第八十五話 「惨状」
二日目は多少の魔獣と会敵するくらいのもので問題無く夜を迎えた。
今のところは凡人土と大した違いは無い。
強いて挙げるならば、空気中の魔素濃度と舗装道の少なさくらいだろうか。
魔獣自体は凡人土でも遭遇するので、現状は向こうでの旅路と変わりは無い。
拍子抜けと言えば拍子抜けだが、危険が少ないに越したことは無い。
この世界は紛れも無い現実、人は想像より遥かに呆気なく死んでしまうし、死ねばそれまでなのだ。
都合の良い力も、ご都合展開も無い。
だから俺は少しでも、自分とその周りの大切な人達だけは守らなければならない。
もう、失わない為にも。
三日目の夕刻、その日は魔獣とも遭遇せず何事も無い様に思われた。
が、異変に気づいたのはルコンであった。
「ん……? スンスン……なんだか変な臭い?」
「あらやだ!? アタシかしら?」
「オー姉さんじゃないです! 何ていうか、腐ってる様な……嫌な匂い、です」
「……嫌な予感がする。調べてみましょう、オー姉さん」
「ん〜そうね。日が完全に沈む前に周囲の安全は確保したいものね」
「ならとっとと臭いの元を探しましょう。時間はそう無いわよ」
ルコンを先頭に臭いの元へと進む。
日が紅く染まり、周囲の景色が夕暮れへと溶ける。
平野を歩き、開けた視界の先には数軒の家屋が見える。
急がなければ完全に日が落ちてしまう。
そうなれば街灯が無いこの世界で、夜の屋外は非常に危険な場所と化す。
冒険者はとかく、それは一般人であろうと周知の事実。
なので基本的には、誰しも夜になると不用意に動くことは無い。
だが、そんな事はすぐに杞憂となる。
「俺にも分かるくらい臭ってきたな……」
「私もよ。ねぇ、これって――」
「――腐敗臭、ね」
あぁ、そうだ。この臭いは俺にも覚えがある。
腐った食物、生存競争に負けた獣の死骸、龍災により焼け落ちた村。
この世界に来て何度も嗅いだ、あの不快臭だ。
そして、視界の先の集落らしき家屋。
嫌な予感が胸の内で膨れ上がり、近づくにつれ強烈になる腐敗臭がその予感をより確固たるものへと変えていく。
そこは、惨状だった。
死後数日は経過しているであろう、大小様々な肉塊がそこかしこに散らばり、腐敗したそばから鳥や蛆が湧いている。
食い散らかされてしまっているので最早死因の判別は困難。
家屋は大きく損傷していないため人々のみを狙った犯行であることは明らか。
「う――うぷ……うおえぇぇぇ」
「大丈夫!? ルコンちゃん、無理せず離れなさい」
「……リメリア、どう思う?」
「魔獣の仕業では無いわね……二十人はいる集落が恐らく全滅。魔土に住む者達は少なからず戦う術を持っているものよ。
そんな彼等が定住するこの場所で、全滅の憂き目に遭うような魔獣を警戒してない? 有り得ないわ」
不快感に顔を歪ませながらも、リメリアは冷静に状況を分析していく。
かくいう俺も吐き気を催しているが、ギリギリ踏みとどまれている。
ルコンは幼いながらに多くの体験をしているものの、流石にこういったケースには耐性が無いため今回は気の毒と言わざるをえない。
オー姉は流石と言うべきか、不快感を露わにしてはいるものの特に問題は無さそうだ。
「リメリアちゃんの言う通りね。恐らくは住民だけを狙った犯行ね。
魔獣の線も捨てきれないけれど、今はそう考えるのが妥当よ」
「何のために、こんな……」
「好きだからよ。
家の中を見たところ、備蓄の食料や物品が持ち去られた様な跡もない。殺すのが目的だったんでしょうね。世の中には理解出来ない奴らがこれでもかっているの」
「そんな……」
「もういいでしょ? せめてもの情けよ。焼き払って行きましょう」
「そうね……お願いリメリアちゃん」
リメリアが魔術で火を付け、遺体を村ごと焼き払う。
その間二次災害とならぬ様に全員で見守り、頃合いを見て水性魔術で消火を行った。
世の中にはシリアルキラーやサイコパスと呼ばれる連中がいるが、それはこの世界でも同様であった。
そんな非情な現実を噛み締めながら、三日目の夜を越える。
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