16、宿敵現る
ある日仕事を終え城の廊下を歩いていると、メイド服を着た見知らぬ女性の姿が目に止まる。城で働くすべての人間を記憶しているけれど、知らない人物だ。
こっそり後をつければ、彼女が進もうとしているのは立ち入り禁止区域で、これ以上は見過ごせないと判断する。背後から声をかけるとも女性は何気ない顔で答えてみせた。
「この先は立ち入り禁止ですよ。もしかして迷ってしまいましたか?」
「そうなんですか? すみません。新しく入ったので、迷ってしまったみたいです」
「どちらにご用ですか?」
「厨房の方へ」
よりによって私の前で厨房を指定するとは運が悪い。
「案内しますよ。私も入ったばかりの頃はよく迷っていたので、一人でたどり着くのは大変です。遠慮しないで下さい」
メイドはしぶしぶありがとうございますと言った。心の中はとても感謝しているとは思えない顔で。
おそらくはどこかの密偵か、侵入者か。私の目が黒いうちはこの城で好き勝手をさせるわけにいきません。
厨房へ案内すれば、女性はいよいよ口を閉ざしてしまった。
「着きましたよ」
もう言い逃れは出来ない。となると次の行動は……
予測した通り、女性は服の下に隠したナイフで攻撃を繰り出す。想定内であれば身をかわすのは簡単だ。
「あんた何者!?」
攻撃をかわされたことでただ者ではないと判断されてしまった。でも攻撃されたら誰だって避けますよね?
「見てわかりませんか?」
私は軽くスカートの裾を持ち上げる。どうみてもこの城で働く人間でしょう。
「見てわかんないから聞いてんのよ!」
「ただの厨房勤務者ですが」
「嘘言わないで!」
嘘だと言い切る女性は攻撃の手を休めずに怒りもぶつけてくる。
私は攻撃をかわしながら冷静に分析をしていた。
戦闘能力はそれほど高くない。ということは、情報収集の密偵の可能性が高いか……彼女には悪いけれど、なおさらこの城の機密をくれてやるつもりはない。
「その身のこなし、ただの城仕えなわけないでしょう!?」
「雇い主に確認でもとりますか? もちろん貴女の素性と一緒に」
出来ないと分かった上で相手を挑発する。相手が冷静さを欠くほど私にとっては都合が良い。相手の行動を記憶したり、癖を見抜くのは得意だ。
この人は左からの攻撃に弱くて、不意打ちをくらうと後退する癖がある。
「私の言葉が嘘ではないことは、すぐにわかると思いますよ」
私は攻撃をよけながら、女性をある場所へと誘導していく。
そして思い切り、左側から攻撃を繰り出した。
「っ!?」
とっさに後退した女性は棚に背をぶつける。その衝撃で棚からボールや鍋といった料理器具が雪崩落ち、洪水のように彼女を押しつぶした。
押しつぶされた女性はうめき声を上げて沈黙する。
「厨房で働いていると言いましたよね。ここは私の庭も同然、棚の内部に至るまで詳細に把握しています」
片付け下手な先輩にもたまには感謝しておこう。
「……て、もう聞いていませんね。片付けまでしてほしかったんですけど。これ片付けるの私なんですよ」
戦闘が行われていた厨房は至急掃除の必要がある。
「とにかくまずは兵士を呼んで……」
この人は勝手に棚にぶつかって、上から物が落ちてきて気を失った。そういうことにしておこう。状況証拠は完璧だ。
「それから部屋の片付けね」
軽く目眩がする。とんだ時間外労働だ。
「随分と派手に暴れてくれたな」
「そうですよねー」
一瞬にして背筋が凍る。
誰かに見られていた? しかもこの声は……
人間は嫌な相手ほど忘れないものだ。感心するような響きだが、とても聞き覚えがある声なので振り返るのが怖い。
「陛下!?」
即位したばかりのセオドア殿下改、国王陛下が立っている。私の姿を改めて確認し、普段の無表情から僅かに目を見張いた。
「お前、レモンか」
それは私の名前ではありません。かといって名前を記憶してほしくもありませんが。
「陛下、何故このような場所に!」
「水をもらいに来たら取り込み中のようでな。お前、本当に厨房で働いているのか? とても料理人の動きには見えなかったが」
見てたんですか! そして聞いていたんですか!
どこに国王陛下自ら水をもらいに来る人がいるんです! そういうことは人に頼んで下さいよ!
「随分と散らかしたものだな」
「申し訳ございません! すぐに片付けます」
「責めているわけではない。良くやった」
え……いま、もしかして、褒められた?
現実が身体に染み渡ると、心が盛大に拒絶する。どうしてこの人に褒められないといけないの?
「どうした。複雑そうな顔をして」
もしかして国王に褒められて嬉しくないのか、とか思ってます? 嬉しくないに決まってるじゃないですか!
断じて嬉しくありません。どうせ褒めるのなら主様の方でお願い致します――とは間違っても言えないので恐縮という演技で取り繕う。
「陛下からお褒めの言葉をいただけた感激のあまり、放心しておりました」
「ほう……お前、何者だ?」
それはこの場で倒れている人に聞いてほしいのですが。侵入者は向こうなのに、むしろ私の方がこの人の関心を引いてしまったらしい。即位したばかりで多忙ですよね。こんなところで時間を割かなくてもいいんですよ?
「もう一度聞く。お前は何者だ?」
そしてその台詞、貴方に言われたくない台詞堂々の一位!
何者か?
語るべき役職を失ったのはこの人のせいだ。
「見ての通り、厨房に勤務しております」
「そうか。だが先ほどの動きはとても常人のものとは思えなかったが」
「身体能力には少し自信がありまして」
とても納得したとは言えない表情だ。
「道に迷った彼女を案内したところ、突然襲われたのです。逃げ回っていた所、運良く棚の荷物が落下し、窮地を切り抜けたることができました。陛下が来て下さらなければどうなっていたことか!」
「まあいい。この件は私から料理長へ話しておく。今日のところは休むといい」
昏倒する女性は兵士に連行され、ひとまず私は部屋へ戻ることを許された。
翌朝はいつも通りに出勤すれば、多くの注目を浴びることになる。私は泥棒を撃退したことになっていて、料理長には良くやったと褒められ、先輩からは興味深そうに事情を訊かれ、はぐらかすのも一苦労だ。副料理長は傍観を決め込んでいるけれど、私を見る目は明らかに昨日までと違う。
厨房だけではなく、城中が侵入者を撃退した私の話題で持ちきりとなっていた。正直に言えば困る。これまで密偵として影に徹してきた私は慣れないことばかりだ。
陛下にさえ見つからなければ偶然の事故で処理するはずだったのに!
そんな私は本日陛下からのお呼び出しを受けている。
「お前が捕らえたあの女だが」
私が捕らえたわけじゃないと言ったはずが、証言はちっとも聞いて貰えていなかったようだ。
私の演技はスルーですか、そうですか。
「他国の密偵だった。現在は寝返って私の側についたが、懸命な判断だな」
あの人は寝返ってでも生きる道を選んだ。他人の生き方に口を出す権利はないけれど、自分は同じ生き方を選べはしないだろうと考えてしまう。
「それで? お前はどうする。私に寝返るか?」
どうするとは?
何を聞かれているのか、まったく理解が出来ない。そんな私をとんでもない発言が襲う。
「お前、ルイスの女だろ」
はい!?
それは侵入者から襲撃を受けた以上の衝撃だった。




