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その4

 黒いペンキで塗り固めた空に、ネオンのようにまばゆい光を放つ星々が点在している。俺たちの世界より、星々の自己主張が激しいのは、排ガスで汚染されていない原始そのままの光だからだろう。

 とはいえ、王都ダーリエルの夜は、アコラの町よりも明るい。ドーラ村に滞在した経験から言えば、人々が早く床に就く理由は明白だ。蝋燭などの灯りの消費を抑えるためという意識が働くからだ。

 

 王都に住む者は、そういった節約の観念が希薄なのだろう。街の灯りは絶えることなく輝き、いつ眠るともしれぬ不夜城のようだ。

 その光を眼下に収め、俺はときおり吹き抜ける風の爽やかさを楽しんでいた。窮屈な礼服はとうに脱ぎすて、チュニックにズボンという適当な格好に着替えている。

 俺が立っているのは、『憩いの丘』と呼ばれる公園だ。公園と言っても誰でも気軽に立ち入ることは許されない。入園料は一般市民からすれば割高であり、ある程度の身分の者でないと容易に足を踏み入れることはかなわない。


 俺は入園料を払うことなく通された。すでに話はついているらしい。指定されていた丘の上には誰もいなかった。まあ、まだ時間はある。約束の相手が現れるまで、俺はこの眺望を楽しむことにした。


 身体はまだ本調子とはいいがたいが、左腕の痛みはかなり抜けている。

 本来ならば、あと数日は痛みが続くダメージだ。あの腕ひしぎ逆十字が極まった瞬間を思い出し、俺の皮膚が粟立った。まったく、よく腕を折られずに済んだものだ。


 メルンが、師匠からの秘伝の薬だといって、小さな包み紙をくれたのだ。内包されていた粉薬は微量だったが、これがよく効いた。まったく、もっと早くこいつをくれていたらよかったのに。

 俺はそう愚痴ったが、メルンは首を横に振った。


「だって。ボガード、使わないでしょ」


「なぜ、そう思うんだ?」


「そいつはずるだとか言うでしょ」


 言われてみれば、確かにそう考えるかもしれないな。他の闘士が連戦の疲労を引きずったまま闘っているのに、俺だけ薬物で恢復するのはフェアじゃない。しかし、ヴェルダならまだしも、こいつまで俺の思考を読んでいるわけではないだろうな?


「念のために訊くが、お前まで、予知ができるとか言わないよな」


「それはない」


「ではなぜ、俺の考えが読める?」


「ずっと一緒にいるから、わかる。以心伝心?」


「質問に質問で答えるな」


 どこまで本当かはわからないが、俺の思考が単純だと言われているようで愉快ではない。俺がそんなとりとめもないことを思い浮かべていたときである。


「――ごめんね、待った?」


 夜目にも鮮やかな白いカートルをなびかせて、御木本かすみが現れた。さすがにあの派手な紅色のドレス姿で外を出歩く気にはなれなかったようだ。


「いいや、今来たところさ」


「それならいいんだけど」


 御木本かすみは、ごく自然な動作で、俺の傍らに腰を降ろした。俺だけ立って話すというのも間の抜けた話しだ。彼女に倣って、俺も丘の上に腰を降ろした。

 

「――何か、俺に話があるんだろう?」


 沈黙に耐えかねて、俺は彼女に告げた。まさか、ふたりで夜空を見上げるために呼んだわけではあるまい。


「用件がないと、呼んではいけない?」


「そういうわけじゃないが……。俺とあんたとは――」


「あんたじゃなくて、御木本って呼んで」


「わかった。俺と御木本は、激しい口論のすえ、訣別に近い形で距離を置いた。てっきり俺は今まで、ずっと憎まれていると思っていた」


「そうね、憎んだわ。しばらくはね」


「今は、沈静化したというわけか」


「今でも許せない部分はあるわ。でも、あなたは誰の後ろ盾もなく自分の道を歩いて、拳ひとつで王国に名を轟かす男になった。今や王都であなたの名前を識らぬものはいないわ」


「柄じゃねえな」


 俺はぼりぼりと頭をかいた。別におれは、天下に己の名を知らしめたいという衒気(げんき)をもって、闘いに臨んだわけではない。

 ただ、過去の自分に別れを告げたかったんだ。

 俺は常に、過去に囚われたまま生きてきたと思う。

 神田蒼月に徹底的に叩きのめされた過去から目を背けて、逃げた。自分の心と折り合いをつけることなく、俺はトラックの座席におさまって、重いアクセルを踏みつづけていたんだ。

 

 過去を見つめ直すということは、心の暗部を直視することだ。こどものような年齢の少年に、凶器同然に鍛えぬいた拳も蹴りも通じなかったという事実。いや、それだけじゃない。すべてにおいて中途半端な俺が、唯一誇れるものが徒手空拳の強さだったのだ。

 それを根底から否定されたんだ。

 俺は、俺に失望した。どん底まで堕ちた。身体を鍛えぬいた日々は無駄だった。肉体を極限まで追い詰めた日々も無駄だった。空手に出逢わなければよかった。そこまで思った。

 

 その過去も、もう俺を苦しめることはない。

 ケリドアン、バーダック、グラハム――そしてアキレス。

 いずれも強敵だった。かつての俺では、勝てないような猛者ばかりだった。

 そのいずれもに、勝つことができた。

 

「ありがとう」


 勝ったとき、思わずそう呟いていた。俺があのとき零した言葉は、誰へ対する言葉だったろうか。目を塞ぎ、逃げまどってきた過去の自分に対する謝罪と、感謝だったのではないか。

 極限状態にまで追い込まれたとき、俺を救ってくれたのは過去に研鑽を積んだ技の数々だった。俺を強くしてくれた、すべてのものへの感謝をこめた無意識の「ありがとう」ではなかっただろうか。


「――ガド、ボガドったら!!」


 その声で、俺は我に返った。


「どうしたのよ、急に黙りこくっちゃって」


「ああ、すまない。ちょっと考え事をな」


「こんな美女が傍にいるのに、考え事に没頭するなんて失礼だわ」


 烈火のごとく怒るかと思いきや、微笑と共に彼女はウィンクしてきた。こんな茶目っ気を見せてくるとは、正直予想外だった。俺は驚きを表情に乗せることなく、できる限り自然に見えるよう、笑顔で応えた。


「ああ。これは俺が悪いな」


「なんだか不思議ね。今のボガドは、半年前の人間と同一人物とは思えないわ」


「そんなに変わったか」


「変わったわ――とてもね。大人の余裕というのかしら。自分じゃわからないでしょうけど。あの時のあなたは、まるっきり余裕がなかった」


「そりゃ、あのときは仲間がひとり殺られちまったんだ。余裕もなくなるってもんさ」


「いいえ、それだけじゃなかった。なんていうのか、初対面のあなたは、誰も傍に近寄らせない、険悪なオーラを漂わせていたわ。私たちと同じ道を歩いているんだけど、そうじゃない。独りだけ求めて孤立しているような印象を受けた」


「冷静だな。俺はあのとき、御木本を観察するような余裕はなかった」


「うそ、あんまり関わりたくない女だって、眼が物語っていたわ」


「まいったな」


 俺は思わず顔をつるりと撫でた。まったく女という生き物は怖いものだ。俺がそう考えていたときである。木陰が微妙に揺れている。誰かがこちらへ接近しているのだ。その数、ひとりやふたりではない。

 むろん、俺が察していないわけがない。

 まるで殺気を感じなかったため、放置していたにすぎない。しかしここまで接近してきているのだ、警戒はしておくべきだろう。俺は御木本かすみをかばうように立ち上がり、接近してくる連中に声をかけた。


「何の用だ。それ以上。近寄るな」


 公園の光源は、要所に置かれたかがり火と、月明かりだけだ。

 かがり火はやや遠く、月は雲間に没して見えない。謎の闖入者の顔は、陰になって見えない。だが、身体のフレームはかなり華奢な部類に属する。 

 こんな連中が、襲撃などするだろうか。

 俺がそう疑念を抱いた瞬間である。

 さっと、月が雲から顔を出した。青白い光に照らされた顔には、見覚えがある。それも当然だろう。


「君はたしか、森田妙子。それと――」


「ども、お昼のパーティぶりです」


 そう告げた彼女は何がおかしいのか、けらけらと笑いはじめた。他の連中の顔も、月明かりではっきりと見える。


「久しぶりです、ボガドさん」


「どうも。アコラの町以来だね」


 そういって笑顔で手を振っている彼らは、アコラの執務室で別れた学生のうちのふたりである。俺と御木本かすみ、そして学生3人――。


「カミカクシ、勢揃いってわけか」


「そういうことだね」

 

 どうやら、これは最初から決められた流れのようである。

 俺は腕組みして、彼らが近寄るのを待った。


『懐かしい顔ぶれ』その4をお届けします。

次話は翌月曜を予定しております。

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