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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
第六章 ―魔石鉱山―編
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第九十話 「暗闇」

 額に汗が滲む。瞼を伝って目に入るが、拭うことはおろか瞬きすら出来ない。

 正面の男から一瞬も目を離すなと、本能が訴えている。


「どうしたボウズぅ? もっと肩の力を抜けよ。ほら、リラックスだ。リラ〜〜ックスゥ〜」

「……お兄ちゃん」

「まだだ……動くなよ」


 軽薄な笑みを浮かべたまま、ギウがゆっくりと一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 両手にはそれぞれ、ゆったりとした曲線を描くナイフが握られており、それはさながら翼の様にも見える。

 まだだ、まだ動けない。

 仕掛けるのはギリギリ、俺の間合いに入ってからだ。

 ヤツの間合いにこちらから踏み込むのは自殺行為、狙うはカウンター。


「来ねえのか? んじゃ〜、こっちから行こうか――なッ!!」

「速っ――」


 音を置き去りにしたかのような圧倒的速度による踏み込み。

 かろうじて目で追えるが体が付いて来ない。

 だが、魔力だけなら!!


「あ? なんだそりゃ……?」

「ふぅッふぅッ……ッぶねぇ!」


 刃は俺の首筋でピタリと止まって、ギリギリ展開出来た暴狂魔鎧(バーサク・アムズ)で防がれている。

 危なかった……! 後少し遅ければ頸動脈を掻き切られていた!


「お兄ちゃんから離れろッ!!」

風撃矢(ウィンドバリスタ)ッ!!」

「っとお! 危ねえ危ねえ! ヒュ〜♪ やるねぇ!」


 ギウを引き剥がすようにルコンの尾とリメリアの魔術が飛び交うが、まるで曲芸かの如く軽く躱されてしまう。

 今の一瞬でハッキリ分かったが、カウンターを狙っていては確実に埒が明かない。

 (アムズ)で防げると分かったことは大きい。

 この利を活かして、捨て身でインファイトを仕掛けるしか無い!


「二人とも! 前に出る、援護を!」

「「了解!!」」

「お、いいねいいねぇ! さぁ、楽しませてくれよぉ!?」


 (アムズ)はそう長く展開出来ない。一気に決める!!


「うおおォォォォッ!!」

「ヒャアァァァッ!!」


 (アムズ)禍穿(まがうが)ちの最大火力による最速連打。

 さらにルコンの尾とリメリアの魔術および魔弾によるクロスファイア。

 なのに……! なのにコイツには当たらないどころかその隙間を縫って斬撃を浴びせて来やがる!

 どうなってる!? なんで当たらない!? なんで三人で攻めてる俺の方が切られている!?

 目、首筋、手首の血管、心臓、ナイフの一振り一振りが致命傷に至る箇所を的確に狙っている。

 殺す為、命を奪うことに重きを置いた必殺の一振りが、ギウにとっての通常攻撃という訳か。

 鎧が無ければとっくにダルマにされていてもおかしくない。


 だが、ヤツも避けるという事は、『食らってはマズイ』と認識されているということだ。

 ならば押し付けろ! 当たるまで押し込め!


「チッ……面倒になってきたな……」


 ペースを握れず、苛立ちを隠しきれていない?

 心なしか攻撃の頻度が下がっている……?


「なあ、()()。どうせ長いこと続けられないんだろ?」

「なっ!?」


 (アムズ)の弱点に気づかれた!

 このまま距離と時間を稼がれたら勝機が無くなる!


「ルコンッ! 俺ごとやれッ!」

「! はいッ!!」


 ルコンが合図に応えて俺の頭上へと飛び上がり、一回転しながら尾を増やす。

 あらかじめ決めておいた二人だけの作戦、家族同然に過ごし切磋琢磨してきた、俺達が持ついくつもの連携。

 逃がす訳にはいかない。ペースを握らせるな!

 戦況が変わるならば無理矢理にでもこっちに引き込め!


五本(フィフス)――広耀紅葉(こうようもみじ)ッ!!」


 薄紅色の五本の尾が紅葉の如く大きく開き、前方広範囲を叩き潰す。

 バックステップで避けた前方は土煙が巻き上がり視界は優れない。


「リメリア!」

「もうやってるわよ! 岩石落とし(ストーンフォール)ッ!!」


 畳み掛ける様に前方に巨岩が落ちる。

 直径三メートル程の質量弾、当たれば無事では済まない筈だ。

 そう、当たれば。


「兄者よぉ、こいつら中々やるぜ。こりゃ骨が折れそうだ」

「ガキ共を取ったのはお前の方だ。少しは真面目にやれ」


 いつの間にかギウは反対側でオー姉と戦っていたガヴの横へと並び立っていた。

 あの攻撃を抜け、なおかつ当然の様に無傷ときている。

 やろうと思えば今の土煙に紛れてこちらへ接近することも出来たはずだ。

 口では愚痴を零しつつも、やつは完全にこちらを舐めてかかっている。


「三人とも無事!?」

「えぇ、なんとか……」

「面倒だ、一気に決めよう。ギウ、()()ぞ」

「しゃーねぇな。了解だ」


 ガヴの『消す』という提案を呑んだギウが、左に飛んで壁へと張り付く。

 するとガヴも呼応するようにして反対である右端の壁へと飛びつく。


「まさか――」


 何かに気づいたオー姉が声を漏らすが既に遅く。

 二人はそれぞれの背を追う形で壁伝いに空間を猛スピードで走り抜けながら、壁にかかっているランタンを叩き割っていく。

 徐々に光を失う空間の中、奴らの種族を思い出してその作戦に気づく。

 奴らは蝙蝠(こうもり)の魔族。元になった動物の特徴を備えているならば、蝙蝠には『反響定位(はんきょうていい)』が有る。

 超音波や音を出し、その反響によって物体の位置を把握する能力。

 つまり、既に光を失ったこの暗黒の中で奴らだけは視覚的ハンデが無いということだ。


「全員中央へ!! ルコン! 尻尾で皆を引き寄せろッ!」


 ルコンの薄紅色の尾だけが薄っすらと周囲を照らすが、空間の広さに対してその光量は雀の涙にも等しい。

 それにルコンも三本以上で九尾励起(ナインライブズ)を長時間維持する事は体力的にも厳しい。

 なんとかして光源を確保しなくては、このままでは奴らの思う壺だ。


「ッ! 皆アタシから離れないでッ!!」


 一箇所に固まると同時に、オー姉が叫び鞭を振るう。

 頭上に掲げられた腕を振るい、全員を覆うようにして超高速の鞭による結界を展開する。

 轟音を吹かせる竜巻さながらの鞭の結界の外側で、激しく金属がぶつかり合う音が何重にも重なる。


「ぐぅッ! んなくそおぉぉォォ!!」

「オー姉!!」


 相手は二人がかりで攻め立てているのに対し、オー姉は鞭一本。

 ジリ貧は明らか、このままでは突破されるのも時間の問題だ。

 徐々に徐々に、鞭の結界もその網目は大きくなってきている。

 なんとか、なんとか状況を打破しなくては!


「リメリア! 火を付けられないのか!?」

「魔素が見えない! 当てずっぽうでいいならやるけど、調整が効かないわよ!?」


 明かり欲しさに火性魔術を唱えたところで、辺りを火の海にしては元も子もない。

 焦りから後ずさりした時、足元で石ころ大の塊を踏んで違和感に気づく。

 坑道の中、石ころぐらいそこら中に溢れていておかしくはないが、ここは『魔石鉱山』だ。

 足元の塊はキラリと鈍い輝きを放つ、精錬前の魔石であった。

 これは――


「俺が外に出る! 五秒なら耐えてみせるから、その間に何とかして明かりを点ける!」

「無茶よライルちゃん!」

「危険です!」

「…………やって、ライル。何か策があるんでしょう? でなければ私が無差別に魔術を放つしかなくなるわ」

「リメリアさん!? お兄ちゃんが――」

「良いんだ。大丈夫、必ず成功させて見せるから」

「――ッ、一瞬だけ鞭を緩めるわ! 明かりが点いたらすぐに援護するから!」

「はいッ! ――行きますッ!!」


 鞭が緩んだ一瞬、暗黒へと飛び出す。

 視界の先はほぼ何も見えず、後ろからは金属がぶつかる音だけが聞こえてくる。

 いや、後ろの音が()()()……!?

 気づいた時には首筋に衝撃が走った。

 切られた! 鎧は展開したままで正解だった!

 だが構ってはいられない。今はただやるべきことを!


「ヒヒャハハハァ! ノコノコ出てきて、待ちきれなかったのかぁ!?」


 身体中を幾度となく切りつけられ、その度に鎧が削られていく。

 段々とナイフが深く切り込んでくる。徐々に鎧を裂いて身体へと距離が近づく。

 あと一歩、あと一歩だけ皆から離れろ。

 ――――ここだ!!


炎柱(フレイムピラー)ッ! っつァァッ!」

「なっ、ヤケか!?」


 ヤケ? 確かに、我が身を焼きながら光を放つ俺はそう見えるかもな。

 俺は鎧を出しながら魔術は使えない。

 だから魔術を使うなら一度鎧を解かなければならない。

 そして、今俺が使った炎柱(フレイムピラー)の発生源は俺の()

 そう、さっき拾った魔石を砕いて抽出した魔素だ。

 禍穿ちの手の甲部分には魔石を入れるオプションが有る。

 さっきの魔石を小さく砕き、セット。後はタイミングでオプション部の粉砕機を作動させて魔素を抽出すれば、いつでも魔術をその場で扱う事が出来る。

 ドルフからの説明書きに使い方は記してあったが、実際に使ってみると中々頼りになるじゃないか!


「リメリアッ!!」

「上出来――炎陣(フレイムサークル)ッ! 水砲弾(アクアキャノン)ッ!」


 間髪入れずの魔術行使により、一段目で空間外縁部を円状に走る炎が立ち、二段目は燃える俺への消火用として放たれた。

 後少しで丸焦げになるかというところだったが、何とか助かった。

 煌々と炎に照らされ、ガヴとギウの焦った顔が浮かび上がる。


「なんだと!? 何が起こったギウ!」

「知らねぇよ! コイツ、自分を薪にしやがった!」

「ははっ……っつう!?」


 鎧の反動と炎による自傷ダメージ、それらが一気に来て膝が落ちる。

 目の前にはギウ、せっかく明かりが点いたのにこのままでは――

 痛みと疲労で朦朧とする視界の隅に、薄紅色の尾が

 覗く。

 目の前のギウの背後を取るようにして。


「ダメだ……ルコ――」

「ケヒャ、()()()()


 一瞬だった。

 揺れる視界など理由にならない程、それくらいハッキリと分かってしまう、正に神業と呼べる殺人スキル。

 見えていないはずの背後からの接近を、ギウは見ないまま両手のナイフを逆手で振るい背後を切った。



「あっ――? かふっ」



 大袈裟でも、比喩でもなく。

 ルコンの胸から鮮血のシャワーが噴き上がった。



「はぁ〜〜……まず一匹ィ」






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ああっ!! ルコンちゃんがーーーーっ!! 死なないでーーーー!!(泣)
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