第九十五話 「平穏と不穏」
時期は二月末。
魔石鉱山の調査依頼を終えて学校へ戻り、三週間が経過した。
その間はルコンと組手をしたり、リメリアと一緒に魔獣討伐に出たり、たまに街で買い物や食事に出かけたりした。
この前はルコンが服を買いたいって言うから付いて行ったら、それはまあ大荷物を持たされたもんだ。
魔石鉱山の報酬金で調子に乗ってあれやこれやと買っているうちに王族の買い物みたいになってしまった。
だが、
『お兄ちゃん、今日はルコンが出しますからね!』
なんて言ってレストランを予約してた時には思わず涙が出そうになった。
ルコンはこんな感じで時たま、普段の恩返しと言わんばかりに何かを買ってきたり店へ連れて行ってくれたりする。
なのだが、ロデナスにいた頃に俺への誕生日プレゼントとして買ってくれた腕輪は、成長した今はもう入らないから机の上でオブジェになっている。
あんまり色々もらっても申し訳ないし、俺はどっちかと言うとルコン自身のためにお金は使って欲しいので散財は控えて欲しいのだが……
「このお肉美味しいですっ! はむはむっ……」
「…………」
「ほひぃひゃん?」
「こら。食べながら喋らない」
「〜〜っ、ごめんなさい。どうかしました? そんなにジーっと見て」
「いや…………ちょっと太ったか?」
「はうぁッ!!??」
カランと音を立ててルコンが持っていたフォークとナイフが地に落ちる。
余程ショックだったのか、目を伏せて肩は小刻みに震えている。
いや、断っておくがルコンは決して太っている訳じゃない。
体型こそ年相応に幼いが、無駄な肉は無くしなやかな筋肉を持ち、少女の身ならば理想的と言えるだろう。
普段からトレーニングもしているし、運動不足なんてこともない。
俺が言いたかったのはあくまで、『少し健康的になったね』ということで……
はっ!? いかん! これでは俺は単なるノンデリおじさんではないか!!
「ち、違うんだルコン! 俺が言いたいのは――」
「……せ……す」
「へ?」
「痩せますッ!! ダイエットしますですッ!!」
ルコンダイエット計画が発令されてしまった。
落ちたカトラリーを交換しに来た店員が何事かとびっくりしている。
ルコンからは絶対に痩せるという決意の炎がメラメラと沸き立っている。
「ご、ごめんなルコン。言い方が悪かったんだ。太ってなんかないぞ?」
「いえ……最近のルコンは確かに美味しいものをいっぱい食べ過ぎたのです……食堂のご飯は美味しいし、街のお店も美味しいところがいっぱいです」
確かにその通りだ。
アトラに来てのルコンは美食に翻弄されている。
ロデナスにいた頃はゼールの監視もあったしお小遣い制だったこともあり、自由に食事を摂っていた訳ではない。
ところがアトラではどうだ。
学校の食堂はビュッフェスタイルで食べ放題。
依頼の報酬はルコンが直接受け取っているので使い放題。
ルコンは食欲のままに駆け回っていたのだ。
そういえばイズリが初めて話しかけて来た時もステーキを食べる事を優先してたな……
「お兄ちゃんの言葉で目が覚めました。このままじゃルコンはまん丸さんになってしまうのです!! あ、ありがとうございます」
そう言いながらも新しいフォークとナイフを受け取って目の前の肉と格闘を再開する。
そうだね、頼んだものは残しちゃダメだよ。
「ごちそうさまでした。あ! 見て下さいお兄ちゃん! ここのデザート美味しそうですっ!」
「はいはい、好きに頼みな」
「わぁ〜〜! リンゴのシャーベットにチョコも有ります! ムムム……迷う……」
ダイエットは何処へやら。
ルコンは新たな敵、メニュー表を睨みつけている。
一月前には魔石鉱山で蝙蝠兄弟との死闘を繰り広げ、初めて人を殺した。
前世では当然のタブーであった殺人を犯せば、俺の心は多少なりとも壊れると思っていた。
だが、こうして目の前の幸せな光景を見られている日々が有り、俺の心は平静を保てている。
自分が思っていた以上に、俺はこの世界に染まってしまっていたようだ。
店を出て学校へと戻る帰り道。
月明かりなど感じられない程に街の灯りは眩く、人々の生活は活気に満ちている。
人族、魔族、そして半魔。
『数年前では考えられなかった』と皆が口にする光景が目の前に広がっている。
未だ多少のわだかまりや不満は有れど、世界は良い方向に進んでいるのだと実感出来る。
そして少なからず、その一因に俺はなった。
世界を変えたかった大人達の都合の良い広告塔だとしても、俺はそれで良いと思う。
「号外! 号外だよぉ!!
南部領を治めるテオール卿とあの邪智魔王が秘密裏に会談か!? さあさあ手にとってくれぇ〜〜!!」
人でごった返す道の中央で大声を出す者がいる。
言葉からして新聞屋だろうか、この世界でも号外なんてあるんだなと感心の方が勝ってしまう。
「お兄ちゃん、アレなんです?」
「あれは重大な事が起こった時に無料で配ってくれる新聞だよ」
「ふ〜ん……何が重大なんですかね」
「さあな。でも邪智魔王とか言ってたな」
『邪智魔王』、そんなあからさまに悪の親玉みたいなやつが凡人土に来て良いものなのか?
邪悪な知恵だぞ? 絶対駄目だろ。
ん、待てよ。魔王はともかく、テオールってなんか聞いたことあるな……なんだっけな……
片隅で引っかかるモヤモヤを引きずったまま学校まで戻ると、正門の前で見知った顔が壁に背を預けて立っていた。
セミロングの赤毛に白いリボン。『四元の杖』のレプリカを手に持っているのはリメリアだ。
彼女がいるということは、十中八九俺達に用があってのことだろう。
だろうが、その表情は堅く、彼女が抱える事態の深刻さを物語っている様にも見える。
「リメリアさん、こんばんは!」
「元気ね、ルコン。じゃなくて……やっと戻ってきたわね。ちょっといいかしら?」
「珍しいな、こんな時間にどうしたんだよ」
「ここじゃなんだから場所を移しましょう。ついてきて」
口を開いた彼女からは切羽詰まった様な危うさすら感じられた。
ただ事ではないのだろう。
今はひとまずリメリアについて行くとしよう。
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