第百十二話 「悪辣の発露」
豪奢な内装で飾られた一室。
さながらホテルのスイートルームの様な一室で、カルヴィスは物思いに耽っていた。
理由は明白、邪智魔王コルニクスとのこれからについてである。
(娘の度重なる非礼は重々理解している……だが、それでも――)
愛する娘があわやというところまで追い詰められたこと。
コルニクスには明確な殺意が有った。
カルヴィスもそれは理解していたし、互いに憤る道理も理解出来た。
しかし、崇高な目的の為に手を結んだ同志を疑ってかかれる程には、カルヴィスにとって娘という存在は大きなものであった。
カルヴィス・テオールという男は真面目であり頑固な男である。
一度決めた事は崩さず、確かに培ってきた人生経験と知識により領地であるサントールを治めている。
民達からは良き領主として認知されており、従者達からも畏敬の念を持たれている。
そんな彼が何故、コルニクスと手を結ぶに至ったか。
それは世界の為、民の為、ひいては自身の子供達の為。
もちろん、コルニクスとの思想に合致する部分が無かった訳では無い。
より良い世界の為には間引きが必要である、そう考える程度にはカルヴィスもまた狂った思想を持っていると言える。
しかし、それでも全ては子供の為と帰結するのだった。
カルヴィスが愛した女性、今は亡き妻であるエリゼ。
美しい栗色の髪を靡かせる笑顔の似合う女性だった。
元々体の弱いエリゼだが、テオール家を継ぐための男児を産むと無理を押してカルヴィスに尽くしてくれた。
カルヴィスにとっては長女であるリメリアという存在だけで十分であったが、それでもと体を張る妻を無下には出来なかった。
第二子であるセシリアが生まれ、念願の男児であるアデルが生まれた。
しかし、代償は最愛の妻の命と引き換えに。
それ故か、それ以降カルヴィスはアデルに対してより一層の愛情と時間を注ぎ育て、リメリアやセシリアを蔑ろにした時期があった。
そうしてアデルが生まれて一年が過ぎた頃に、リメリアが家を出た。
子供全員を愛していた。
優劣無しに、皆を大事な家族として。
そう、認識していた。筈だった。
リメリアが家を出た後、何が間違っていたのかと自問自答を繰り返し、しかし答えは出なかった。
だからこそカルヴィスは、間違っているのは周りだと決めつけた。
自身は正しいと、何も間違ってなどいないと。
彼はなまじ優秀なばかりに無理を通す力を持っていた。
富も、権力も、知識も。
優秀なエゴイストは周囲を惹き、やがてサントールの街を染める。
そうして月日は流れ、ある人物が接触を図ってきた。
その人物こそが、邪智魔王コルニクスである。
当初は当然疑ってかかった。
大戦時の悪行、非道の数々を聞いているからこそ、この和平の世に接触を図ってきた意図を探ろうとした。
腹の底が見えないという印象が第一。
第二に、噂が嘘に思えるほど紳士的で清廉潔白な人柄。
コルニクスは出会った当初から、過激な思想を隠そうとはせず素直に計画の全容をカルヴィスへ打ち明けた。
実はカルヴィスとコルニクスが出会ったのはリメリアが出奔して一年後の事であり、今日に至るまで何度もの交流が交わされていた。
回を重ねる事にコルニクスへの信用は確かなものとなり、崇高な思想を掲げる同志へとなったのである。
そんな同志への疑念。
かつては娘への家庭教師として雇い入れて面識のあったゼールとの確執、娘への必要以上の報復、街へ流れる大量の魔石等など、カルヴィスの中ではコルニクスへの疑念が尽きなかった。
そして、今――
「旦那様、コルニクス様がお呼びでございます。
現在は客間でお待ちになっておられますので、どうぞお見えになって下さいまし」
「……分かった。すぐ行こう」
今一度、真偽を確かめるために。
――――
人混みをかき分けてテオール家へと走る。
後ろからはルコンが、少し遅れてリメリアが追従している。
あの魔石は武器、いや、兵器だ。
爆破の魔術式が刻まれた魔石。それはもはや爆弾となんの変わりもない。
そんなものが大量に製造され、コルニクスの手中にある今の状況は不穏の一言に尽きる。
なんとしても問いたださなくてはならないと、直感が告げている。
屋敷の正門前まで戻ってくると驚いた様子でドガードが声をかけてきた。
「どうなさったんですか? 三人だけで……セシリア様や坊っちゃんはどちらへ?」
「ドガード、今は黙って通しなさい! これは命令よッ!」
「は、はいッ!」
リメリアの容赦の無い一喝により無駄な時間を掛けずに門を抜ける。
庭を走り抜け、扉を乱暴に開け放つ。
こちらでも同様に、驚いた様子でメイドや執事が目を見合わせていた。
近くにいたマーサがすぐさま駆け寄ってくる。
「どうされたのですかお嬢様方?」
「マーサ、コルニクスはどこ? 急いでるの」
「いけません。今は旦那様と大事なお話の最中で――」
「構いませんぞ」
「「!?」」
マーサを制したのはコルニクス本人であった。
横にはカルヴィスとゼールを連れ、奥の部屋から出てきたところの様だ。
「ちょうどこれより、ある実験をしようと思っていたところでしてな。
是非とも――貴殿らにも見てもらおうと思っていたところだ」
そう言ってコルニクスは外套の内ポケットからあるモノを取り出す。
それは正に先程目にした、魔術式の刻まれた魔石であった。
横にいるリメリアの目が丸くなる。
「それは――!」
「おや? 既に知っていたかな? これは術式を刻んだ魔石である。
術式を刻むこと自体は特別珍しくも無いが、これは違う。
我輩の魔力を練り込み束縛の術式を重複付与したものである」
「束縛を……?」
「こ、コルニクス殿、いったい何を……?」
カルヴィスも困惑の表情で問いかける。
どうやらカルヴィスも事の詳細を聞いている訳ではないようだ。
それはどうやらゼールも同じ様で、訝しげな顔でコルニクスを見つめている。
「束縛の術式が刻まれているということはすなわち、遠隔による制御を意味する。
無論、遠隔操作による制御難度と数に限りもある。
それ故、未だにおいそれとは使えるものでは無いが……」
パチンッ! とコルニクスが指を鳴らす。
すると、館の外、遠方からいくつもの爆発音が轟く。
三……いや、五は炸裂したか? いや、それよりもいったいどこを!?
「コルニクス殿!? なにを!」
「火薬、爆弾は優れた兵器となる。
しかし反面、その破壊力を精確に発揮するには適した場所、最も有効な場所で使わなければならない。
つまりは配置法、運用法が重要なのだ」
「アンタ、なんの話をッ!!」
「少し黙れ、小娘。
――さて、ではどうやってこの魔石を運ぶか?
決まっている。適した者に運ばせれば良いのだ。
最も警戒されぬ者、町中や市井に溶け込み、体の小ささを使って細かな部分にも仕掛けを施せる者どもに」
何を言って……いや――待て。
町中に溶け込み、体が小さく、警戒されない……まさか……!?
俺が結論に至ると同時に、ゼールも同じ答えにたどり着いた様だ。
「貴様ッ!」
「無駄だ」
ゼールが杖を構えるよりも早く、束縛の効力が身体を蝕む。
苦悶の声を漏らしながら片膝をつくゼールを見下ろしながら、コルニクスは言葉を紡ぎ続ける。
「何故我輩があのような子供達を連れているのか。
疑問には思わなかったか?」
「コルニクス殿……まさか子供達を使ったのか……!」
「ククククッ……子供とは便利なものでしてな。
躾ければ言う事を聞き、力はまだ幼く抵抗力も無い。生命力に溢れて実験にはうってつけだ」
「テメェ……!!」
コルニクス、いや、この外道は連れてきていた子供達を魔石爆弾の運搬に用いたのだ。
挙句の果てに『実験』だと?
まだ何か隠している事があるというのか?
「外道め、ここで消してやるわッ!!」
「ルコンも我慢できません! お兄ちゃんっ!!」
「あぁッ! ここで潰すぞッ!!」
「ま、待てリア! 皆も! 何か……何かの間違いだ!」
よほど信を置いていたのか、カルヴィスは未だにコルニクスを信じようとしている。
だが、既にコルニクスは本性を現した。
何故今になって、どうして?
疑問は尽きないがもはや猶予は無い。
チカラづくにでも取り押さえる。否、殺してでもコイツを止める。
「クククッ……ぬるい。ぬるすぎる。
カルヴィス殿、貴方は本当に良き同志でした。
えぇ――生ぬるい理想に興じる都合の良い、ね」
下卑た笑みと共に、魔王の魔力が吹き荒れる。
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