、私の提案に乗れば、自分の息子が将来的に後継ぎとして認められるのですから、彼女としては嬉しいようです」


「もうひとつ。ケチをつけるようで申し訳ないが、そのロミア少年が成長した時、暗愚だったらどうするつもりなんだ」


「それは――」


「当然、考えなくもなかったのだろう。その可能性を」


「大丈夫です。幸いながらロミアはおとなしいですが、素直で真面目な性格です。私のことも慕ってくれてますし、厳しい勉強にもついてきてくれています。きっと将来的には、立派な家長に育ってくれることでしょう。いえ、育てます」


 きっぱりと言い切った。それだけの自信があるのだろう。


「あなたのほうの事情はよく分かった。だが、そこから何故、俺へ勝負を挑むという行為につながるのか。そこんところが解せない」


 彼女の事情はよく理解できた。

 だが、そのお家騒動の渦中、コンバッシから遠く離れた地、アコラまでやってきて、俺に闘いを挑むという行為は意味不明だ。


「その点ではご迷惑をおかけしました」


「まあ、慣れているから、どうってことないが」


「私があなたに勝負を挑んだ理由――それは、私の代わりに決闘を行ってほしいからです」


 彼女は迷いのない瞳を向けて、言い放った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――ここまでが、傭兵ギルドの執務室で行われた会話だ。

 決闘代理――まさか、俺にそんな依頼が来るとは思わなかった。それにしても、とんでもない話だ。彼女は俺が大会優勝者だということを調べ、遠路はるばる俺の許までやってきたのだ。だが、縁もゆかりもないトワイント一族の未来のために、俺がコンバッシまで赴く理由はない。

 冷静に、そう判断した。

 おれは断るつもりでいたのだ。


 だが、ソルダの疲労困憊した姿を視て、考えを変えた。

 俺のせいで、弟子の彼には多大なる苦労をかけている。それは疑いがない事実だ。俺はそれを回避するためには何をすべきか、考えた。

 違う依頼を受けるという考えは、傭兵ギルドで不可能だと識った。あとはヴェルダのところへ退避するという策だ。これも俺には気が重かった。

 

 ヴェルダには多大なる恩義がある。

 あの熾烈な大会に勝利できたのは、実力であるが、彼女のこしらえてくれた薬のお陰でもある。それにラーミアの誘拐事件のときも、彼女は事前に様々な手を打ってくれた。

 いつか再会して礼を言いたいと思っていたのだが、いまではないという気がしていた。なぜならば、いま彼女の許へと赴けば、迷惑をかけてしまうからだ。

 

 俺は追われている身である。

 彼女もまた、王国から姿を隠している立場だ。厄介ごとを背負いこませる側にはなりなくなかった。ならば、俺が選択する道はおのずと限られてしまう。

 それにしても、決闘代理か。

 わけのわからない依頼だが、ただひとつ確かなことがある。

 強い奴と闘えるということである。


 俺は正直いって、辟易していた。ベッドに横になるとき、ふと優勝を勝ち取るまでの闘いが、頭をよぎることがある。灼熱の太陽のように熱く、激しい大会だった。楽な相手はいなかった。厳しい道のりだったが、また充実感に満ち溢れてもいた。強い奴らと拳を交えるのに、純粋な興奮をおぼえていたのだ。

 切磋琢磨という言葉がある。競争のなかで互いに成長し合うという言葉だったと思う。あの大会は、まさにその言葉が当てはまる。


――それが、どうだ。

 いま俺をしきりと襲撃してくるのは、口だけで全然大したこともない連中だ。そういった類の連中に限って、礼儀も識らない。自分たちの都合のまま、ただ最強の称号が欲しいがために挑んでくるのだ。

 連日、そんな日々が続けば、うんざりしない奴はいまい。

 

 強いやつと仕合いたい。

 いまの俺の切なる願望といってもいい。

 正直、トアイアント家の未来には何の興味もなかった。ただ、決闘代理というのならば、弟のクロノル側も強い闘士を雇っているだろう。俺が興味を抱いているのは、そこである。

 

(どんな強い奴が出てくるのやら)


 俺はアンジェリアの背中を追いつつ、そのことばかり考えていた。 


 210号室。そこが俺の滞在する部屋だ。部屋の大きさそのものは、『太陽と真珠亭』の俺の部屋よりも大きく、『栄光の担い手』の部屋よりも小さい。両者の2つを足して2で割ったような広さだ。室内は掃除が行き届き、清潔に保たれている。ベッドも太陽の匂いがして、悪くない。

 俺はベッドに腰かけて、アンジェリアに椅子を勧めた。メルンはすぐさま俺の隣に座る。広い部屋なのに、そんなにくっつかれると窮屈だ。


 ソルダは「お茶をもらってきます」と言って、部屋から出た。

 

「それで、決闘の日時とかは、決まっているのか?」


 アンジェリアが椅子に腰を降ろしたのを確認して、そう訊いた。


「いえ、ですが3日以内には――」


 彼女がそう言い終えるかどうかというタイミングで、ソルダが帰ってきた。まだ部屋を出て1分も経っていないし、その手には何も握られていない。

 俺が不思議に思い、口を開くより先だった。


「師匠――ちょっと、来ていただけますか」


「どうしたんだ、一体?」


「とりあえず、ついて来てください」


 真剣な表情だ。俺は彼の言うことに従う事にした。


「すまないが、ちょっと待っていてくれ」


 そうふたりに言葉を置いて、210号室を出る。ソルダは階段を降りるところだった。俺はその背を追いかけて、階段を降り、1階の受付まで戻った。そこに見覚えのある人物が立っている。

 その巨体、その精悍な身体つき、何もかも憶えている。


「おまえ、もしかして――」


 俺は帳面に眼を落している。その壮漢に声をかけた。

 男はぬうっと振り返り、俺を見た。


「久しぶりじゃないか、ボガード」


 そこに、太い笑みを浮かべたスキンヘッドの男――忘れもしない我が好敵手(ライバル)、アキレス・ギデオンがいた。


『新たな町で』その2をお届けします。

次話は金曜日を予定しております。

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