第百八話 「激昂」
ゼールが語った経緯。
それは、仇討ちに赴いた先で宿敵コルニクスに子供達を人質に取られた上での降伏であった。
人生の大半を燃やし続けた復讐の結末が、最も憎き仇への服従。
許せるはずが、受け入れられるはずが無い。
だがゼールは表情を全く変えずにいつも通りのポーカーフェイスを保っているまま。
俺達へ心配をかけさせないためだろうことは分かる。
それでも――
ズダンッ!! とテーブルが揺れる。
音源の主は俺の横に座っていたリメリアからだ。
テーブルに落とされた拳は小刻みに震えながら怒りを露わにしている。
「許せない――コルニクス……!!」
「…………」
怒りに燃えるリメリアを見てさえ、ゼールは変わらない。
「落ち着けリメリア」
「落ち着けですって!? アンタは何も感じないの!?」
「そりゃ俺だって許せないさ。だけど俺達が今出来ることは何も分からないだろ。
先生にだって何か考えがあるはずだ」
「そ、そうですよ! リメリアさん、落ち着いてお茶でも飲みましょう!」
ルコンと共にリメリアを落ち着かせようと試みるものの、尊敬する師を弄ばれた事から激昂する彼女を抑えられない。
むしろなんでゼールは止めてくれないんだよ!
「――もういい。アンタ達はそこで待ってなさい」
「は? ちょ、おいっ! どこに行く気だよ!」
「コルニクスのとこよ。先生の束縛を解かせるの」
「なっ――」
無理だ。そんな事が叶うはずも無い。
いや、リメリアだって分かっているはずだ。
ならばどうするというのか? 決まっている。
力ずくでも解かせる気だ。
リメリアは物事を最短ルートで進めたがるきらいがある。
それは良くも悪くも師であるゼールを真似ての事だろう。
だが今の状況では間違い無く悪手だ。
正面から魔王に勝負してどれだけの勝算がある?
それに、解呪を迫ることはゼールと俺達の密会が行われたことをむざむざ報せる様なものだ。
怒りにより冷静さを完全に失っている。
ここは……
「先生! 先生も止めて下さい!」
「そうです! 先生の言う事ならリメリアさんだって……!」
「……リメリア」
「ッ、止まりませんよ! いくら先生の言うことだって――」
「好きになさい。勝つ気なのでしょう?」
「「なっ!?」」
『好きになさい』だって!? 何をバカな!?
そんなことを言ってしまえばリメリアは――
「えぇ――必ず勝ちます」
----
リメリアは勢いそのままに応接室の扉を開ける。
会談中にまたも乱入されたカルヴィスとコルニクスは不服そうにこちらを見ている。
「なんの真似だリア。コルニクス殿に対して二度の無礼……私も穏やかでは済まんぞ」
「パパは黙ってて。――コルニクスッ!!
私と勝負しなさい!」
「……はて、何故その様なことになるのか皆目見当も付きませぬが……理由を伺っても?」
「先生に刻んだ束縛を解呪してもらうためよ! 話は全部聞いてるわ!
この卑怯者ッ! お前は子供を盾にして、また先生を踏みにじるのか!?」
「リアッ! 私の大事な客人に対してなんて口をッ!」
激昂するリメリアを誰も止めることが出来ない中、コルニクスは密かにゼールへと視線を投げた。
その眼は『余計な事を話してくれたな』とでも言いたげに冷たく鋭いものであった。
しかし、コルニクスはすぐさまリメリアへと視線を戻し冷静に口を開いた。
「カルヴィス殿、良いのです。
現に我輩がゼール殿に対して束縛の魔術式を施してあるのは紛れも無い事実。
しかしながら子供達を盾にした、というのは些か語弊がありますな。
ですがそれも仕方なきこと。結果を見れば我輩の行った過程は悪とも映りましょう」
「よくもぬけぬけと……!」
コルニクスはゼールへの仕打ちを認めつつも、自身の非になる事実だけは頑として認めないつもりだ。
言葉巧みに躱してこの場をやり過ごそうとしているに違いない。
「ですが――受けましょう。その勝負」
「「!?」」
俺とルコンにカルヴィス、提案したはずのリメリアまでもがその返答に驚きを隠せなかった。
そもそもこの勝負はコルニクスにとってなんのメリットも無い。
それを受けると言う以上、きっとなんらかの条件を提示してくるはずだ。
「しかし条件があります。我輩が勝てば、今後は我輩とゼール殿の関係に口出しをしないこと。
これが条件です。そもそも我輩とゼール殿の主従関係は互いの命を賭した死闘の末に行き着いた結果です。
それは例え教え子だろうと肉親だろうと覆せぬもの。
――よろしいか?」
背筋が粟立つ。
最後の一言に込められていたプレッシャー。
怒り、敵意、殺意。そういった強い感情が、圧となって押し寄せる。
これは過去に何度も味わったゼールの放つプレッシャーと酷似している。
淡々と話していたかと思えばその内には強大な敵対心が隠されていた。
「ッ……! アンタこそ、私が勝ったら解呪を誓いなさい!」
「無論ですとも。では……カルヴィス殿、裏の平原を使わせて頂きますぞ」
「あ、お、お待ちを!」
制止するカルヴィスの声を払い除けて二人は部屋を出る。
近づくだけで切れてしまうのではないかと錯覚する程に、リメリアの魔力は研ぎ澄まされていた。
「リメリア……」
「ホントに……ホントに戦わせて良いんですか!? 先生っ! お兄ちゃんっ!」
「安心なさい。立ち合いには私が入るわ。何かあれば私が止める。
これはあの子にとって――必要な過程なの」
ゼールの言葉の意味は真に理解出来ないが、彼女がそこまで言うのであればきっとそうなのだろう。
今はただ、そう信じるしかなかった。
よろしければブックマーク登録や☆評価での応援、よろしくお願い致します!
感想やレビュー等、皆様からの全てのリアクションが励みになります!
感想は一言からでもお気軽に♪
どうぞよろしくお願いします!




