第百十一話 「魔石加工の裏で」
館を出る直前、リメリアの妹であるセシリアと弟のアデルが揃って声をかけてきた。
美しい茶色の長髪を靡かせるセシリアの後ろに隠れるようにして、同じく茶髪を流して整えたアデルが顔を覗かせている。
「こんにちは。お姉様達はこれからお出かけですか?」
「えぇ、久しぶりの街でも観ようとしてたとこよ」
「そうでしたか。その、よければ私とアデルもご一緒してもよろしいですか……?」
「俺は構わないよ。ルコンも良いだろ?」
「もちろんです! 一緒に行きましょう!」
「……えぇ、構わないわよ」
「良かったぁ! ほら、アデル。ちゃんとご挨拶して」
促されてセシリアの陰からアデルがゆっくりと出てくる。
まだ五歳程の幼い少年は照れくさそうに、そっぽを向きながら小さく「よろしくお願いします……」と呟いた。
五人で館を出て門を抜け、街へと歩く。
門を抜ける途中で門衛のドガードが陽気に挨拶してきたのでそれに応える。
「おや? 今日は皆でお出かけですかな?」
「そうよ。アンタはちゃんと門を守ってなさいよね」
「だっはっはっ! リアお嬢様は相変わらず手厳しい! このドガード! テオール家を守って二十年! 一度も侵入者を許したことは有りませぬッ!!
――なんて、言ってみたかっただけです。では、お気をつけて!」
「面白い人じゃないか。愉快な門衛だな」
「ふふっ、テオール家自慢の門衛ですよ。
先程はあぁ言ってましたが、ドガードが門衛に就いての二十年間は実際に賊の侵入を許していません」
セシリアが嬉しそうに使用人であるドガードについて口にする。
あぁ、分かるさ。彼が一流の門衛だろうことは。
と言うより、テオール家の使用人は総じて能力が高い。
守衛であれば賊を追い払うための最低限の戦闘力、メイドであれば家事全般等、使用人に求められるスキルが高水準に備えられている。
それはテオール家の位の高さ、ひいてはそのテオール家に仕えるだけの雇い主の人望もあるのだろう。
事実として、ここまで様々な使用人と話をしてきて誰一人としてカルヴィスの陰口を言う者はいない。
カルヴィスが子供に捧ぐ愛情は歪であるものの、愛という想いの真摯さだけは紛れも無い真実であった。
「なぁリメリア。改めて、良い家だな」
「なによ急に。――でも、そうね……」
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街に着くとルコンとアデルはあっちにいったりこっちにいったりの大はしゃぎであった。
二人は道中ですっかり打ち解けていた。
アデルは元々ルコンのモフモフとした尻尾に興味を示していた様で、ルコンも気軽に触らせてあげていた。
初めて会った初日の晩飯時からルコンはアデルの幼さにメロっていたようだったし、初めてのお姉ちゃんムーブに心躍っているのだろう。
問題は……
「アデルとは話さないのか?」
「何話したら良いのか分かんないのよ……分かるでしょ」
「お姉様が家を出た時にはアデルはまだ一歳でしたからね……アデル自身もお姉様のことを『姉』として正しく認識しているかは微妙なところですね……」
複雑な家庭環境からくる問題ってやつか。
あんまりこの手の話に他人が口を挟むべきでは無いだろうし、実際に何をするのが正解かも分からない。
けど、なんとかしてやりたい……そう願ってしまうのはエゴだろうか。
「そうですわ! お姉様、魔術をアデルに教えてあげてはいかがでしょう?
アデルは魔術に憧れているみたいですし、話をするきっかけにもぴったりです!」
「あっ、セシリアさん! 今は――」
しまった、セシリア達は昨日の決闘を知らないんだ。
今のリメリアに魔術の話は――
「ごめん、今はそんな気分じゃ無いの。……ごめん」
そう言ってリメリアは一人離れていってしまう。
「あ、お姉様……」
「セシリアさん、実は――――」
昨日の出来事を話す。
セシリアは驚いた顔をした後に自身の行いを悔いるように俯いてしまう。
「セシリアさんは悪くありませんよ。ただ、ほんの少し間が悪かっただけです」
「ありがとうございます……昔から、お姉様が羨ましかったんです」
「えっ?」
羨ましい。そう零したセシリアの本音に引っ張られる様に、次の言葉を待つ。
「テオールの血筋、お父様の血は元々高い魔術適性が有りました。お姉様はその血を濃く継いでいて、歴代でも最優と言われていたんです。
でも、私やアデルにその血は継がれなかった。私達は母似だったんです。
ですから、ほら。髪の色がお姉様と違うでしょう?
お姉様はお父様と同じ赤髪。私達はお母様と同じ栗色」
確かに、姉妹にしては髪色が違うと思っていた。
父親譲りの魔術適性を持つリメリアは父と同じ赤髪、そうでない下の二人は母と同じ茶髪ということか。
「魔術に没頭出来る姉様が羨ましかった。
自分の意志を貫いて真っ直ぐに生きている姉様が羨ましかった。
私達は、気づけばテオール家の為、未来の繁栄の為に尽くす人生を歩いていた。
だから……姉様が羨ましかったんです」
「…………」
「あ、でも勘違いしないで頂きたいのですけど、だからと言って姉様の事は大好きでお慕いしてますし、今の生き方に後悔も有りません」
その言葉に偽りは無いのだろう。
そう語るセシリアは真っ直ぐに、離れたリメリアを見つめたまま穏やかに微笑んでいた。
「ですけど……まさか、コルニクス様が……すみません、未だに信じられ無い自分がいます……」
「いえ、無理も無いです。ですが、事実です。
セシリアさんからカルヴィスさんを説得出来ませんか?」
「……難しいでしょうね。お父様は昔から意志の固い人ですから……ましてや、子供である私達の言うことなんて……」
セシリアの言う通りだろう。
カルヴィスの頑固さは少し話しただけでも容易に想像がつく。
元々期待はしていなかったが、改めて言葉にされると手詰まりな気もしてきた。
――いや、待てよ。
「今回の決闘でコルニクスが容赦無くリメリアの命を狙ったことは明白だった。カルヴィスさんがそれをきっかけにコルニクスに対して不信感を抱いているなら……もしかしたら……」
「! 確かに……可能性は有りますね。
どちらにせよ、一度直接話してみるしか無さそうです」
単純な話だ。娘を愛している父親だからこそ、大事な取引相手に事情があったからとは言え娘の命が脅かされては気が気で無いだろう。
そこを突いてなんとか出来ないだろうか……?
「お兄ちゃん達〜! 何してるんですか?」
「みてみて姉様! これ買ってもらっちゃった!」
そう言ってアデルが嬉しそうに、首からさがった魔石を見せてくる。
半透明の赤色に輝く魔石をペンダントの様に加工した装飾品。
サントールは魔石加工が盛んな街と聞いている通り、多くの露店で魔石を用いた品が売られている。
加工場、いわゆる工房等も数多く存在しており、それらは先日街を歩いた際にも確認出来た。
そんな装飾品の一つを、どうやらルコンが買ってあげたらしい。
「まぁ! アデル、ちゃんとお礼は言ったの?
ルコンさん、弟のわがままを聞いてくださりありがとうございます」
「ありがとう! ルコンお姉ちゃん!」
「フフンっ! ルコンはお姉さんですからっ!」
「こーら、調子に乗るなよ。それにしても、綺麗な魔石だな。形も整ってるし、サントールの加工技術は凄いな……」
「ふふっ、サントール自慢の技術の粋です。
ただ形を整えるだけではなくて、魔石に魔術式を刻むことも出来るんですよ。
――そういえば……」
魔石に魔術式まで刻めるのか……ということは、魔石が簡易的な魔術の発生装置にもなり得る……ということか?
そんな疑問を抱くと同時に、セシリアも何かに思い至るように考え事を始めてしまう。
そして、そんな俺達の元へリメリアが血相を変えて戻って来た。
「ライルッ! これを見て!」
「どうしたんだよ、いったい――」
「いいから! この魔石! 刻まれている魔術式が分かる!?」
「んん……?」
刻まれているのは火性……発火式か?
ハッキリ言って門外漢だから詳細までは分からないのだが、リメリアはこれの何に慌てているのだろうか?
「これに刻まれているのは『爆破式』よ! それも、これと同じものが大量にあったの!」
「『爆破式』……? それって、珍しいことなのか?」
「お、お姉様! 一旦落ち着いて、ゆっくりとお話下さい!」
セシリアに促されてリメリアは深呼吸し、落ち着きを取り戻して話し始めた。
「これを見つけたのは向こうの魔石加工場よ。
一見するとそこまで珍しくない式だけど、問題はその量と出処。
まず、数が異常よ。普通こんなもの大量に作る必要が無いの。けど、あそこには戦争でも始めるんじゃないかって量が有ったわ」
「戦争って……」
「そして、その大量の魔石を持ち込んだのは誰か……工房に尋ねたらすぐ分かったわ。
『邪智魔王』コルニクス。これはあの魔石鉱山からアイツがせしめた魔石よ」
「なっ!?」
リメリアが持ち帰ってきた情報は驚くべきものだった。
横ではルコンとセシリアも驚きを隠しきれずに目を丸くしている。
どうして魔石に魔術式なんかを?
本当に戦争を起こすつもりで?
――まさか、最初からサントールの加工技術を狙ってカルヴィスに接近していた……?
「リメリアッ! ルコンッ!」
「えぇッ!」 「は、はいっ!」
「あっ、皆様!?」
「セシリアさんとアデルくんは安全なとこに!
俺達はコルニクスに会いに行きます!」
こうしてはいられない。
コルニクスは俺達よりも一週間近く早くサントールに来ている。
準備は整い切っているかもしれない。
ゼールはこれ以上揉めるなと言っていたが、事態は既に取り返しがつかないかもしれない……!
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