第九十六話 「仇敵」
リメリアの案内する先は彼女の宿泊先の宿であった。
そこはギルド直営の冒険者向けの宿であり、冒険者ならば誰でも利用できて通常よりも安価で宿泊出来るのだ。
その分部屋の中は質素で、最低限のベッドに机と椅子が置かれているのみであった。
もっとも、ゼールの様に合理を好むリメリアならば他に置くものも無いのかも知れないが。
「アンタ達は椅子に掛けてちょうだい。コーヒーで良い? しか無いんだけど」
「うぅ……苦いのは苦手です……」
「砂糖なら有るわ。ミルクは腐るから置いてないわよ」
「ルコンは水にするか?」
「いえ、コーヒーにします! 大人の階段、登ってやるのですっ!!」
目の前に出されたカップを両手で包むようにして持ち、ルコンは一気に口元へと運ぶ。
「〜〜〜〜っ!!」
口に含むとすぐさまカップを突き放すようにして置き、舌をチロッと出して苦悶の表情を浮かべている。
「言わんこっちゃないわね」
「ほら、砂糖入れろよ」
「さっきのデザートが恋しいです……また食べに行きます……」
ダイエットはどうした。
ルコンがこれでもかと砂糖を足してカップを混ぜると、底からジャリジャリと音が聞こえる。
その音に思わずリメリアも口角を引きつらせている。
っと、そうだった。リメリアは話が有るんだったな。
「それで、話ってのは?」
「……街で号外は見た?」
「号外って……確か、邪智魔王ってのとどっかの貴族が会談してたってやつか?
聞いただけで手にとって見てはないな。それが?」
「それが? って、アンタ! 先生と邪智魔王との関係知らないの!?」
「は? 先生って……なんで今先生が……それより、関係って何だよ?」
「呆れたわ……いい? 先生は昔――――」
そうしてリメリアが語ったのは、ゼールと邪智魔王コルニクスの因縁。
かつてゼールは大戦を放棄し、孤児達を保護していたこと。
そして、それを奪ったのが現在は邪智魔王として君臨しているコルニクスだということ。
「分かった? 邪智魔王コルニクスは先生にとっての仇なの。そいつが、今凡人土にやって来てるって訳」
「ちょっと待ってくれ。その、先生にとっての仇敵ってのは分かったけど、そいつをどうしようってんだよ?
ハッキリ言って俺達には関係無い事じゃないか?
仮にも俺達でその魔王を倒そうって言うならお門違いだ。先生だってそんなことは望まない筈だ」
「私もそう思います……先生ならきっと、私達にそんなことはさせません」
俺の意見にルコンも同調してくれた。
ゼールは俺達に戦うための力を与えてくれたが、その力は自身やその周囲を守るためのものだ。
それにこれはゼール個人の問題。
話の内容は聞くだけで腹の底から怒りが湧いてくるようなものであったが、だからといって俺達が仇討ちを肩代わりする理由にはならない。
それはあまりにも傲慢な行いだろう。
それに、ゼールがこれまでそういった事を一切俺達に話さなかったのは、自身の過去を知られたくなかったからに他ならない。
だからこそ――
「勘違いしないで。私が言いたいのは先生の代わりに仇討ちをしようなんて事じゃ無いわ。
問題なのは今回の会談の相手よ」
「会談の、相手……?」
確かアトラ王国南部領を治める貴族だったよな?
えーっと、名前は……
「アンタ、物忘れ激しいタイプ? 私の名前、覚えてないの?」
「え――あっ!? リメリア、テオール……テオールか!」
「えっ、てことは!?」
「カルヴィス・テオール。私の……パパよ」
なんてこった。名前でばかり呼んでいたからすっかり忘れていた。
つまり、今回の会談とやらは先生にとっての仇である魔王と、実の父親とのものだったということか。
「ほんと最悪……! さっきの先生の話だって教えてくれたのはパパだったのに!
どういう意図でこんな会談をしたのかは知らないけど、すぐに帰って聞かなきゃ……!」
「で、俺達に同行してほしいってところか?」
「ハァ……そういうこと。出来れば避けたいけど、万が一魔王と揉めたりした時の為にも備えは欲しいわ。
頼まれてくれないかしら? 勿論お礼はするわ。
――――お願い」
リメリアが深く頭を下げる。
机につくかどうかギリギリまで。
普段から勝ち気な彼女からは想像も出来なかった光景に、思わず驚いてしまうが答えは決まっている。
「お兄ちゃん」
「あぁ。当然付き合うさ。一緒に行こう、リメリア」
「ごめん。……いえ、ありがと」
「いいって。まだ休みも続くんだし、ルコンも良いダイエットになるかもな」
「ですですっ!!」
「え、どこ痩せんのよ……」
――――
ライルがリメリアより話を聞く二日前。
首都アトランティアより南下すること300キロ程。
通称テオール領と呼ばれる一帯の中央に位置する街サントール。
そこは美しく設えられた石造住宅が碁盤の目の様に整然と並び、その間を綺麗に舗装された道が真っすぐに通っている。
かといって無機質な訳では無く、美しく咲き誇る花々で街は彩られ、露店や行商も行き交い人々の活気で溢れる街である。
しかし、未だに戦前までの価値観が根付いており、魔族はともかく半魔の受け入れを渋っている状況でもあった。
そんなサントール、及び一帯を治めるテオール一族の住家である屋敷。
その応接室にて、一人の人族と一人の魔族とが顔を突き合わせている。
人族はカルヴィス・テオール。
現サントールの領主であり、アトラ国王セイルバン・アトラより直々に一帯の統治を任せられた者である。
控えめではあるが最低限の主張は欠いてないルネッサンス風の衣装に身を包み、リメリアに受け継がれた赤毛は綺麗に整えられて左に流されている。
対峙する魔族は漆黒の外套を纏い、背中からは鴉の両翼が生えている。
頭髪はそれらに不似合いな程の白色で、闇の中でなら彼が立っている場所だけが浮いてる様に見えるだろう。
「コルニクス殿、魔土から遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます。こうしてお話できること、嬉しく思います」
「こちらこそ。いや、それにしても美しい街ですな。
我輩の住む魔土はこうもいかぬものでして。
えぇ、実に美しい……」
コルニクスは丁寧な口調で窓から街を見やり、羨望の眼差しを向ける。
「早速ですが――」
カルヴィスが本題に入ろうとした時、ノックが響き使用人の声がする。
「旦那様、お話し中にすみません。
コルニクス様のお連れ様がお見えになりました」
「おっと、失敬。どうやら連れが遅れて到着したようですな。
目立つ上に名も響いておる者故、我輩とは別ルートで赴かせたのです」
「そうでしたか。どうぞ、お入り下さい」
入ってきた者は純白のローブに身を包み、四元素それぞれの魔石を埋め込んだ杖を持つ紫髪の美女であった。
「おぉ! 貴方は……! お久しぶりです。その節は娘が大変お世話になりました」
「おや? お知り合いでしたか?」
「えぇ、数年前に娘の魔術講師を務めて頂いたのです。お元気でしたか、ゼール殿」
仇敵である筈のコルニクスの傍らに佇むゼールは、静かに頷く。
「えぇ、カルヴィス様もご健勝で何よりです」
そう答えるゼールを横目に、コルニクスは不敵に口を吊り上げる。
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