第十六話 「道中稽古」
「二人共! 動きながらだろうと絶対に相手から目を離すな! まず先に顔から動かす癖をつけろ!」
「「はいッ!」」
イラルド達に同行してロディアスを目指すこと二日、馬車を止めている間の空き時間でイラルドに近接戦の稽古をつけてもらっている。
向き合って改めて、イラルドの強さを思い知った。
現在俺は、ルコンと二人がかりでイラルドに稽古をつけてもらっているのだが、全くと言っていいほど歯が立たない。
手加減してくれているであろうイラルドに対して、有効打足り得る一撃すらろくに入れられない。
ルコンは九尾励起二本状態、俺は黒角の杖を使ってもだ。
二人がかりの連撃に対して、イラルドは巧みに剣の腹と空いた手を使って攻撃を捌き続ける。
何をしても無駄なこの感覚は、幼い頃のグウェスとの組手によく似ている。
ちなみにだが、ルコンの九尾励起の段階は英語で命名することにした。
コレにはルコンも『二本じゃなくて、二本……かっこいい〜!!』と喜んでくれていた。
内心ではブラックドラゴンズロッドの二の舞いになるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、気に入ってもらえて何よりだ。
「よし、こんなところでいいだろう! 休憩にしよう」
「ハァッハァ……ありがとうございました!」
「いやしかし、ルコン君も大したもんだ。その歳で九尾励起を使えるとは……流石はゼール殿の教え子という訳か」
「えへへへ! 褒められちゃいました、おにいちゃん!」
おぉ、尻尾ブンブンによって風が送られて扇風機みたいだ! もっと褒めれば風量が増すのでは……
と、バカな事を考える前に聞くことがある。
ゼールは現在、俺とルコンの稽古の授業料として騎士団の魔術士達に稽古をつけている。
今がチャンスだろう。
「イラルドさん、ゼール先生のことについて聞きたい事があるんですけど」
「ん? 何を聞きたいんだ?」
「先生はよく『全一』って呼ばれてるみたいですけど、称号か何かですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「先生はあまりそのことについて触れたくないみたいなので……」
「あ〜……どうしたもんか、俺が話していいのか……」
「もちろん、無理にとは言いません。ただ、教えを受けている師の事を何も知らないのは歯痒いと言いますか……」
「ん~~」
数秒の唸りの後にイラルドは口を開く。
「分かった。教え子である君たちには知る権利がある。話してはやるが、ゼール殿には秘密にしておいてくれよ? それに、俺も全てを知っている訳じゃないんだ」
「はい、もちろんです! ルコンもわかったね?」
「はいッ!」
「よし。まず、一級魔術については知ってるか?」
火・水・風・土の四元素魔術は、それぞれに属する魔術を特・一・二・三・四・五級の六段階に区別される。
その中でも一級魔術とは上級と呼ばれ、扱えることによって初めてその元素をマスターしたとされる、いわば魔術士が目指すべき高みである。
俺がこれまでに見てきたものはギアサでのミルゲンが使った水龍咆哮と、ゼールが使った罪業の炎だ。
「はい、知ってます」
「うん、それなら話を続けようか。魔術士の中でも己が得意とする元素属性がある。ライル君もあるんじゃないのか?」
「俺の場合は風です。ルコンは火だよ、この前先生と一緒に確認しただろ?」
「そうです! ルコンは火です!」
「よし、己の得意属性を把握しているのは重要だぞ。そんな得意属性の魔術であろうと、一級の魔術を使えるようになる術士ってのは、才能があり研鑽を怠らない一部の者のみだけだ。多くの術士が一級に到達することなくその生涯を終えていく」
じゃあミルゲンってのは実はかなりのエリートだったってことか?
あの優メガネがねぇ……てっきり俺は噛ませ犬ポジだと思ってたんだが。
って、いきなり俺に対して魔術を撃ってきたんだから『優』では無ぇわ! 今度会ったら絶対に文句言ってやる。
「つまり、多くの術士の目標は一級魔術の習得なんだが……ゼール殿は四元素全ての一級魔術を扱える。いわば魔術士界での生ける伝説って訳だ」
「四元素、全て……!?」
「先生すごいです!」
全てを一まで高めた者、故に『全一』。
そこに至るまでに、いったいどれ程の研鑽と時間があったのかは想像もつかない。
先生って、本当に凄い人なんだな。
「その高名さ故に、昔から他の魔術士連中に絡まれる機会は多かったらしくてな。弟子入りの押しかけや果たし合いの申し出なんかしょっちゅうって聞いたぞ」
あ~なるほど、だからギアサでミルゲンは執拗に迫ったのか。
生ける伝説に会ったなら、その道を極めんとする者として自分の実力を確かめたい、ってとこか。
「本来であれば、Aランク冒険者なんて肩書に収まるような方じゃないんだが……これは俺が言うべき事ではないな。機会があれば君達もいずれ知る日が来るだろうさ」
「?」
イラルドは勿体ぶって話さない、というよりかは話せないといった様子だ。
沈痛な面持ちで、唇をキュッと噛み締めている。
これ以上は聞けそうにないな……
「わかりました、ありがとうございます。先生の事について知れて嬉しいです」
「ルコンもです! ありがとうございます!」
「くれぐれも俺から聞いたなんて言わないでくれよ?ゼール殿を怒らせたくないからな」
イラルドはそう言いつつ、立ち上がって馬車へと向かって行く。
ゼールが凄い人物だということは周りの反応を見ても明らかだった。
なので今回の話を聞いても、驚きこそしたもののそこまでの衝撃は覚えていない。
むしろ、ゼールの過去についてますます疑問が深まるばかりであった。
あと三日でロディアスに着くという頃、その日の対人稽古はゼールがつけてくれた。
「今日は対魔術士を想定しての訓練にしましょう。魔術士や魔術を扱う者を相手取る際に、必須とも言うべき技術を教えるわ」
言われてみれば確かに、これまでに対魔術士を想定した訓練はしてこなかったな。
「今日教えるのは魔弾と『妨害』の二つよ」
「魔弾はともかく、『妨害』、ですか?」
「えぇ。まずは魔弾からおさらいしましょうか。二人共、目に魔力を通しておきなさい」
言われて俺とルコンは魔力を目に集中させる。
ゼールは少し離れた岩に向かって杖を構えて、魔力の塊を飛ばす。
詠唱を伴わない直径50センチ程の魔弾は真っ直ぐに岩へと直撃し、中央部に風穴を開けてみせる。
凄まじい威力だ、人体に当たったらと思うとゾッとする。
「魔弾の役割りは主に二つ。
一つは直接的な攻撃に用いること。魔術を唱えずに魔力だけを飛ばす魔弾は、魔術に比べて消費魔力が抑えられるメリットがあるわ。けれど、魔弾として破壊力を持たせるまでの使用魔力もバカには出来ないうえ、魔術の方が攻撃方法として優れているという事実は覆らない。つまるところ、牽制や既に動くことの出来ない相手にしか有効打足り得ないというのが実状ね。もちろん、何事にも例外はあるけれど」
なるほど、魔弾はあくまでも牽制か。
それなら二つ目は?
「そして二つ目。ブラフとしての魔弾よ」
ブラフ、ハッタリや虚勢といった意味だったか。
「例えば戦闘中、相手の足元を氷結で凍らせようと魔力を放つとする。当然相手は飛ばされた魔力を確認して回避行動に移るわ」
そうだろうとも、この世界の魔術は俺が見てきたファンタジーのように万能では無い。
術名を唱えた瞬間に魔術が発動して相手を焼き尽くす! なんてことは有り得ない世界なのだ。
魔術を行使するためには、空気中の魔素に己の魔力を通す必要がある。
そのため、遠距離での魔術行使には自身の魔力を飛ばさなければならない。
「こうして相手が回避するにも関わらず魔術を行使するのは魔力の無駄遣いよ。ならば最初から、当たる魔術だけを唱えればいい。足元に放った魔力には初めから詠唱は乗せず、相手の動きを見た後でその先に本命の魔術を放つ。そういった使い方がブラフね。魔弾の使用法はこちらのブラフの方が効果的よ」
つまりだ。
詠唱が乗る前の飛ばされた魔弾は、
①いずれ詠唱が乗り魔術となる
②そのまま魔弾として攻撃、又は牽制の役目を果たす
の二通りになるという訳か。
なるほど、魔弾の活用で魔術戦の幅はグッと広まるな。
状況に合わせての魔弾の使用には経験が物を言うだろう、練習あるのみだな。
ここまでの説明でルコンは混乱してるかな、と思い横目で確認してみるが、キラキラと目を輝かせながら楽しそうにゼールの話に聞き入っている。
ルコンは真面目で勤勉な子だ、新しい知識や技術を学ぶといった事には貪欲に食いつく。
負けてられないな。
「魔弾は練習あるのみよ。空いた時間にでもこまめに練習しておきなさいな。それじゃあ、妨害についてね」
待ってました、初めて聞く魔術だ。
元素魔術ではないな、防壁の様な無属性魔術だろうか?
「妨害とは名前の通り、相手の魔術を阻害する技術のことを指すわ。あくまでも技術であって、魔術ではないから勘違いしないように。試しにライル、あそこの魔素に向かって何でもいいから魔術を使ってちょうだい」
ゼールが指示したのは俺達の前方10メートル程にある魔素であった。
言われた通りに魔力を放って詠唱する。
「岩の」
詠唱を唱えきる前に、隣のゼールが勢いよく魔力を放つ。
放たれた魔力は俺と同程度の量であったが、その速度は恐ろしく速く、あっという間に俺が放った魔力に重なってしまう。
すると、岩の槍を形成するはずだった魔力はゼールの魔力によって掻き消され霧散してしまった。
「え!? 魔術が発動しない!?」
「相手が放った魔術に成り切る前の魔力に対して、こちらの魔力をぶつけて工程を阻害する。
これが妨害よ。実力差が開いた魔術士同士の戦闘では、よっぽどの工夫が無い限り、格下が格上に勝つことができない理由ね」
「それじゃあ、格上の術士と戦う時にはどうすればいいんですか?」
「一つ、近接戦に持ち込む。あなたやルコンの機動力であれば可能ね。最も現実的な案でもあるわ。
二つ、遠距離魔術の行使は諦めて、自身の周囲に魔術を形成して射出する。同格以下の相手ならともかく、格上相手に見え見えの魔術を飛ばしたところで撃ち落とされるのが関の山ね。あくまで牽制程度に考えておきなさい」
ん、待てよ?
こっちも妨害してやればいいのでは?
「先生、こちら側も妨害で邪魔すれば相手は何も出来ないのでは?」
「試してみる? 私が放った魔力に対してぶつけてみなさい」
ゼールはそう言って前方に杖を構え、先程と同様に凄まじい速度で魔力を放つ。
ゼールが放った、そう認識した時には既に詠唱を終え、岩の槍が形成されていた。
あぁ、そういうことか。
出来ないのだ。
「わかったかしら? 実力差がある、又は卓越した技術を持つ術士の魔力はあなたよりも速く、遠くの目標に届いてみせるわ。それこそ、邪魔する間もなくね」
「嫌ってほどわかりました……」
くっそぉ、こんなに遠いのか。
凄いなんてことは十分分かっていた。
だがこちらも知識と実力をつける度に、ゼールという存在を再認識させられる。
大きく、遠い。遥か高みだ。
「今はまだこういった技術がある、くらいの認識で構わないわ。実戦で積極的に狙う様なものでもなし、いざやられた時に混乱しないための予習と思ってちょうだい。今は先に魔弾の精度を磨きなさい」
「「はい!!」」
ルコンと重なって返事する。
まだまだこんなにも学ぶ事がある。
学ぶ事があるということは、強くなる余地があるということだ。
取りこぼせない、魔術も体術も。
今がチャンスなんだ、イラルドという新たな師から教われる今が。
全てを糧にしてみせる、でなければ……龍には――
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