第百六話 「明かされる手札」
「貴方達三人とも、明日にでもこの街を出なさい。
この街は消えてなくなるわ」
「「――え?」」
ゼールは衝撃的な言葉をいつも通りの表情で言い放った。
あまりにも唐突かつ突拍子も無い言葉に、三人とも間抜けな疑問符を掲げることしか出来ない。
「せ、先生! いったいどういうことですか……?」
「そ、そうです! この街が……サントールが無くなるってどうしてですか!?」
リメリアとルコンが戸惑いから疑問をぶつける。
無理もない。ゼールの言葉はあまりにも説明不足だ。
「落ち着きなさい。私も言葉が足りなかったわ。
正確には『貴方達がコルニクスに対して今以上の不利益を被ってしまったなら』この街は無くなるわ」
「俺達が……『今以上の不利益』……?」
「えぇ。とは言っても、既にコルニクスは貴方達を――特にライル、貴方を目の敵にしているでしょうけど」
「俺、ですか?」
俺が既に魔王の目の敵だって……?
いったい何故……何かしたか? 典型的な『俺、また何かやっちゃいました?』はやってない筈だが……
「貴方達が既に今回の件について嗅ぎ回っていることはコルニクスも察しているわ。知っているのでしょう、コルニクスとカルヴィス様の目的を。
純血主義の世界を創る上で、半魔共生の立役者となった『龍殺しの半魔ライル・ガースレイ』は邪魔者でしかないわ。
それに貴方達、以前にコルニクスの魔石輸入路を潰したらしいわね」
「へ? 魔石、輸入路……? ――あ!?」
「それってまさか……!?」
「??」
俺が察するのと同時にリメリアも同じ結論に至った様だ。
ルコンだけは首を傾げているが。
答えは明白だ。一月前にオーレンバックと俺達三人で向かった魔石鉱山、そこから持ち出されていた魔石の搬入先とはコルニクスの領地だったのだ。
まさかこんなところで繋がるとは思ってもいなかったが……だがそうなると嫌な予感しかしない。
何故コルニクスは大量の魔石を必要とした?
「そう、魔石鉱山からの盗掘、及び占有。コルニクスは去年末からそれらを行っていたのだけれど、突如として実行隊と連絡がつかなくなった。
その中には特に腕利きの用心棒もいたのに。
時間の問題とは踏んでいたようだけれど、現地の者も全滅していたから依頼にあたった冒険者も特定出来ない始末だったわ」
「蝙蝠兄弟……ガヴとギウ……関係者も他の部下も、全員奴らに殺されましたから」
「そうね……むしろ、元Sランク冒険者である彼等相手に良く生き残ったものね。
コルニクスが鉱山攻略の冒険者達を割り出したのはつい最近のことよ。
そしてそこに貴方達がやって来た。
コルニクスからすれば復讐の相手がノコノコとやって来た様なもの」
「ちょ、ちょっと待って先生!」
話を遮ったのはリメリアだった。
勢いで椅子から立ち上がり前のめりになりながらゼールに食いかかる。
「そもそもなんでコルニクスは魔石を集めていたの!?」
ごもっともだ。そして良くぞ聞いてくれた。
目下最大の謎は『サントールが消える』ことと『魔石を集めていた』理由だ。
これを知らなければ始まらない。
「……前置きは不要ね。
魔石を集めていた理由はシンプルに戦力として――エネルギーとしての備蓄よ。
魔石の量は強大な魔術行使に直結し、砕けば魔素瓶程ではないものの魔素を生むことも出来る。
コルニクスは魔族の中でも珍しい魔術に秀でた種族である鴉族。
その中でも彼の才は突出し、風と火は一級にまで及ぶわ」
「魔族が、一級魔術を……!? そんな……私ですら……ッ!」
「彼は魔王にまで登りつめた者、自分と比較することはないわ。
話を戻すわよ。そしてコルニクスはある魔術についての情報を手に入れており、その実現行使の為には大量の魔石が必要だったの」
『ある魔術』……?
大量の魔石が必要とされる程の魔術。一級……?
だがゼールやミルゲン等は過去に一級を行使する際に自力で発動していた。
ゼールはグランロアマウンにて一度魔素瓶で魔素を補っているが、それだけだ。
自力とある程度の条件さえ整えば特別な準備は必要無さそうだが……
だがしかし、そんな俺の疑問を取り払うようにリメリアは何かに気づいた様だ。
「――まさか!?」
「コルニクスが入手した魔術の情報、それは『特殊指定禁忌魔術』。通称『特級魔術』」
「特級、魔術……? それって一級よりも凄いんですよね?」
特級魔術、存在自体はあるとされていたものの実際に使われているところはおろか、その術名すら明かされてはいない。
それもそのはず。『特殊指定禁忌魔術』の名の通り、特級魔術はその存在自体を秘匿され使用は固く禁じられている。
故に誰もその詳細を知らず、術名も知らない。
無論、知ったところで並の術士では行使することなど不可能なのだが。
そんな特級魔術についてルコンが首を傾げる。
「勿論よ。特級魔術はどれも地形を変えるほどの威力を持つとされているわ。
ライルは見たけれど、グランロアマウンでの赤龍との決戦地であった窪地は大昔に特級魔術で切り抜かれたから出来たものと伝えられているわ」
「なっ……」
グランロアマウンは標高一万メートルを超える大山脈であり、その間にあった標高三千メートル地点の窪地もかなりの大きさだった。
それを魔術一つで創り上げたって……?
「コルニクスはその特級魔術をいつでも発動出来るかもしれない。万が一コルニクスを刺激しすぎれば、この街ごと無くなりかねないということよ。
それでなくとも、貴方達は怨みを買っている身。
今回は手を引いて王都に戻りなさい」
コルニクスはカルヴィスと共に純血主義の世界を創る為、戦力として魔石を集めて特級魔術の用意すらある。
そして、俺達に対して個人的な怨みを持っているためここで争いに発展すればサントールが巻き添えになりかねない。
ゼールの話は纏めればこういった訳だ。
確かにサントールが巻き込まれることだけは避けなければならない。
だが、ここで引いてしまっては水面下での準備は着実に進んでいずれは世界へとその毒手が届いてしまう。
いったいどうすれば……
「あ! でもでも、先生がコルニクスを止めてくれるんですよね! だから先生はコルニクスの側に仕えたフリしてるんです!」
「あっ――確かに! 先生はずっとコルニクスに従うフリをして情報を集めていたのか!」
「なんだ、確かにそうよね。私も先生を見たときはビックリしたけど、それなら納得だわ」
ルコンの気づきに俺とリメリアも合点がいった。
先生はコルニクスの悪行を止めるために側に付いていたのだ。
でなければ教え子達の仇であるはずの者に仕える筈がない。
「…………」
しかし、それに対してゼールの反応は暗く重く、無言のみだった。
「先生……?」
「――――残念だけれど、私では奴を止めることは出来ないの」
「えっ……? それってどういう――」
困惑するリメリアの問いに答えるようにしてゼールはローブを脱ぎ、シャツの袖を少し捲り上げる。
シャツの下の素肌には黒い鎖の紋様が浮かび上がり肘へと伸びていた。
恐らくその紋様は全身へと巡っているのであろうことは容易に想像出来たし、なによりも俺達は皆この紋様を知っている。
「それってまさか――束縛!?」
ゼールの身に刻まれていたのは束縛の魔術式。
それは魔石鉱山へ向かう途中に襲ってきた雇われの用心棒達の身に刻まれた物と瓜二つであった。
それが意味することはつまり、コルニクスへの服従と命綱を握られているということ。
「どうして……先生ッ……!!」
猛るリメリアの咆哮は、虚しく部屋に響いた。
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