第七十三話 「来たる龍災」
『――繰り返す! 現在、王都アトランティアへ向けて急速接近する複数の魔力を検知! 対象は龍種と推定! 国民は騎士団の指示に従い、指定の避難所へ避難を! 繰り返す!』
王都全体へと警鐘と勧告が響き渡る。
市街を囲む壁に設置されている拡声器から聞こえる内容は、耳を疑うものであった。
「龍襲警報!? こんな時に……!」
「どうしますお兄ちゃん!?」
「ひとまず、ルコンはネリセちゃんを連れて避難所へ向かってくれ! 俺は規定通り防衛に回る!」
Bランク以上の冒険者は、ある種の特権を持つ。
危険指定地帯への立ち入り、物品の一時的な押収権、指名手配犯等を捕らえる際の逮捕権etc……
しかし、同時にある規定で縛られてもいる。
それは、『緊急時における周辺市民及び周辺建築物への防衛努力義務』。
要約すると、『ランクに応じて特権あげるけど、緊急時には周囲を守ってね』だ。
違反者や努力義務を怠った者には相応の処罰が課され、ランクの降格や最悪の場合は冒険者証の剥奪が行われる。
無論、今回においてはそんな規定が無くとも俺は率先して動いただろう。
龍と聞いては黙っていられない。
もう誰も、龍災の被害に遭わせてなるものか。
「危険です、お兄ちゃん! ルコンも行きます!」
「ダメだ! ネリセちゃんだっているんだ、言うことを聞いてくれ!」
「お、お兄さん! 私なら一人で大丈夫ですから……ルコンちゃんも一緒の方がお兄さんだって――」
「待ちなさい。ライルには私が付いて行くわ」
声を上げたのはリメリアだった。
言い争って埒が明かない俺達を見かねてか、はたまた彼女自身にも行動する為の理由が有るのか。
だが――
「リメリアさん、気持ちは嬉しいですが相手は龍種です。――危険です」
「そんなことは百も承知よ。でもね、それが逃げる理由にはならないわ。
先生ならきっと行く。これは冒険者としての義務でも無く、私自身の目的の為に必要な事よ。
それに、弟弟子であるアンタ達が危険な目に合うのを見過ごす訳にもいかないでしょ」
「…………分かりました。では、一緒に行きましょう」
「お兄ちゃん!!」
「ルコン、だったわね。ライルは私が面倒見るから、そっちの子を送り届けたら合流なさい。
ねぇライル。見たところルコンは十分戦えるはずよ。危険に巻き込みたくない気持ちは分かるけど、この子の気持ちも分かってあげなさい」
リメリアの言う通りだ。
三年前の龍伐の際、グランロアマウンで一人奮闘するルコンの成長を見て、俺は仲間として、家族としてもっとルコンを信じると決めたはずだ。
危険だからと突き放し、優しさの檻に閉じ込める時間はもう過ぎたはずだ。
分かっている。分かっては、いるが……
「…………ルコン。ネリセちゃんを送った後、俺達を探してくれ。ただし、俺達が龍と直接戦闘していたならその時は待機してろ」
「でも――」
「ルコン。今は、これが最大限の譲歩だ」
「分かり、ました……」
「ごめんな、ありがとう」
優しく頭を撫で、そっと送り出す。
出来れば合流して欲しくない。
どれだけ成長して、どれだけ頼りになっても、大事な家族に危険な目にあってほしくない。
これはエゴだと分かっている。
でもきっと、いつかは――
「さ、行くわよ。ひとまず騎士団か他の冒険者と合流しましょう」
「そう、ですね」
「シャンとしなさい! 行くと言ったのはアンタなのよ! そんなんじゃルコンに余計心配かけるだけよ!?」
「ッ、すみません! もう大丈夫です! 行きましょう!」
そうだ、後悔も葛藤も、考え事は後回しだ。
今は先の事に集中しろ!
ただでさえ祭りで溢れる人が、警報を聞いてより一層勢いを増して道を埋め尽くす。
「っ、これじゃあ進めないわね……」
「……すみません、ちょっとだけ我慢して下さい」
「は? へ? ちょっと!?」
道が無いなら別の道を探せば良い。
地面が無理なら上だ。
リメリアを抱えて屋根の上まで飛び上がる。
160センチ近い彼女だが、こうして抱えてみるとビックリするほど軽い。
腕の中で何やら文句を言っているが、一言断りも入れたし緊急時なので大目に見て欲しいものだ。
「よいしょっと……すみません、他に方法も無かったので。屋根伝いに飛べますか? 無理なら俺が――」
「いい! 大丈夫! もう! 何か一言言いなさいよ!」
「いや、言ったじゃないですか……」
「足りないのよ! 言葉が! ったく、まぁいいわ……ねぇ、それはそうと気づいてるでしょ? さっきの警報」
「えぇ、勿論。『複数の魔力』、そう言ってましたね」
複数、龍が?
俺達がやっとの思いで倒した赤龍でさえ、まだ成体ではなかった。
仮に、今向かって来ている龍達が成体だとしたら?
考えたくも無い……が、最悪を想定して動かなければ不測の事態に対応出来ない。
だが、本当に複数の龍がいたとしていったいどうする?
「私は龍を知らないわ。勿論知識としては備えているけれど、実戦となれば話は別よ。
ライル、戦いになれば『龍殺し』としてアンタを頼りにさせてもらうわ」
「その名は飾りですよ……皆の力があったから勝てたんです。俺一人じゃ、きっと今だって――」
「ウダウダ言わない! するったらする! やるったらやるのよ! 分かった!?」
「は、はい!」
「分かれば良し!」
ニシシ、と軽く笑うリメリアについ釣られて頬が緩む。
気を遣わせてしまったな。
全く、精神的には俺が上とは言え、これではどちらが子供か分からない。
「それとアンタ、さっきのルコン達に接してるのが素でしょ? なら私に気は遣わずに普段通りに振る舞いなさい。
アンタが初対面の姉弟子に敬意を払える人間だって事はもう十分分かったから。
敬語も要らないわ、一歳しか変わらないんだし」
「わかりま……分かった。改めて宜しく、リメリア」
「えぇ、行くわよ!」
――――
王都アトランティア、上空200メートル地点。
そこには五体の龍が悠然と滞空している。
赤・茶・碧・黒の幼龍を従え、白き龍が下界を睥睨する。
白龍と他の龍達とでは決定的な違いがある。
その容姿は蛇のように細く伸び、しなやかかつ強靭。
全身を艷やかな白鱗で覆われた、神々しささえ放つ威容。
手足は一定間隔で三対、計六本の腕を備える。
日本神話の龍に近いだろう。
「虫共ガ……我ラガ祖ノ上デ……」
忌々しいと言わんばかりに、白龍は言葉を口にする。
後ろに控える龍達はただ黙るのみ。
否、言葉を理解しても話せない彼らは控えることしか出来ない。
「ドレ……試シテヤロウ……」
白龍の口に光が灯る。
徐々に光量を増して膨らむ火球は、ゆっくりと口を離れて地上へと落下する。
『試す』、龍はそう言ったが、それは間違いである。
何気なく零したその一光は、着弾と同時に街を火の海へと変える程の威力を備えていた。
つまり、この火球が放たれた時点で既にアトランティアの命運は尽きていたも同然なのであった。
しかし、現在アトランティアにはある人物がいた。
火球が零れるとほぼ同時に、赤いマントを靡かせて、軽鎧を纏った青年が地上から飛び上がる。
大陸五指、パルヴァス・ロデナス。
彼は白龍が零した光の危険度をいち早く察知し、迎撃に出たのだ。
「輝け――カムラン!」
腰に差した鞘から抜かれた刀身は、眩い光を放ちながら魔力を高める。
特級魔具『輝剣カムラン』。
刀身に当たる部分が全て魔石で創られた、いわば弩級の魔力増幅器。
その効果は至極単純な魔力増幅のみであるが、扱うには緻密な魔力操作と膨大な魔力量が求められる。
刀身の中で魔力が乱反射し、煌々と光を放つ。
パルヴァスはそれを軽く横に一閃、縦に一閃と振るい十字を描く。
「騎士聖十字ッ!」
かつての赤龍討伐の際に、イラルドとドノアが二人がかりで放った一撃を遥かに凌ぐ十字が、街を焼かんとする光球を捉える。
ぶつかり合う二つの光は、激しく燃え盛り宙で爆ぜる。
その輝きを見て、地上に残る者達により一層の緊張が走る。
それはまた、上空の龍も同様であった。
「何ダト……? 我ガ一撃ヲ掻キ消シタダト……? 面白イ! オ前達、散レ」
合図を受け、四体の龍が王都の四方へと降り立つ。
それぞれが、破壊の使命を帯びて――――
ブックマーク登録や☆評価での応援、よろしくお願い致します!
感想やレビュー等、皆様からの全てのリアクションが励みになります!
感想は一言からでもお気軽に♪
どうぞよろしくお願いします!




