第九十一話 「憤怒の殺意」
「あぁ〜〜コレだよコレ……! たまんねぇ……!」
「は――? ルコ――」
鮮血のシャワーを浴びるギウの背後で、ゆっくりとルコンの身体が地に落ちる。
この時、既にライルの脳は情報の完結を拒んでいた。
本能が見るなと訴え、理性が思考を無意識に鈍らせる。
「! おっとぉ! チッ、いいとこだったのによぉ」
「リメリアちゃん! 治して!!」
ライルの前に立つギウにオーレンバックの鞭が飛ぶ。
魔力によりリーチを拡充し、本来届かない筈の距離を潰し、そのままルコンを掴んでリメリアへと引き渡す。
(アタシの落ち度! 援護はすると言っておきながらルコンちゃんの初動について行けなかった……!)
無論、この場面に於いてオーレンバックに落ち度は無い。
彼があのまま鞭の結界を緩めていれば、すぐさまガヴとギウの二人に突破されていた。
捨て身の作戦で火を点け、鎧の代償で動けないライルの隙を潰すため飛び込んだルコン。
誰が悪い訳でも無く、起こるべくして起こった結果。
「脈は有る……出血が酷い! 中級治癒魔術で治せるか……ルコンッ! 聞こえる!? ライルッ!! 時間を稼いで! ライルッ!?」
「あ、あぁ……ルコ……ルコン……!」
「ケヒ、ヒヒャハハハハハッ!! 楽しいなぁおい!? 次はお前だぜ? なぁ!!」
リメリアの呼びかけも虚しく、精神に限界を迎えてその場に膝をつくライルをギウが乱暴に蹴りつける。
既にライルには抵抗する気力も体力も無く、土を舐めてなお瞳は虚ろに遠くのルコンを探していた。
「ライルちゃんッ!」
「余裕じゃないか、オーレンバック?」
「しまっ――」
そもそもオーレンバックはライルを援護する余裕はおろか、ルコンを回収する隙すら晒してはならなかった。
一瞬、時間にしてわずか0.5秒の隙に右手首を切りつけられ、鞭が落ちる。
リーチと右手の感覚を失ったオーレンバックへ、不敵な笑みを浮かべたガヴが懐に潜り込む。
絶対致死圏。獰猛なナイフが適確に人体の急所を狙い振るわれる。
「がッ!?」
「ハハハハハハァッ!! やっとだ! やっと貴様を切り刻める!!」
「オーレンバックッ!!」
(どうする!? 治療は中断出来ない! でもオーレンが倒れればもう……私だけでもルコンを担いで逃げる!?)
リメリアの逡巡は無理もなく、既に状況は詰みと言える程に仕上がっていた。
ライルは止まり、治療を止めればルコンが保たず、オーレンバックまでもが死のレールへと乗りかけている。
例えここで逃げ出したところで、ギウのターゲットが彼女へと変更されるだけに過ぎない。
故に、リメリアに残された唯一の選択肢は、『ライルにギウが張り付く事に賭け、オーレンバックがガヴを止めている間にルコンを治して共に戦線に復帰する』という、作戦とは到底呼べぬ綱渡りであった。
唇を噛みしめ、自身の無力を悔いながら治療を進めてライルへ視線を投げる。
今正に、そのライルへゆっくりとギウが両手を広げて近寄っている。
「な……で……なん、で……殺す?」
「『なんで』? 分かんねぇのか? おいおい冗談はよしてくれよ?」
「は……あ?」
「腹が減ったら飯を食いたくなるだろ? 眠たくなったら寝たいだろ? 一緒だよ! 殺したいから殺すんだ! 人間ってのはそういう生きモノだぜ?」
「殺したい、から……? それ、だけ?」
「そうさ。なんでダメなんだ? 俺達人間は『したい』っていう欲求に従って『したい事』をする生きモノだろ。だから、殺したい時に殺す。弱え奴が死ぬ。悪いのは弱い奴。それだけだ」
「それ、が……人、間……」
「はぁ……もういいか? 最後につまんなくなりやがって。じゃあな」
「ライルーーーーッ!!!!」
無慈悲にナイフが振り下ろされ、ライルの首が落ちる。――――筈だった。
爆発――その場にいた全員がそう誤認する程の魔力の膨張。
発生源は、四つん這いで地に沈むライルからだった。
魔力に押されて無理矢理数歩退かされたギウも、訳が分からないといった顔をしてライルを見つめる。
(なんだ!? 死体も同然だったガキから!? いったいこりゃ何の冗談だ!?)
「殺したい時に殺す……それが人間なら、俺もちゃんと人間みたいだ……」
「――あ?」
「分からねぇか? ――死ね」
「あがッ――」
身も凍る程の真っ直ぐな殺意と、音を置き去りにして拳がギウの身体へと突き刺さる。
「ライ、ル……? あれが?」
一部始終を見ていたリメリアでさえ、視界の先ライルが数秒前と同一人物とは思えなかった。
それ程までに、纏う魔力は変質し表情は殺意の鬼と化していた。
外縁を走る炎を突き破って壁にぶつかり、身悶えしながら血走った眼で自身に起きた事態を整理するギウ。
(痛えッ!! クソ! クソクソクソクソッ!! 殴られた!? 何故だ!? 奴にいったい何が起きてる!?)
「立てよ。殺してやる」
「〜〜ッ! 死ぬのはテメェだあァァッ!!」
怒りに我を忘れながらも、これまでに蓄積された殺人の経験は身体に染み付き、無意識下にも洗練された技として確実に命を絶とうと振るわれる。
しかし、刃は届かず。
当然と言えば当然か。鎧の段階で通らない刃が、既に鎧とは呼び難い程の質量の魔力を纏う身にどうして届こうか。
「退け! ギウッ!!」
「あら、よそ見? 余裕なのね」
「なっ――」
戦局の異変を察し、ほんの僅かに意識を割いたガヴの隙をオーレンバックは見逃さなかった。
血まみれになりながらも、右腕ごと抱き寄せる形でヘッドロックの様にガヴを捕らえる。
空いている左拳を固く握りしめながら。
「元々こっちは得意なの」
「貴様ッ」
連打、連打、連打。
万力のように締め上げながら幾度も拳が叩き込まれる。
界蛇ウロスペントを討伐する以前まで、己の肉体一つで戦い抜いてきたオーレンバックの隠し牙。
ガヴの敗因は、自己分析以上に弟への情を持っていたことであった。
「あ、兄者ーーーーッ!!」
「大丈夫さ。お前も殺してやるんだから」
「ヒッ――」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――」
(コイツ――壊れてやがる……!!)
うわ言の様に殺意を呟き続けるライルを見て、ギウはある事実に気づく。
自分は『殺し合い』が好きなのではなく、『殺す』のが好きなのだと。
そして今、最大の欲求は『生きたい』という生への渇望であった。
生きなければ殺せない、殺したければ生きるしかない。
(死にたくない!! 嫌だ嫌だ嫌だッ!! 俺がこんなところで!? こんなガキに!? 冗談じゃない!)
「あ、あぁ……ああアァァァァァァァッッ!!」
ライルの横を抜け炎を破り、坑道への出口を目指して駆け出す背を、後ろから思い切り踏みつけられる。
背骨と肋骨は砕け、地は軋んで割れるような音と共に亀裂が走る。
追い打ちに両足を踏み砕かれ、決定的なまでに逃げ筋を潰されてしまう。
「ぐああアァァァァッ!!?? ちくしょうッ!! 退けろ! 退きやがれえェェッ!!」
「退かしてみろよ。出来るならな」
振り上げた右手に全ての魔力が殺到する。
元Sランクのギウの斬撃すら通さなかった、超高質量の魔力が。
(いけない! あの一撃には空洞が耐えられない!)
「ダメよライルッ!!」
リメリアが崩落の危機を察知して声を挙げるも、憤怒の復讐鬼には声は届かず。
「ひ、ヒヒャ――」
「じゃあな」
爆発にも似た衝撃と共に、地にはトマトを潰したような赤い花が一輪狂い咲いた。
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