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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
第七章 ―邪智画策―編
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第九十九話 「リメリアの故郷」

「見えたわよ」


 丘を越えた先に見下ろせたのは、石造りの住居が規則正しく並ぶ街だった。


「あれがサントールです?」

「そうよ。石造住居と魔石加工、後は行商なんかが良く立ち寄る街ね。

 ま、そんな楽しいところじゃないわよ」

「そうか? 綺麗な街じゃないか。俺は好きだな」


 サントールは遠くから見ても分かるほどに『整っている』街だった。

 規則正しく並ぶ街は碁盤の目の様で、それはまるで平安京を彷彿とさせる。

 それに、石造りだから決して無機質という訳でも無く、適度に植えられた植物により色覚的彩色もある。

 総じて、『整っている』または『綺麗な』街なのだ。


「ふーん……とにかく、そんなことはどうでもいいわ。

 私も四年ぶりとはいえ、知り合いに会うと面倒だからなるべく人目は避けて屋敷まで行きましょう」

「あぁ。――屋敷って、……アレか?」


 リメリアの言う屋敷が正確にどれを指しているかは定かでは無いが、街の外れに佇む豪邸らしきものしか『屋敷』に該当しそうなものも無い。

 それは絵に描いた様な豪邸で、一見すると旅館のようにも見える。

 敷地の入り口には門が構えられ、馬車の出入りが見て取れる。

 何だあれ……あれが家ってか!?

 あんなもんフィクションの貴族やらの家でしか見たこと無いぞ……あ、リメリアって貴族の娘だったわ。


 街の付近まで降りてきたところで、リメリアは迷わず裏路地へと侵入していく。

 人目を避ける為とはいえ、何も悪いこともしていないし、初めての街をぶらりと満喫したいのだが……という気持ちはぐっと堪えよう。

 今回はあくまでリメリアの付き添いだ。

 俺に自由は無いものと思え。


「見て下さいお兄ちゃん! あっちに綺麗なお花がいっぱいですっ!」

「ルコン、おとなしくしてような」

「……ちょっと、あんまり騒がないでよ。意味無いじゃない」


 しょうがないよね。お花綺麗だもん。

 とまあ、コソコソと道を進んでようやく屋敷の門まで辿り着く。

 目の前にすると改めてその豪邸っぷりに驚嘆する。

 他とは違う漆色のレンガ造りに、横百メートルはあるかという長さ。

 窓の配置からして三階建て、時折横切る人影はメイド服を着ているようにも見える。

 メイドまでいるのかよ! いやいや、これだけデカい屋敷ならそれも当然か。


「おい! ここはテオール家の御屋敷だ! 用が無いならさっさと帰れ!」


 門の前で立ち止まっていると声をかけられた。

 軽鎧に身を包んだ二人組の男が門の内側から訝しげにこちらを伺っている。

 一人は四十代程の壮年の男性。

 もう一人は十代後半程の若者だった。ちなみに声を荒げたのはこちらの若者だ。


「……パパ――カルヴィス・テオールに用があって来たわ。通してちょうだい」


 あまり言いたくないけど、みたいな顔してリメリアが前に出る。

 さあさあ道を開けろ。このお方をどなたと心得る!


「用だと? その前に貴殿は何者だ! カルヴィス様からは本日中の商談は伺っていないぞ!」


 あ、あれ……? ここは顔パスでササッと通れるとこじゃないの?

 あぁほら!? リメリアめっちゃむすっとしてるじゃん!!


「ん……? 待てよ……まさか――リアお嬢様ですか!?」

「あ! アンタ、ドガードじゃない!」

「おおぉ! やはりやはり! お元気でしたか、お嬢様?」


 ドガードと呼ばれた壮年の男性は、リメリアに気づくと嬉しそうに声を挙げて開門作業に入る。

 それを訳が分からないと先ほどの若者は呆れて突っ立っている。


「ボサッとするな! こちらはカルヴィス様の御息女、長女にあたるリメリアお嬢様だ!」

「なっ、えぇっ!? し、失礼しましたッ!!」

「良いわよ、別に。ここ数年で雇われたんでしょ?

 私も見たこと無いし無理もないわ」


 ドガードに諭されて若者も慌てて開門作業に移る。

 リメリアはちょっと気分良さそうにフフンと鼻を鳴らしている。

 門の先にはこれまた絵に描いたような庭園が広がり、屋敷までの中央には噴水まである。

 庭の端には机や椅子が置かれ、天気の良い日にはそこでお茶を楽しむ様子が容易に想像出来る。

 本邸から少し離れたところには、同じ様なレンガ作りのサイズダウンした建物が見られる。

 別邸、だろうか……? たまげたな、どんだけ豪華なんだ。


「さ、どうぞお通り下さいお嬢様。

 きっと旦那様やセシリアお嬢様、アデル坊っちゃんも喜びますぞ!」

「さぁ……どうかしらね……」


 笑顔で語りかけるドガードとは対照的に、俯き気味に覇気無く答えるリメリア。

『妹には悪いことをした』と言っていたことから、多少なりとも負い目に感じているのだろうか。


「して、そちらのお連れ様は? 見たところ冒険者の様ですが?」

「えぇ、一緒にパーティを組んでるライルとルコンよ」

「ライル・ガースレイです。よろしくお願いします」

「ルコンですっ!」

「お嬢様がお友達……いや、失敬。お客人を連れて来るとは……! うっ、……いかんですな、歳を取るのは……」

「ちょ、ちょっと! いいから早く行ってよ!」


 ドガードは先頭を歩きながら目頭を押さえて涙ぐむ。

 気のいいおじちゃんどころか、これでは親戚のおじいちゃんだ。

 しかしまあ、友人を連れて来るだけで従者に泣かれるとは……なんとなくリメリアっぽい様な……

 言ったら怒られるから絶対に言わないけど。


 屋敷の扉についたところで、タイミング良く内側から開かれる。

 いや、きっと窓からこちらが来るのを見計らっていたのだろう。

 開け放たれた扉の先には一人のメイドが四十五度にお辞儀をして立っていた。

 ゆっくりと上げられた顔は五十代程の女性で、ところどころにシワが寄ってはいるが決して気難しさや不機嫌さは感じられない。

 むしろ、柔らかく微笑む顔からは慈愛すら感じられる。


「ようこそ、いらっしゃいませ。

 カルヴィス様は只今お取り込み中でございます。

 しばしこちらで――――もしや、リアお嬢様……!?」「……久しぶりね、マーサ」


 数分前と同様のやり取り。

 しかし、今回はリメリアも余程世話になった人物だったのか。

 二人は無言で近づきゆっくりと抱擁を交わす。


「あぁ……よくお戻りになられました。ご立派になられましたね」

「フフッ、マーサはちょっと老けたかしら?」

「あらまあ……オホホ……! まだまだ元気ですわよ!」


 驚いた、リメリアがこうも気軽に冗談を交わすとは。

 マーサと呼ばれたメイドはリメリアから離れ、俺とルコンを一瞥するとニコリと微笑む。

 ドガードはいつの間にか門の方へと戻っていった。

 自身の役割はここまでと、軽く会釈をして背を向ける。


「お嬢様、どうぞこちらへ。

 お茶でもお淹れします。お客様方もお疲れでしょう」

「マーサ、パパはどこ?

 悪いけど長居する気は無いわ。私はパパに用があって来たの」

「……申し訳ありませんが、旦那様は大事なお話中でございます。

 お嬢様といえども……どうか、お待ち下さい」

「応接室ね、分かったわ」


 そう言うとリメリアは廊下を左へとズンズン進んでいく。

 何も分かってねぇ! 待てと言われたじゃないか!

 マーサもその様子を見て驚きながら後を追う。


「お嬢様! いけません!」

「構いやしないわ。どうせ私は家を出た身よ。

 相手方からの評価なんて気にしないわ」

「そ、そういったことでは……お待ちを!」


 聞く耳を持たないリメリアはそのまま突き当たりの扉まで進み、ドアノブに手をかける。

 ちょっとマーサが気の毒だと思いつつも、俺にはどうすることも出来ない。

 黙ってついて来た俺の横でルコンも気まずそうに尻尾と耳を下げている。


 そして、リメリアは断りも入れないままドアを開ける。

 ドアの先には、控えめではあるが最低限の主張は欠いてないルネッサンス風の衣装に身を包み、リメリアと同様の赤毛を綺麗に整えて左に流した男性がいた。

 男性は驚いて立ち上がると、リメリアを見て笑みをこぼす。


「リア……!? リアじゃないか! おぉリア!! よく帰ってきたね!」

「…………」


 男は喜びの声を挙げてリメリアへと近づく。

 あれ? 特徴から見て父親、だよな……?

 なんか、聞いてた話とずいぶん違う反応だな。

 男はリメリアを抱きしめようと手を伸ばすが、リメリアはそれを払いのける。


「いいから。それよりもどういうこと!?

 邪智魔王との会談って! 私が先生の教え子と知っていなが――」

「失敬。カルヴィス殿の御息女、かな?

 我輩の名が聞こえたものなので、つい口を出させてもらいました」


 声の主はカルヴィスの座っていた向かいの席から。

 腰からは鴉の翼、手足と顔には同様の羽毛。

 闇に溶けるような漆黒の外套を羽織り、対照的な白髪が目を引く魔族の男だった。


「我輩はコルニクスと申します。

『邪智魔王』、と言えばわかりやすいだろうか?」

「「――!!」」


 自ら邪智魔王と名乗った人物に俺達全員が反応する。

 いた――! コイツが、邪智魔王!

 なるほど、確かに魔王独特の雰囲気は有る。

 しかし、レオガルドやカーシガの様な(プレッシャー)は感じられないな。

 それまではリメリアの父親にしかいってなかった神経がコルニクスに割かれたことで、コルニクスの背後に立つ一人の人間にようやく気づけた。

 むしろ、何故今まで気づかなかったのか。


「――――え?」


 薄紫の髪、白のローブ、手には四つの魔石をはめ込んだ独特の杖。

 その姿は正に、ナーロ村で救われて以降一緒に数年を過ごしたゼールそのものであった。


「なんで、ここに……先生……」


 リメリアは訳が分から無いと言わんばかりに声を絞り出す。

 俺も、ルコンも、全く同じ気持ちだ。

 そして、それはゼールも同様だった。

 彼女は大きく目を見開いた後にしばし瞳を伏せ、そうしてゆっくりと口を開けた。


「久しぶりね、三人共」








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