第九十八話 「月影」
王都を発って二日が経ち、道のりも折り返しといったところだろうか。
リメリアが自分の話ばかりでずるいと俺やルコンの話を聞きたがった。
ルコンは過去の解離性健忘の事もあり、あまり昔のことは詳しく思い出せない様なので、基本的には俺の話になった。
グウェスとサラの子としてガースレイ家に生まれ、龍にナーロ村を滅ぼされてゼールに救われたこと。
その道中でルコンと出会い、ロデナス王国の王都ロディアスにてグウェスと再会して赤龍討伐に参加したこと。
龍伐後には二年間ロディアスに残って修行して、一年掛けてアトラの魔術学校まで来たこと。
思い返してみればここまでの十四年間は、前世より短い生でありながらそれ以上に濃密な時間だったな。
流行りのステータスやスキル無しのガッツリ古典ファンタジーの世界で、命がけの死闘を繰り返してきた。
たくさんの人に出会い、助けられ、ここまで生きてきた。
けして良いことばかりでなく、むしろ波乱万丈様々な困難に苦しめられた方が多かったかもしれない。
大事な家族も失った。
復活の呪文等無いこの世界では、前世同様の一生の別れとなる。
だが、それでも。俺はこの世界に生まれ変わって良かったと心から思える。
「うっ……ひぐっ……えうぅぅ〜〜!」
「え、うおっ!? リメリア!?」
話し終えて感慨に耽っていると、横にいたリメリアが突然泣き出してしまった。
「な、なによぞれえぇぇ……めぢゃぐぢゃ大変じゃないっ!! ぞれに……うっ、おと、お父さんだっで! すっごい良いお父さんでぇぇ……」
あ、そっち!? めっちゃ感情移入してくれてるだけかよ!
でもなんか意外だな。
リメリアって同情とか感情移入で自分の心を割くのは『非合理よ!』なんて言うタイプかと思ってたけど。
むしろこっちが素なんだろうか。
普段の合理的でクールに振る舞う素振りはゼールへの憧れからきているのかもな。
「リメリアさん、涙と鼻水を拭いて下さい! はいこれ!」
「ありがと……――ねぇ、これ臭くない?」
「ルコン、それ俺が暑くて脱いだ外套ね」
「ルコーーーーンッ!!!!」
「あわわわわ!? ごめんなさいです〜〜!!」
なんだかんだで平和な道中、こうしてバカをし合うのも悪くないな。
でも、臭いは傷つくなぁ……
「はぁ、無駄な体力使ったわ。それに思い出したら余計にパパに腹が立って来たわ……!
ライルのお父さんと違って、なんでウチのパパはあんなに石頭なのかしら!?
帰ったら文句と一緒に一発引っ叩いてやるわ!」
「ま、まあまあ。親父さんだってリメリアの事が可愛いから厳しくしてたのかもしれないじゃないか?」
実際会ってみないことには分かる事も分からないしな。
親の心子知らずとも言う。
「ふんっ! どうかしらね! そんな可愛気があれば良いけど!」
「そういえば、リメリアさんのお母さんの話が無かったですね。お母さんはどうしてるんですか?」
「ママは死んだわ。末の弟を産んだときにね」
淡々と、ただ過去の出来事を話す。
その顔には悲しみや哀愁はなく、憎しみや怒り、憎悪に近い感情が滲んでいた。
「それ、親父さんが関係あるのか?」
「そうね……パパは男の子を欲しがっていたの。
跡継ぎが生まれなければ、私か妹が有力貴族と結婚して婿を迎え入れるしかない。
でも私は魔術と、先生と出会ってしまった。
もう道は決まっていたのよ。今更パパの言いなりになって家に縛り付けられるのはごめんだったわ」
在りし日を思い出して語るリメリアはこちらを見ずに、目を細めて沈みゆく夕日を睨みつけている。
「そんな時にママは念願の男の子を産んだんだけど、元々体が強くなかったから、そこが限界だったのね。
私や妹はそりゃもう悲しんだわ。
泣きじゃくって、泣いて泣いて……ママに帰ってきて欲しいと何度願ったか。
でもね、パパは生まれた男の子しか見てなかったの。
ママの事は忘れたみたいに、葬式だけしたらいなかったみたいに!!」
ギリリと、奥歯を噛み締める音が聞こえる。
「だから私は嫌気が差して家を出たの。
妹には、悪いことをしたと思ってるけどね……」
「そう、だったのか……」
「お父さんがそんな風にお母さんを扱ってたら、悲しいです……」
暫しの沈黙。
リメリアが背負っていた家の事情に、俺達は何を言えば良いのか分からなくなっていた。
「ハァ……だから嫌だったのよね、家の事話すの。
気にしないで良いわよ。帰ったらパパの事は引っ叩く。それだけなんだから」
気まずそうな俺達を気遣ってか、リメリアは気丈に明るく振る舞ってみせる。
笑顔を見せて、先日俺にしたようなビンタを素振りしている。
「あぁ、分かった。強いな、リメリアは」
「何よそれ」
「はい! リメリアさんは最強家出娘ですっ!」
「……馬鹿にしてない?」
――――
同刻、アトラ王国王都アトランティア。
薄暗く細い道を一人の男が駆ける。
何かに追われる様に、息を切らして常に後方の暗闇を振り返りながら。
(なんてこった……! 完全に見誤った!
触れちゃいけないネタだったんだッ!!)
ライル達が王都を発って二日後の早朝であった。
先日の邪智魔王とテオール卿の会談を報じた新聞社の人間が、社内で変死を遂げていたのは。
男はサントールに忍ばせていた遣いからネタを仕入れ、その記事を書き上げた本人であった。
その後も自身の記者魂に駆られ、独自に今回の事態の裏側を嗅ぎ回っていた。
その果てが、今回の様な結果に行き着くとは知らずに。
男が走っているのは王都の地下を走る下水路である。
王都の北より流れる川を利用し、生活排水を垂れ流すそこは腐臭や悪臭に満ちているものの、普段は人が立ち入ることもない抜け道であった。
(このまま流れに沿っていけば――)
脱出出来る、そう思った男の胴体に素早く鞭が結びつく。
そのまま軽々と男を巻き取り、その体を一人の偉丈夫が受け止める。
男は美しい金髪をなびかせ、屈強な肉体を持っていた。
Sランク冒険者、オーレンバック・ステル。
悲鳴を挙げて取り乱す記者をなだめる様に、オーレンバックは優しく声をかける。
「落ち着いて。アタシはアナタの敵じゃ無いわ」
「ひっ、はっ、は、え……?」
「私も邪智魔王との会談について探っていたの。
よければ話を聞かせてもらえないかしら?
そうすれば、アナタを逃がすことにだって協力するわ」
オーレンバックは自身の事情を打ち明け、記者へと協力を申し出た。
記者は自分よりももっと深い、知ってはいけないことを知ってしまった故に追われている。
それはきっと、オーレンバックが喉から手が出る程に欲しい情報。
「む、無理だ……! 俺は、いや、アンタも! 俺達は殺される!!」
「安心なさいな。アタシ、こう見えて腕に自信はあるんだから。ほら、これ見て?」
そう言って自身の冒険者証を見せ、安心材料を与える。
それを見て少しは余裕が出来たのか、冒険者証とオーレンバックの顔を交互に見た後に短く息を吐いて記者は語りだす。
「は、始まりは二ヶ月前だ……魔土にある魔石鉱山からの輸入が途絶えていると、一部の業者が騒いでいた……」
(魔石鉱山……? なんで今その名が?)
予想とは違った切り出しにオーレンバックが訝しむが、続きを促す。
「だが確かに、鉱山からは魔石が排出されて何処かに運ばれていたんだ。
それらは一度魔土の何処かに集められ、そこからさらに二手に送られていた……」
「二手に……?」
「あぁ……一方の行方は掴めなかったが、もう一方は邪智魔王の治める『黒鳥の街巣』だった」
「『黒鳥の街巣』ですって……?」
以前にライル達と協力して解決した魔石鉱山事件。
その際には魔石の行き着く先を断定出来なかったが、思わぬところで繋がりを得た、とオーレンバックは思った。
同時に、彼の中で疑問が生じる。
(何故邪智魔王が? それに、もう一方はいったい……)
「あぁ、そうだ。そして、今回の会談。
魔石を受け取っていた邪智魔王がこのタイミングで凡人土に来たのは、何か理由があるに違いない。
それにやつが入ってきたルートも正規のモノじゃないんだ。これには絶対に裏がある……」
「その裏っての、見当がついてるんでしょ?」
「…………恐らくは、そのせいで皆消されちまった。
魔石鉱山を掌握し、邪智魔王に横流しして、なおかつ今回の侵入を気取られないよう手配する事が出来る奴らなんてそうそういやしねぇ!
間違い無く王こ――」
言葉を遮る様にして、肉が爆ぜる音と共に血飛沫が舞う。
オーレンバックの目の前で、一秒前まで顔を青くして喋っていた男の頭部はこの世から消滅していた。
首より上を無くした身体は力無く膝をつき、噴水のように血を撒き散らしながら地に伏せる。
「ッ!?」
「目標の排除を確認。任務完了」
「アナタ達は……」
振り返った先には、黒い外套を羽織り白の面を付けた者達がいた。
男か女かも分からない上、外套と面により皆同じ様にも見える。
「Sランク冒険者、オーレンバック・ステルと確認。
此度の一件、どうやら貴公も足を踏み入れたと見える」
「さあて……何のことかしらね?」
(黒の外套に白面……まさか実在していたとは……『月影騎士団』!)
『月影騎士団』。
それはある種の御伽噺、はては噂話のようなもの。
王国に仕える騎士団とは全く別の行動理念を持ち、その存在は公に認められておらず、その動向は誰も知らない。
もはやその存在すら怪しまれる程に、その姿を誰も見たことが無いと言う。
伝わっているのは、黒の外套に白面を付け、正体が一切分からないということ。
そして、彼等の任務はアトラに仇なす者を秘密裏に闇へ葬り去るということ。
「真偽は問わない。ただ、疑わしきは排除するのみ」
「あらやだ、せっかち――ねッ!!」
完全に殺意を剥き出した白面へ向かい鞭を振るう。
狙いは通路の天井と壁。通路を崩し、今はこの場を離れるべきだとオーレンバックは判断した。
(ここまで接近されていたことに気づけなかった!
殺ろうと思えばアタシから殺れたはず! 油断してる隙に逃げるしか――)
「あ――え、? ごぷっ」
土煙を背に走り出して数歩、オーレンバックの胸から一本の刃が飛び出していた。
アバラを裂き、肉を飛び出した刃は血でコーティングされヌメリと輝きを放つ。
オーレンバックの口からは血の塊が溢れ落ち、震える手で胸の刃に触れる。
「逃げることなど叶わぬ。我らは月影。
アトラを照らす月の影。万物の影に、常に我らあり」
刃が引き抜かれ、オーレンバックの体が大きく揺れる。
ふらふらと重心も覚束ない足取りで後退りしたあと、通路から足を滑らせてその体は排水路へと流れていってしまう。
「月の裏側を覗こうとしたのだ。悔いて死せよ」
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