第百三話 「滲む悪意」
翌朝になると窓から差し込む心地よい陽光で目が覚める。
ふかふかの毛布に柔らかいベッド、全ての要素が最高の睡眠を演出してくれた。
隣には未だ丸まったままのルコンがいる。
今日からは情報収集だ。
カルヴィスにコルニクス、ゼールと聞きたいことは沢山ある。
ここはリメリアと手分けしてあたった方が良いかもしれないな。
ひとまずは外出出来るように準備をしようと立ち上がると、ドア下の隙間に一枚の紙が挟まっているのを見つけた。
『おはようございます。衣類は洗ってドアの前に置いております。朝食の用意が出来ておりますので、いつでもお越しください』
至れり尽くせりとは正にこのことか。
ドアの前には俺とルコンの衣服が丁寧に畳まれていた。
ひとまず服を持って部屋に戻りルコンが起きるのを待つ。
もう三十分もして起きなければ揺すって起こすとしよう。
「ふあぁ〜〜……んむぅ……おはようです……」
「おはよう。よく寝てたな」
やっと起きたルコンを化粧台の前に座らせ、ボサボサの尻尾と耳にクシを通す。
学校で寮暮らしになってからはなかなかしてやれなかったが、昔はこうして起き抜けに寝癖を直してやったものだ。
準備を整え少しするとノックと共にリメリアが訪ねて来た。
「おはよ。しっかり眠れた?」
「リメリアさん。ルコンはここのベッドに住むと決めました」
「だそうだ。快眠だよ」
「そ。なら良かったわ。さっさと朝食に行きましょう」
リメリアはさっさと廊下を進んでいってしまう。
昨日のカルヴィスとのやり取りを引きずっているのだろうか、その様子はどこかピリピリとした緊張感すら感じられた。
朝食は昨晩同様に食堂へ用意されており、サクサクに焼かれたトーストにスクランブルエッグ、ベーコンにサラダといったアメリカンブレックファーストに近いものであった。
う〜〜ん美味い……シンプルだが王道。
それ故に食材の良さが光る朝食だ。
元日本人として米も良いが、朝食はパン派だ。
いい男の朝は一枚のトーストとコーヒーで始まると相場は決まっているものだ。
ルコンはトーストをお代わりしながらミルクを飲み、リメリアはこっそりとコーヒーにミルクを淹れている。
「それで、どうする? 親父さんは任せていいのか?」
「えぇ。パパには私が直接話を聞く。アンタ達は好きにしてていいわよ」
「お兄ちゃん! 街を見て回りましょう!」
「ダーメだ。それなら俺達は魔王周りから話を聞いたほうがいいだろう」
シュンとしょぼくれるルコンには悪いが、俺達だけ観光気分を味わう訳にもいくまい。
ということで朝食後はひとまず別行動となる。
ルコンは俺と魔王周りの情報収集。リメリアは個人で父親から話を聞くことになる。
ウロウとサロウはともかく、昨晩会ったムロウなら話しやすいだろうか?
そう思って庭に出てみるものの、そう都合よく目的の人物に巡り会える訳でも無く。
別館への立ち入りは禁じられているのでこちらから赴くことも出来ない。
どうしたものか……待ち続けるか……?
「おや、どうされました?」
庭で右往左往しているところに声をかけてきたのはメイドのマーサであった。
彼女は丁度、別館へ備品の補充に行くと言う。
そこでムロウ、あるいはウロウ・サロウを呼び出して貰えないか頼んでみたのだが――
「あいにくですが、御三方はライル様達がお食事中に子供達をつれて出られましたよ。
セシリアお嬢様とアデルお坊ちゃまも一緒です。
街外れに大きな公園があるのでそちらに行かれたのではないでしょうか?」
どうやらすれ違っていたようだ。
だが行き先が分かったのなら重畳。
早速ルコンと共に向かうとしよう。
昨日は裏路地ばかり通って分かりにくかったが、表通りは人々で賑わい活気に満ちている。
石造建築ばかりで無機質に見えても、所々に植えられた花や建物に延びた蔦、計算されたように等間隔で配置された街路樹により一切無機質さは感じられない。
露店や軒先に並べられている商品は魔具や無加工の魔石等が多く、店によっては奥に加工場を備えている店もあった。
魔石加工の街という肩書きは伊達ではないようだ。
ルコンもキラキラと光る魔石に興味津々といった様子で見惚れている。
せっかくだからといくつか魔石を埋め込んだ手乗りサイズの模型を買っていく。
動物を模してある様で犬や猫に鳥など様々なバリエーションがあったが、ルコンが気に入ったのはライオンや熊の様な大型獣を模したものであった。
曰く『強そうだしモフモフだからです!』だと。
俺もいくつか魔石を見繕って腰のポーチに仕舞っておく。
俺の場合はお土産では無く実戦への備えだ。
魔石は砕けば少量の魔素を生む。
魔素瓶程の効率は望めないが、『禍穿ち』の機構を活かす為にも切らしておく訳にはいくまい。
「あっ! いましたお兄ちゃん!」
街外れまで歩くと原っぱでボールを追いかけて遊ぶ子供達を発見出来た。
歳は五〜十歳くらいまで、人族に魔族、もしかしたら半魔もいるかもしれない。
幅のある年齢に様々な種族の子供達が垣根を越えて仲睦まじく遊んでいる。
その中には昨夜会ったアデルに、少し離れたところでにこやかに微笑むセシリアもいる。
さらに遠巻きに面倒臭いと言わんばかりにあくびをして寝転がるウロウと、木陰で我関せずと立っているサロウ。
ムロウの姿は探しても見当たらないのでもしかするとここにはいないのかもしれない。
「こんにちはセシリアさん。子供達のお守りですか?」
「あら、ライル様にルコン様。えぇ、この子達は凡人土に来るのは初めてらしいんです。
コルニクス様は、『慣れない環境だけれど羽を伸ばして遊ばせたい』と仰って。
そこで私がお忙しいコルニクス様に代わって面倒を見ていますの」
「俺より若いのに立派ですね。大変でしょう?」
「いえいえ、私自身新しい兄妹が出来たようで嬉しいんです。
アデルもお友達がたくさんできたって喜んでいるんですよ。それに――――」
セシリアは視線を遠巻きにいるウロウとサロウへ向ける。
彼等は相変わらず離れているばかりだ。
「ウロウさんにサロウさん。コルニクス様のご子息である彼等も護衛と言って付いてきてくださりますの。 ですから何も大変なことなんて無いんです」
「へぇ……あの人達が……」
「なんか意外ですねお兄ちゃん」
確かに意外と言われれば意外だ。
だがはたして彼等の言うことを素直に信じて良いものか?
ここまで害が無いにしても、邪智魔王の息子である彼等が言うことを素直に信用出来ない。
「そういえば、お二人はどうしてこちらへ?」
「あ〜〜いえ、実はあそこの兄弟に話が有って……」
「お話、ですか? でしたら私はお邪魔ですね。ふふ、どうぞあちらへ」
セシリアは詮索することも無く先へと促してくれる。
なんてデキた子なんだと感心しつつ、お言葉に甘えてウロウ達の元へ。
ウロウ達はこちらに気づくと怪訝な顔をして見つめてくる。
「あぁ? いったい何の用だ?」
「ウロウ、威圧的な態度は良くないよ。父上の威厳にも関わる」
「……単刀直入に聞きたいんだけど、貴方達と魔王コルニクスさんはどうしてまた凡人土へ?
いったいカルヴィスさんと何を話しているんですか?」
一切包み隠さずストレートに疑問をぶつけた。
どうせ何を言っても疑われるのならば、ここは正直に問い詰めるべきだろう。
いずれ俺達の動きはバレるだろうし、まどろっこしいのは俺も好きじゃない。
俺の言葉に顔を見合わせた二人はニヤリと笑うと、こちらが予想もしていなかった事を口走った――――
――――
「ムロウ、確かにあの魔族の――いや、半魔の少年はそう名乗ったのか?」
テオール家賓客用別館内、コルニクスへ割り当てられた一室にて、コルニクスは不機嫌そうに息子へと問いかける。
椅子に腰掛けているコルニクスは肘置きを何度も人差し指で叩きながら、もう一方の手は顔に添えて忙しなく同様にリズムを刻んでいた。
この様子だけ切り抜けば、余裕を持って振る舞う彼も実は怒りやすく短絡的な一面もあると捉えられる。
それを知っているからこそ、息子であるムロウはなるべく父を刺激しないようにと言葉を選んで喋るしかななかった。
「は、はい……確かです……で、でもその……凄く良い人そう、でした……よ?」
「我輩が聞きたいのはそんなことではない!」
「す、すみません……!」
「ライル・ガースレイ……ライル……『龍殺しの半魔』! 我輩の計画を邪魔した一人……!!」
気づけば肘置きをを打っていた指は止まり、その顔は怒りと喜びとが混じり狂気の表情を浮かべていた。
コルニクスは既に、魔石鉱山を調査し蝙蝠兄弟を倒した冒険者達の素性は掴んでいた。
そして今、運命的にそれらが繋がってしまった。
「く、クハ……クハハハハハハハハハッ!!
僥倖……! なんたる僥倖!! 我輩はつくづくツイている!
何度も憎たらしいと思った者をこの手で直接なぶれるのだから!!」
「ち、父上……? えっと、ライル君が、なにか、……?」
「よい。ムロウ、おまえは普段と変わらず彼等に接しておればよいのだ。分かったな?」
「は、はい……」
ムロウは当然、父の考えている事など何も分からない。
ただ一つ分かるのは、剥き出しの狂気を浮かべるこの時の父はろくでもないということだ。
「丁度いい! 使える手駒は多く有るのだ。
実験も兼ねた憂さ晴らし……復讐といこうじゃないか」
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