第五十八話 「関係、新たに」
「――ん……んん」
起きたらそこは、知らない天井に知らない部屋。
何が起きたかよく分からなかったけど、隣に心配そうなお兄ちゃんが座っていることに気づくと、少しは落ち着けた。
「ルコン、どこか痛んだり気分は悪くないか?」
「ちょっとボーっとするけど、大丈夫です」
「ならよかった……魔力切れで倒れたんだぞ。
言っただろ、五本目は使うなって」
「でも……負けたくなくて。それに、お兄ちゃんは『なるべく』って言ってましたし……」
「こら、屁理屈言わない」
「ごめんなさい……」
あぁ、そうでした。
ルコンは決闘をしていて、その相手は――
「ライル・ガースレイ、姫は無事だろうか?」
突然扉をノックする音が聞こえたと思ったら、懐かしい声が聞こえてきた。
そうだ、決闘の相手は、イズリおにいちゃん。
なんで今まで忘れていたんだろう。
どうして思い出せなかったんだろう。
「ルコン」
「ぁ……」
お兄ちゃんがこっちを見てる。
言いたいことは、何となく分かります。
「入れて、あげて下さい……」
「……うん。イズリさん、入って下さい。ルコンももう起きてますから」
返事は……無いです。
どうしよう――
「失礼します、姫。ご無事でなによりです」
そう思っていたら、イズリおにいちゃんが入ってきました。
こうして改めて見ると、昔のおにいちゃんとあんまり変わってないような、でも凄く大人っぽくなってるような……
「姫?」
「へ? あ、いや! その……」
「なあルコン。思い出したんじゃないか?」
「えっ!?」
「…………」
凄い、何でお兄ちゃんはルコンの考えてる事が分かるんですか。
むうぅ、気まずいです。
イズリおにいちゃんの事は確かに思い出したけど、何を話せばいいのか……
そもそも、忘れてた上に決闘までして、ルコンのことを嫌いになったかもしれません。
もし、そうだとしたら。
ルコンは、謝ったら許してくれるんでしょうか?
「あの、イズ……リ、おにい――」
「姫」
「あぅ……はい……」
「決闘の結果は、私の負けです。これからは、姫がなさりたいように、思うようにお過ごし下さい。
族長達には私から伝えておきます故、どうかご安心を」
「えと、違うんです! イズリおにいちゃん! ルコンは、ルコンは思い出したんです!
昔のこと、里での事、皆のこと、イズリおにいちゃんのこと! だから……ごめんなさい! 本当に、本当に……」
「姫、お顔を上げて下さい」
そう言って、優しく手を取ってくれるイズリおにいちゃんの手は、昔と同じで温かくって。
今も昔も、変わらないって教えてくれているみたいで。
「私は、今までも、これからも、ずっと先も。
姫をお支えする従者でございます。
ですが、お互いに少し大きくなりましたからね。
昔の呼び方では、周囲に示しもつきません。
どうか、私のことはイズリと呼んで下さい」
「でも……でも、イズリおにいちゃんは」
「姫。今の貴方を真に支えている兄は、いったい誰ですか?」
「あっ――」
横を見ると、少し場違いな感じで縮こまっているお兄ちゃん。
いつも優しくて、心配性で、頼りになって、格好良くて、自慢のお兄ちゃん。
ルコンが奴隷商に捕まってる時に、先生と一緒に助けてくれた、ヒーローみたいなお兄ちゃん。
いつも一緒で、ずっと一緒にいたい、家族みたいなお兄ちゃん。
でも、イズリおにいちゃんだって、昔はおんなじだったはずなのに。
今はもう、違うんですか?
「人は変わります。変わらないものもあります。
人と人との関係も同様に。私と姫を繋ぐ想いは変わらなくとも、姫が結ぶ他者との関係は変わりゆくのです。
ですから、姫にとってかけがえのない家族が増えることもあります。兄と呼べる存在が新しく出来ることもあるでしょう。
それは何も、何もおかしいことでは無いのです。
それに、私は元よりお仕えする従者。兄として振る舞い接するなど、最初から不可能なのです。
ですが、先ほども申し上げた通り。姫をお支えする想いは変わりません。
私は、これから先も、姫の幸福を願っております」
ルコンは、まだ子供ですから。
難しいことは、よくわかりません。
でも、イズリおにいちゃんが言いたいことは……なんとなく、ホントに少しだけ、わかっちゃいました。
「これからも、ルコンとお話してくれますか?」
「勿論です」
「これからも、ルコンに色々教えてくれますか?」
「私で良ければ」
「これ、からも……ルコンと、仲良くして……ぐれまずか
?」
「末永く、お支えしますとも」
ダメ、泣いちゃダメです。
せっかくまた関係を結べたのに、仲直り出来たのに。
笑顔を……笑わないと……!
「それじゃあ……また明日から、よろしくお願いします! イズリさんっ!」
「えぇ、こちらこそ――――」
----
「あぁ、やっと見つけた」
「なんだ、ライル・ガースレイか」
「堅苦しいな……ライルでいいですよ」
「そうか。ふむ……姫は一緒ではないのか?」
「ルコンなら今は授業中です。俺も全部一緒に受けてる訳じゃないんですよ」
ルコンとイズリの決闘から二週間。
感動の再会、絆の修復と新たな関係の構築で万々歳! と思いきや、翌日からのルコンはイズリを見かけても気まずそうに隠れてしまい、それによりイズリもダメージを食らうという謎の現象が多発。
なんとか出来ないかと俺自身、気を遣ってみたものの、今のところ目立った成果は無く。
「それで、見つけたと言っていたが。何か用事か? まさか、姫に何か……!?」
「違う違う、これを渡しに来たんですよ。はい」
そんな折、ルコンからあるお願いをされたのだ。
それは、ルコンとイズリの現状を少しでも回復するための起死回生の一手。
その名も、『仲良しクッキー大作戦』(勝手に命名)。
ルコンは受講する科目の一つに、料理学を取っている。
その授業の一環で、先日クッキー作りに挑戦したルコンは、出来上がったクッキーを友達や顔見知りにプレゼントしようと考えたのだ。
ちなみに俺はもう貰っている。
なんならもう食べたしめちゃくちゃ美味しかったしハート型だったし(ちょっと形はアレだったけど……)でお兄ちゃんは大満足だ。
そして、問題のイズリあてのクッキーなのだが……
どうやら直接渡せる勇気は無いらしく、代わりに届けて欲しいと頼まれて今に至る。
「……これは?」
「クッキーですよ」
「くっ、キー? 貴様が……?」
「なわけないでしょう。ルコンからですよ」
「姫が!? 私に!?」
忙しいヤツだな。
ルコンの前ではあれだけカッコつけて大人ぶってたくせに、裏ではすぐこうだ。
「…………受け取れない」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか、ルコンがせっかく作ってくれたんですよ?」
「だが、しかし……」
「ハァ……それに、気づいてないんですか?」
「なに?」
目でこっそりと、イズリの背後へと視線を流す。
その先には、壁からこっそりと聞き耳を立てている大きなフワフワ耳が。
バレてないと思っているんだろうか。
イズリも察しが良いようで、俺の言いたいことは理解したようだ。
「――分かった。有り難く、頂戴しよう」
「なら、ほら。一枚だけでもここで食べてあげて下さいよ」
「む……そう、だな」
少し照れ臭そうにして、慎重に包を開けるイズリ。
ここで食べるという言葉を聞いてか、壁から飛び出る耳が忙しなく動き出している。
当然のマナーとして、俺はイズリ宛のクッキーの形は知らないし見てもない。
ルコンは俺にくれる際には、『お兄ちゃんのは特別にハート型ですっ!』と言っていたから、まさかハートではないと信じているが……
そうして出てきたのは、小さな丸から六本だったり七本だったりの歪な指が枝を伸ばす、不気味な形状。
なんだコレ……手? え、呪い? 俺もしかして、とんでもない呪物運ばされた……??
イズリはいったいどんな顔を――
「――――――――」
俺には何が何だかサッパリだが、どうやら何の心配も無さそうだ。
だってほら、こいつの顔。こんなにも――
「いただき、ます」
壊れないよう、崩れないよう慎重に口元へと運び、味わうイズリ。
ゆっくりと、じっくりと口の中で味わい、やがて喉を。
そして。
「おい、しい……」
一枚だけ、それだけで良かったのに。
イズリは包の中へと手を入れ、更に一枚を取り出す。
それは先ほど同様の、歪な形をした手のようなクッキー。
慎重に、また口へ。
「……あぁ、なんて……」
『おいしい』と、たったそれだけの言葉を。
何度も、何度も何度も。
聞き耳を立てる者へと、あるいは自分自身へと言い聞かせる様に。
涙を流しながら、イズリは呟くのだった。
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