第百十三話 「激動」
理由は恐ろしく単純だった。
――面白そうだから。
準備も整った。ここですべき事は終えた。
何よりも退屈していた。
だから、予定には無いことだが決行することにした。
ただ、それだけ。
それだけの為に、コルニクスはサントールを消し去る事を決めた。
勿論、動機として挙げられるだけの理由はあった。
リメリアの無礼、因縁のライル・ガースレイ、ゼールの勝手。
それらの要素はひたすらにコルニクスの神経を逆撫でた。
しかし、それらを差し置いてさえ、『興味』という好奇心が彼を動かした。
試したい兵器が、作戦が、魔術が有る。
そして目の前には絶好の遊び場が。
ならば、今やらずしていつやるのかと。
コルニクスの周囲にはカルヴィスにリメリア、ライルにルコン、メイドのマーサと束縛の効力によって膝をつくゼール。
言ってしまえば四面楚歌な状況に、彼はただ笑みを浮かべて不敵に立ち尽くしている。
「外道め、ここで消してやるわッ!!」
「ルコンも我慢できません! お兄ちゃんっ!!」
「あぁッ! ここで潰すぞッ!!」
「ま、待てリア! 皆も! 何か……何かの間違いだ!」
(あぁ、この男はなんて退屈なのだ。
高尚な願いを掲げる利用しやすい馬鹿ではあったが、ここまでくるともはや愚者以下……つまらんな)
「クククッ……ぬるい。ぬるすぎる。
カルヴィス殿、貴方は本当に良き同志でした。
えぇ――生ぬるい理想に興じる都合の良い、ね」
魔王は退屈を嫌った。
故にこそ、脈絡も無く。
築いた友好すら踏みにじり、己が欲望にひた走る。
――――
コルニクスの魔力が吹き荒れる。
魔王の臨戦態勢……!!
館の玄関口という小さな空間ということもあるが、すぐ間近でこれ程までの魔力に当てられると思わず足が竦んでしまう。
いや、怯むな! 後退は許されない。
何よりここなら逃げ場も無い。
むしろチャンスだ。ここで確実に仕留める!!
「おや? 遅いお帰りでしたなぁ?
ですが――丁度良い」
「! セシー! アデル! 来てはいかん!」
「「ッ!?」」
俺とルコン、リメリアが戦闘態勢に入り今にも飛びかからんとした時。
コルニクスは不敵に笑いながら俺達の後方、玄関を抜けた庭の方へと視線を送った。
同時に、焦燥に顔を歪ませて叫ぶカルヴィス。
呼び上げられた二人の名前。
安全なところに逃げろと言ったはずだった。
しかし、二人は帰ってきてしまった。
振り返った時には二人は既に玄関口に立っており、セシリアは困惑した表情を浮かべ、アデルは怯える様にセシリアの陰に隠れていた。
そのアデルの首には、先程ルコンが買い与えた魔石が輝きを放ってぶら下がっていた。
「ほう? ほうほう……いやはや、まさか……クク、ククククッ! 実に都合が良い!
お坊ちゃん、お目が高いですなぁ! それは正しく、我輩の手配した魔石になりますぞ!
ではでは! ここで一つ、直接その威力をお披露目と致しましょうぞッ!!」
「待っ――」 「やめろおぉぉぉッッ!!」
リメリアとルコンの制止、俺の叫び。
その全てが無駄だった。
後方のアデルまでは二メートル。だがその距離はコルニクスの術式起動までの時間の前には余りにも遠かった。
誰も間に合わない。
アデルの首にさがった魔石は眩く発光し熱を上げ、輝きのもとに爆散して肉片をばら撒く。
――――筈だった。
「ぬうぅぅぅあぁぁァァッ!!」
雄叫びと共にアデルの首元から魔石が引きちぎられる。
声の主はカルヴィス。
場の誰もが出遅れた中、ただ一人。
彼だけが。父親であるカルヴィスだけが、いち早くアデルの元へと駆け寄っていた。
カルヴィスの手に収められた魔石が輝きを放つ。
空いている手でセシリアごと突き飛ばし、自身は身を投げるようにして庭へと躍り出る。
その瞬間、爆ぜた。
ありきたりな爆発音と共に魔石が爆ぜ、びしゃりと水が滴る音がする。
血煙が立ち昇り、爆発点はハッキリと視認出来ない。
「パパッ!」 「お父様〜〜ッ!!」
リメリアとセシリアの悲鳴が響き、アデルは訳も分からないまま崩れ落ちて涙を浮かべている。
俺が反応するべきだった……!
この中でなら俺かルコンがスピードに抜けるが、今の場面は俺であるべきだった。
アデルの姿が見えた時点で分かっていたはずだ。
全てのピースは繋がり、次に起こることは明白だった。
なのに、カルヴィスの方が早かった。
彼はどうしようもなく歪な家族愛を持ちながら、事実誰よりも家族を愛している。
その結果がこれだ。
防げたはずの犠牲だった。
俺なら、魔石を遠くに投げるまで出来たかもしれないのに……!
「…………ふむ? んん……? おぉ、何ということだ……腐っても齧っていただけの事はありますな」
一人、コルニクスだけは怪訝な表情で煙を見つめ、そして事態を把握すると納得がいったように呟いた。
煙が晴れる。
出てきたのはグチャグチャになった肉塊。ではなく、右腕の肘から先を無くし、纏う貴族衣装を血と爆発でボロボロにした息も絶え絶えのカルヴィスであった。
「ハァッ……ハァッ……ッ、グゥぅぅぁぁ……!」
「パパ!」 「お父様……! マーサ! 早く手当てを!!」
生きていた! どういう訳か、あの爆発を至近で受けて生きている。
いや、コルニクスのあの口ぶり……聞いていた話ではカルヴィスは昔、魔術を磨いた時期もあったという。
恐らくはその名残りだろうか、とっさの魔力操作で重点的に魔石を覆ったのだろう。
その結果、爆発の威力を抑えて死を回避することが出来たのだ。
「カルヴィスさん……よかった!」
「お兄ちゃん! コルニクスが!」
カルヴィスの安否に気を取られる間も無く、ルコンの呼びかけに応えてコルニクスへ振り返る。
コルニクスは翼を広げて飛翔の準備を始めており、側には立ち上がったゼールもピタリとくっついている。
飛んで逃げる気か!? だがここは室内……いったい――
疑問はすぐに取り払われた。
コルニクスは魔石を数個落として踏み砕くと魔素を発生させる。
「竜巻」
コルニクスを中心に竜巻が発生し、周囲の家具を巻き込みながらうねりを挙げる。
近づけない……!! いや、それよりも周囲のメイドや
セシリア達を抑えておかなくては!
竜巻は天井を突き破り、中心のコルニクスとゼールを乗せてそのまま空高くへと昇っていく。
「良いものを見せてもらいましたぞ!
愚者なりの最後の意地……実に良い!
せめてもの礼として、この街ごと消し飛ばして差し上げますぞッ!!」
捨て台詞を残してコルニクスは竜巻の方向を街の外へと向ける。
不自然な形でネジ曲がった竜巻は二人を乗せて遠方の、街の外にある丘へと向かって。
発生源であった根元は既に消え去り、同様の手段で追うことは叶わない。
「ッ、追うぞ! ルコン!」
「はいですっ!」
「私も行くわよッ!」
俺の呼びかけにルコンが、そしてリメリアも、立ち上がって追従してくる。
父親についていた方が良いのでは、一瞬の迷いから立ち止まり、カルヴィスへと目を向ける。
カルヴィスは仰向けでセシリアの膝へ頭を預けながら、数人のメイドから治癒魔術を受けている最中であった。
傍らでは自分のせいでとアデルが泣き喚いているのを、他のメイドが慰めている。
「ゴホッ……構わん……ライル、君……街を……リアを、頼む……!!」
「……はい。任せて下さい」
「お姉様……どうか、お気をつけて」
「えぇ、行ってくるわ。――パパ、死なないでよ。帰ったら一発その顔を引っ叩くんだから」
「ふ、ふふっ……ゴホッガホッ! たの、しみだ……」
今度こそ――そう足を踏み出すのを阻止するかのように、行く手の庭先には数人の魔族が立ちふさがる。
コルニクスと同じ黒い翼、鴉と人間を足して割ったかの様な顔に、スラリと細い身体。
コルニクスと違うのは全身が黒毛であることと、全員が似たような革製の装備を纏っていることだろう。
恐らくはコルニクスの配下である鴉族。
主の元へ向かう敵を阻むため、こうして立ちはだかったのだろう。
「クソッ、速攻で抜けるぞッ!!」
「行かせると思ったか? 我等鴉族、既にこの街中にその羽根を伸ばしている。
貴様らも、この街も終わ――」
ヒュッ、と短い風切り音が顔の横を抜けていく。
そう気づいた時には前方の男の額に投げナイフが突き立っており、男の体はゆっくりと、魂が抜け落ちた様に倒れる。
「ライル様、ルコン様、お嬢様。どうぞ、行ってくださいまし。先程までは呆気に取られておりましたが、ここからは私共の仕事でございます。
テオール家の従者たる者、おもてなしはお手の物でございますれば」
マーサが仰々しくお辞儀をしてスカートの裾を持ち上げる。
その裏には小ぶりのナイフがズラリと備えられており、それはマーサの後ろに控える他のメイド達も同様であった。
「ドガーーーードッ!! 館は結構!
衛兵は街を守りなさい! お嬢様達の道を開けるのですッ!!」
五十代の女性とは思えない程の大声を挙げ、門を守るドガードへとマーサが指示を飛ばす。
臨時の指揮権は彼女にあるのか、ドガードは指示を聞くとすぐさま周囲の守衛を連れて街へと向かう。
「さぁ、お早く。ここはご心配無く」
「えぇ、行くわよ二人とも。こうなったマーサは怖いんだから!」
「はは! 頼もしいな!」
「行ってきます! 皆さんもご無事で!」
マーサ達が残った鴉族を抑えてくれている間に庭を抜け、門を抜ける。
目標は街を越えた先の丘。
コルニクスがそんな遠方で何を狙っているのかは分からないが、一刻も早く向かわなければ!
こんにちは、こんばんは。
狐山犬太です。
いよいよ第七章も佳境となりますが、私事を。
昨日24日で本作、「半魔転生―異世界は思いの外厳しく」が連載開始から一年となりました。
あっという間の一年でした。
まさかここまで書けるとは思ってもいませんでした。
これもひとえに、日頃から本作を読んで応援して下さる皆様のお陰です。
皆様からの感想が、いいねが、評価が、全てのリアクションが励みとなってここまで支えてくれました。
どうかこれからも本作を応援して頂けますと幸いです。
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