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半魔転生―異世界は思いの外厳しく―  作者: 狐山 犬太
幕章 ―全一の道程―
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「開花」

「どうだ? 魔術に興味はないか?」

「無いわ」

「えっ、あっ、ちょ! えぇ〜〜……」


 アルバーは浮かれていた。

 稀代の才能、その片鱗を見せたゼールを前にして、彼女の開花の一助になれるのではと。

 しかし、ゼールの答えは実に冷え切ったものであった。

 ゼールは読んでいた本を閉じ、立ち上がって振り返りもせずに家へと帰っていく。


「…………よし」


 そんな彼女の背を見送りながらも、アルバーはある決心をして瞳に炎を燃やす。


 翌日、ゼールが家で本を読んでいると何やら外で子ども達の歓声が聞こえる。

 本来であればそんな声にはいちいち反応しないゼールだが、今日は違った。


(何かに驚いてる? フィリィの声も聞こえる……)


 可愛い妹の様なフィリィや、その他子ども達の歓声。

 普段は無い事態にゼールの足は自然と外へと向いた。

 外に出ると、村の中心でアルバーが魔術を披露していた。

 土で像を形作り、空中に炎を起こし、氷の柱を立て、強風でボールを回し続け、様々な魔術を駆使して村中の注目を集めていた。


「さあさあ! これが魔術だよ! 興味がある人は今日から俺が教えて上げるぞ!」

「え! ほんとぉ〜!?」 「教えて〜!!」

「俺も習ってみようかな……」 「やめとけやめとけ。俺達魔族には向いてないさ」


 魔術講座を開くというアルバーの言葉を聞き、子ども達は浮かれ、大人達でさえ興味を示していた。

 元々ボッセルには魔術が得意な者が少なく、魔土ということもあり魔族中心の村であった。

 人族は魔族よりも魔術適性が高いものの、あくまでも適性の話。

 個人の向き不向き、才能、周囲の環境等様々な要因が伴って魔術習得へと繋がるため、ボッセルでは自然と魔術使いが育ちにくかった。 

 そこへアルバーという生粋の魔術士が現れ、魔術を教えてくれると言うのだ。

 村人達にとって、これほど魅力的な提案もなかった。


「お、ゼール! どうだい、魔術に興味が出たか?」

「……別に。貴方、何がしたいの?」

「俺はただ魔術の面白さを知ってもらいたいだけさ。興味が出たらいつでも来るといい。歓迎するよ」


 アルバーはそう言うと、数人の子どもを引き連れて村外れの空き地へと歩いていく。

 ゼールはただ無言でそれを見送り、再び家の中へと戻る。


(魔術……そんなもの、本で読んだら分かること。わざわざ誰かに教えて貰わなくたって……)


「――火花(スパークル)


 指先に魔術で火花を作り出す。

 バチバチと数回弾けた後、火花はゆっくりとしぼんで空気に溶ける。

 そこに無いものを生み出す、それが魔術。

 魔力を使い、空気中の魔素に干渉し、事象を引き起こす。それが魔術。

 ゼールは正しく、その在り方を認識していた。

 それは誰に教えてもらうでもなく、自身で本から学び考えたどり着いた先であった。

 だからこそ、ゼールはまだ他者との関わりを重視出来なかった。


 数日経って、ゼールは散歩がしたくなり村の外を歩いていた。

 外と言ってもそう遠くない場所であり、村からは視認できる範囲だ。

 本の虫であったゼールも、偶には体を動かして外気を取り入れたくなる時もある。


水球(ウォーターボール)!」

「よーしよし! 筋がいいぞ! そら次は――」


 近くから声が聞こえ、その先にはアルバーが子どもたちに魔術教室を開いていた。

 あの日から毎日、こうしてアルバーによる青空教室は行われていた。

 ゼールは当然一度も通ったことが無い。

 ただ、今まで遊びに誘ってくれていたフィリィや他の子どもが皆アルバーの元へ集まってしまったのは、少し寂しいとも感じていた。

 ゼールもまだ八歳、年相応に子どもらしい感情は有るものだ。


「よし、それじゃ今日はここまでだ! 皆まっすぐ村に戻れよ」

「「はーい!!」」

「…………いるんだろゼール?」

「……何で分かったの?」

「それは君が教室に通ってくれたなら分かる事だ」

「なら知らなくていい」

「強情だな。どうして魔術を教わりたがらないんだい? 君には才能が有る。きっと優秀な魔術士になれるぞ」

「優秀な魔術士とか、興味無い。魔術にも、興味ない……」

「――これはまだ皆には教えて無いんだけどな……炎柱(フレイムピラー)


 アルバーが杖をかざして術名を口にすると、何も無い空き地に巨大な火柱が立つ。

 それは火性三級魔術に分類されるものであり、これまでにアルバーが披露してきた五〜四級魔術とは一線を画すものであった。


「〜〜っ!?」

「ゼール、これが魔術だ。これよりももっと上の二級、一級魔術がある。本で知れる事もあるだろう。だけど、本では知れない事もある。

 俺なら君にもっと凄い魔術を教えてあげられる。世界は広い、幼い内から狭い殻に閉じ籠もるのは勿体なくないか? 賢い君なら分かるはずだろう」

「――――帰る」

「えっ――ちょ!?」


 アルバーは良いことを言ったと内心ドヤっていた。

 ただ、ゼールの反応は想像の遥か上をいく悪さだった。


 しかし、翌日の魔術教室からは子どもたちに混ざって最後方にちょこんと、ゼールが座る姿が見えた。

 手には本を持たず、興味が有るのか無いのか分からない目でアルバーの方をジッと見ていた。

 そうして一日の終わりに一人残ってアルバーから魔術の話を聞き、実践し、また次の日へ。日々、これの繰り返し。

 更に月日が経ち、ゼールはアルバーやフィリィだけでなく他の子ども達とも交流をもちだす。

 教室に通うようになり接点が増え、魔術を通し仲が深まったのだ。

 また、ゼールは他者に教える事にも長けていた。

 相手に合わせて言葉を選び、合理的に教えを授ける。

 アルバーすら舌を巻くほどの手腕は、既に八歳の子どもが成し得て良いものではなかった。



 そして、ゼールが九歳になった年にその才能は真の意味で開花する。



 その週はずっと雨が降り続けていた。

 止まぬ雨、慣れぬ悪天候に村人達からも不安の声が挙がり続けた。

 子ども達は外で遊ぶことが出来ず、アルバーの魔術教室も思う様に開催出来ない。

 アルバーは土性魔術で作った簡易住居で座学を開く日々であった。

 そして、アルバーはある過ちを犯す。

 否、それは過ちと言うより、子ども達の好奇心を見くびっていた。


「魔術を使う際は周囲の環境を利用することで、普段よりももっと凄い魔術を使うことが出来るぞ! 例えば……こんなに雨が降ってるなら水性魔術なんかだな。川で魔術を使えば物凄い勢いになるかもな!」


 そう言ってしまった。

 授業後、いつもの様に子ども達が帰るのを見送ったアルバーはゼールと話をしていたが、不意に魔力の高鳴りを感じ取る。


「――!」

「――!? これ……」

「ゼールも感じたか!? まさか……!」


 この頃にはゼールも魔力探知を行えるようになっていた。

 そして二人がほぼ同時に、近くの川辺で膨らんだ魔力を探知した。

 嫌な予感を胸に抱えたまま、雨に打たれながら川へと向かう。

 そこでは数人の子どもが氾濫寸前の川を前にし、面白半分に魔術を放っていた。


「何をしている!!」

「あ、先生!?」

「早く離れろ! 溢れるぞ!!」


 アルバーが大声で忠告した時、流れの内で魔術による膨張を受け、川が弾けた。

 決壊した川の水は子ども達の元へと殺到する。


「アルバーッ!!」

砂の縄(サンドロープ)ッ!」


 ゼールが師を頼り、すかさずアルバーは魔術を唱える。

 濁流よりも早く、編まれた数本の縄は子どもたちを手繰り寄せる。

 迫る濁流を前にして泣きじゃくる子どもたちを連れ、なんとかその場を逃れようとするものの、既に迫る水は村さえ飲み込まんとする勢いであった。


(勢いが強すぎる! このままでは――)


 思考する間も無い一瞬の瞬きで、ゼールは魔力を高めていた。

 彼女だけは、自分の成すべきを分かっていたかの様に。


(魔素は――有る。魔力――いける。魔術は――知っている)


 全ての必要な要素を確認し、何も持たない両手を前方にかざす。

 術名は既にアルバーから聞いていた。

 アルバーも使えると思って話していた訳では無い。

 いくら才能が有るとは言え、十にも満たない幼子。

 あくまで魔術の世界は広いという意味で話していたに過ぎない。

 魔術の高み、一級魔術。

 例外である特級を除き、全ての魔術士が目指すべき到達点。

 それらの話を語ったアルバーとは裏腹に、ゼールは一言一句を逃さず自身の糧とすべく吸収していた。


(使うべきは――)


 その場にいる人間だけでなく、その先にある村さえも飲み込まん濁流が迫る。

 既に打つ手は無いと誰もが思う中



地盤隆起(ライズグラウンド)



 降りしきる雨の音、迫る水の音、その中で静かに、ゼールの詠唱だけが空気を震わせた。

 直後に大地が震え、立っていたアルバー達の視界が()()

 足場が隆起して地形が変わり、川を下にしたと気付くのに全員が数秒を要した。

 濁流は隆起した地に当たると左右に割れ、傾斜によって進むべきだったルートから逸らされる。

 二百メートルは離れた後方の村さえも守る形で、ゼールは地形を作り変えたのだ。


「なんて……子だ……!」

「ハァッ……ハァ……ふぅ……ふ、ふふ――あはは!」

「ゼー、ル?」

「ねぇ、アルバー。魔術って、面白いわね」



 旧暦九八十九年。(よわい)九つにして、ゼールは一級の高みへと登りついた。






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