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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
第七章 ―邪智画策―編
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第百二話 「軋轢」

 ムカムカするやり切れない感情のまま浴場を後にする。

 せっかくの良い湯だったのに……クソッ。

 だがまあ、今の時間でリメリアの言っていた事がだいたい分かった。

 あの父親、カルヴィスはエゴの塊だ。

 リメリアを愛している素振りや言動は事実だろうが、それは愛玩動物への愛情と大差無いだろう。

 娘の意見や意思は聞き入れず、己が良しとすることこそ理想。

 リメリアが家を出てああまで言う気持ちは理解出来る。


 夕飯は呼びに来てくれるとマーサが言うので部屋に戻って待つことにした。

 旅の衣服は洗ってくれると回収されたので、現在はテオール家が用意してくれたシンプルな無地の寝間着に着替えている。

 俺が戻って十分程で、ルコンと一緒にリメリアが部屋に入ってきた。

 二人も俺と同様の寝間着姿だが、風呂上がりということもあってか火照った頬と湿った髪が妙に艶かしい。


「お兄ちゃ〜〜ん! マーサさんが良い匂いのするオイルっていうのを塗ってくれたんです! どうですっ!?」


 抱きついてきたルコンの尻尾と耳は髪以上に湿っていてベチャベチャにされてしまった。

 ドライヤーなんて無いからね。うん、仕方ない。

 ありがとう、お陰でお兄ちゃんは冷静になれたよ。


「久々に入ったけど、やっぱりこの家の風呂は良いのよね……なんか複雑」

「あぁそうだリメリア。親父さん、一発殴ってやれ。応援してるぞ」

「え? えぇ……そのつもりだけど……何かあった?」

「たまたま風呂でな。言ってたことが分かったよ。なんなら羽交い締めにしてやろうか?」

「ルコンも手伝いますよ! シュッシュッ!」


 俺に同調してルコンもシャドーボクシングに興じる。

 なんか考えてきたら楽しくなってきたな。

 ホントにやってしまうか?


「いいわよ別に。自分の親なんだから、自分でするわ」


 むぅ……それもそうだ。心の中で応援するとしよう。


「それで、とりあえずどうする?」

「…………」

「リメリア?」

「ごめん、ちょっと考えてたの……なんで邪智魔王とパパが、とか……なんで先生がいるのか、とか……」

「確かにです……先生……」

「――先生にはまた会って直接聞いてみよう。悩んでても始まらないし、俺達がここに来たのはそういった疑問を解決するためだろ」


 俺の言葉に二人が頷き、今後の方針は固まった。

 カルヴィスとゼール。

 それぞれに事情があるだろうが、それがいったいどういったものなのか。

 カルヴィスが邪智魔王コルニクスと手を結ぶ訳、その内容とは?

 ゼールが仇であるコルニクスに付き従う理由とは?

 それらを確かめなければ。


 少しするとマーサが食事の用意が出来たと呼びに来た。

 三人で食堂に行くと、そこには左右に十人ずつは掛けられる長テーブルが置かれており、その上にナイフとフォークが皿の横に置かれ純白のナプキンが添えられている。

 これまた想像通りの貴族の食卓だ。

 いったいどんな料理が出るのかとルコンは興奮して尻尾を振り、リメリアは慣れた様子で席につく。

 ルコン、出発前はダイエットするって言ってたよね?

 そんなことはさておき、俺も見習ってリメリアの横に座ると、カルヴィスが二人の子どもを連れて部屋に入ってきて俺達の向かいへと座る。


「食事は家族でと決めているんだ。お邪魔するよ」


 そう言って座るカルヴィスを挟んで、左右に子供達が座る。

 一人は今日会ったリメリアの妹、セシリア。

 長い茶髪が美しいルコンと同い年くらいの少女だ。

 しかし貴族ということもあってか、所作の端々に品が溢れ出ており、ルコンがわんぱく少女ならセシリアは正に深窓の令嬢だ。

 そしてもう一人は初めて見る子だ。

 歳は五、六歳くらいだろうか?

 カルヴィスの様に整えて左に流した茶髪、整った顔立ち。

 そんな彼は訝しげにこちらを見つめている。

 そう、不審者でも見るかの様に。


「父様、誰ですか? この人達」

「アデル、左の人は分かるんじゃないのかな?」

「えぇ〜〜? んん〜〜……」


 カルヴィスはアデルと呼んだ子どもに優しく、リメリアの方へ意識を誘導する。

 アデル、アデル……そうか! ドガードが言っていたリメリアの弟か!

 だが待てよ。リメリアが家を出たのは四年前って言ってたから、アデルの歳を考えたら二、三歳までしか一緒にいなかったのか。

 それは初見で覚えていなくても仕方が無いか。

 ちらりと横を見ると、リメリアは罰が悪そうにアデルから視線を外していた。


「リメリアお姉様よアデル。覚えてない?」

「う〜ん……覚えてない……」

「まだ小さかった頃だから仕方ないさ。ほら、お姉様に挨拶しよう」


 カルヴィスがアデルにそう言うと、アデルは渋々と言った様子で小さく挨拶した。


「はじめまして……アデル、です……」

「久しぶりが正しいわね。リメリアよ」

「おいリメリア。アデル君が覚えて無いのはしょうがないだろ? 大人げ無いぞ」

「……ごめん」


 今から食事だってのに、ったく。

 運ばれてきた食事は寮や宿の食事とは比べられない程に美味であり、まるでレストランのようだった。

 イーラスのレストランでゼールとルコンの三人で食事を取ったことが思い出される。

 あの時はコース料理を食べたな……サラダに魚、スープに肉と味わったことも無い程のご馳走に感じられた。

 当時ほどの感動は湧かないが、それでも絶品であることには変わりない。

 ルコンも満足げに舌鼓を打っている。

 リメリアは特に感情を出していない。先程の失態を引きずっているのだろうか。


 そんな訳だからか、会話の内容はもっぱら俺やルコンの話になってしまった。

 娘の友人について知りたいというカルヴィス、冒険者としての活動に興味が有るセシリアとアデル。

 特にアデルは魔獣との戦闘に強く興味を持っていた。

 テーブルに身を乗り出して聞き入る姿勢をカルヴィスに叱られる程に。


「えぇ!? じゃあルコンお姉ちゃんも強いの!?」

「はうぁッ!? お、お兄ちゃん……ルコンにも弟が出来たかもしれません……!」

「大丈夫、出来てないぞ。そうそう、ルコンもすっごい強いんだ。でも、お姉ちゃんのリメリアも凄いんだぞ?」

「へ〜〜! そうなんだ! リメリアお姉様!」

「え? あ、ま、まあね!!」


 会話に入れてないリメリアにキラーパスを通す。

 黙々と食べていたリメリアはこれに驚きしどろもどろになりながらも、弟に姉としての威厳を示そうとする。


「ふふ、そうよアデル。リアお姉様は昔から賢くて、お父様の様に魔術の才能が有ったのよ」

「うわ〜! 良いな良いなあ! 僕も魔術の才能が有ればなぁ!」

「ンンッ! 才能など無い。私も、リアもだ。くだらん理想に殉じて人生を浪費するなど愚の骨頂。

 お前たちはテオール家の繁栄と安寧のため生きる。

 それがテオール家の、お前達の幸せだ」


 出た。謎エゴ。

 ほら見ろ、せっかく和んだと思った場が白けるどころかお通夜だ。

 なんて思っていると、ガタリと音を立ててリメリアが立ち上がり、足早に背後のドアへと向かう。


「待ちなさい。まだ食事が残っているぞ」

「要らないわ」

「リア!」

「うるさいのよ! いつもいつも!! 

 パパは私達の幸せの為って言うけどなんにも分かってないじゃない!

 家のために生きて家族を持つのが幸せ? そんな縛られるだけの人生は嫌!

 ママは賛成してくれてた! パパだけよ。パパだけが、何も分かってない」


 積もっていた鬱積を吐き出すだけ吐き出してリメリアは出ていく。

 カルヴィスは一言も発せないまま食器に視線を落としている。

 最悪の雰囲気だな……俺達じゃどうにも出来ないし、これではこの後にカルヴィスに話を聞けそうにもない。


 ここまでとはな。これは二人の確執も相当だ。

 カルヴィスも少しして部屋を出て、残されたセシリアとアデルも所在無さ気に食事を続けていた。

 結局その後はルコンと一緒に部屋に戻った。

 ルコンはベッドに入るとすぐに寝入ってしまう。

 すやすやと寝息を立てて丸くなっているルコンとは反面、中々寝付けないでいた。

 せっかくだから庭に出て夜風にでも当たってみるか。


 館内では見回りの衛兵やメイドが数人確認出来た。

 マーサもまだ起きており、明日の食材や衣類の用意が有るのだとか。

 何でもコルニクスが総勢四十名近くの大所帯で来訪したものだから日々の業務も増えているらしい。

 確かに、ウロウとサロウという双子にゼール、子ども達も二十人近くいたな。

 他にも付き人がいると考えればそれくらいの人数にもなるか。

 忙しそうなマーサを労い、庭へと出る。

 マーサには邸内と庭は自由に歩いていいが、書斎や別館への立ち入りはしないようにと釘を刺された。

 無論、興味は有れど客人の身でその様な勝手をするつもりは無い。


 端に置かれたベンチに腰掛けて目を閉じる。

 夜風はひんやりと頬を撫で、草木の匂いが鼻腔を突き自然の心地よさに全身が包まれる。

 こういうのを森林浴って言うのかな? ちょっと違うか。

 思わず寝てしまいそうになりうつらうつらとしていると


「あの、だい、じょうぶ……?」


 覇気の無い弱々しい声がする。

 当然自分に掛けられたものだと自覚して顔を上げると、月明かりに照らされてキラめく白髪の少年が立っていた。

 白髪……コルニクスと同じ? だがウロウとサロウではない。

 目の前の少年は彼等のように翼を持っていなかった。

 かろうじて魔族と分かるのは顔や手などの露出した部位に鴉の羽毛が見て取れるからだ。


「風邪、引く……よ?」

「え? あ、あぁ! ありがとう、確かに寝落ちするところだったよ」

「寝落ち……? とにかく、気をつけて……じゃ、じゃあ……」

「あっ――待って!」


 早々に立ち去る気弱な彼が無性に気になってしまい、つい呼び止めてしまう。

 恐らくコルニクスの関係者であることは間違いない。

 せめて名前だけでも聞いておこう。


「君、名前は? 俺はライル・ガースレイ」

「ぼ、僕は……ムロウ」

「ムロウ、か。その髪、もしかして邪智魔王の関係者?」

「え? う、うん。父上、だよ……」


 ビンゴ。やはりそうか。

 だがまあそれにしても……なんと弱々しいことか……

 覇気が無いのも、ウロウとサロウ以上に『力』を感じられない。

 本当にこれが魔王の子なのか?


「じゃ、じゃあね……また……」

「え、あ、うん……また」


 結局それ以上は何も話せないままムロウと名乗った少年は行ってしまった。

 おどおどして気の弱い子だったが、双子の方に比べたら話は出来そうだな。

 魔王に直接話を聞くのは難しそうだし、今度会ったら彼に聞いてみるのも良いかもしれないな。








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