14、料理の先生
主様は今頃どの辺りだろう。ジオンと窮屈な馬車で苦労されてはいないでしょうか。しっかり食事をとられていらっしゃるでしょうか、眠れているのでしょうか……
不安は尽きないけれど、気持ちを切り替えて私は仕事に励んでいる。そうすることでセオドア殿下と出会ったことも忘れ去ろうとしていた。
朝、私の出勤時間は他の誰より早い。新人だからという理由もあるけれど、もっと打算的なものだ。
何事も真面目な印象を植え付けておいて損はない。誰もいない厨房を隅から隅まで観察するのも大切な日課だ。
出勤すると、まずは厨房の掃除から。ここでの私は一番の下っ端、厨房の掃除も仕事。加えて料理長のユーグは綺麗好き。副料理長のマリスは同じ物が同じ場所にないだけで気になる性格だ。
それなのにカトラ先輩の片づけは大雑把で詰め込むだけ……。となれば朝からいい加減な仕事は許されない。
掃除を終えると在庫の確認をする。備品の不足や、足りなくなった調味料を補充するのも私たちの仕事だ。一日で底を尽きるようなものはないけれど、私は毎日入念に残量を調べている。毎日確認していれば何がどれだけ料理に使われているか、割り出すことは容易い。
しばらくしてまずは先輩が。そして副料理長と、料理長が出勤してくる頃には厨房も賑やかになっている。
この厨房で作られる料理には二種類あって、セオドア殿下たちが口にするような主人に振る舞う料理と、私たち城で働く人間が食べる、とにかく量を優先したまかないの二種類だ。
さっそく料理長は調理に取りかかるので、今日も私は彼の動きを入念に観察していく。
皮むき業務を終えると、早めの休憩に入った私はいつもの指定席に向かおうとした。休憩室で休むことも出来るけど、世間話というものにはまだ慣れていない。
それに、何気なく歩いているように見えるかもしれないけれど、城に異変がないか観察もしている。私が居ながら何かあっては主様に合わせる顔がありませんからね。
そして見回りの成果か、見事に怪しそうな人物を見つけてしまった。
「あの子……」
私と同じか、少し下にも見える少女が困り顔で何かを探している。いくら年齢が若く見えても油断は出来ない。私だって立派に密偵を務めていた。迷ったふりをして内情を探るのは私もよく使う手だ。どこかの密偵なら阻止しておかなければ。
「どうかしましたか?」
声をかければ少女が振り返る。
「あ、助かりました! 私、父にお弁当を届けに来て、迷ってしまって」
「お父様?」
「料理長の、ユーグです」
「ああ、料理長の」
愛妻家で家族を大事にしていると個人情報にあったことを思い出す。
確か娘の名は――
「はい! 娘のリーチェです」
私が父親を知っていたことで安心したらしい。不安げだった表情がぱっと明るくなった。
「時間があるのなら案内しましょうか? 私が手渡すより娘さんから受け取った方が嬉しいと思います」
「ありがとうございます!」
これだけ元気にお礼が言えるのなら密偵ではないだろう。疑ってしまったことを申し訳なく思うが、これも職業病なので許してほしい。
厨房に案内すると料理長は初めて見せるような笑顔で娘を迎えた。でれでれというやつだ。
確かに自分と違って愛嬌のある、見るからに可愛いらしい娘さんだ。これだけ可愛ければ大切にもするだろう。
届け物を受け取った料理長は迷いやすいというリーチェを城門まで送って行く。リーチェは律儀に私にまで挨拶をしてから厨房を後にした。そんな二人の背中を見ていると、何故かジオンのことを思い出す。
私とジオンは親子ではないし、ましてや血の繋がりもない。それなのにどうしてあのお節介な人の顔が浮かぶの?
まるで料理の習得を急かされているようで、じっとしていられなくなる。幸い明日は休日だ。分を信じて待っていてくれる人たちのためにも料理修行を決行することにした。
翌日、料理修行を決意することにした私は市場で買い出しに励んでいた。非常に重要なミッションである。何故なら私の家には鍋やフライパン、ボウルなど、調理に必要な器具が存在しない。
そのはずが……
依然として買い物カゴの中は寂しい。私にとっては鍋一つ買うことすら難しいみたいです、主様。機密を盗む方がまだ簡単。先ほどから何を買えばいいのかわからず、店先で唸っている。
とりあえずフライパン? でも、フライパンだけで何種類もあるし……
改めに自分の料理の出来なさ加減に失望している。
「あれ? もしかしてサリアさん?」
声には覚えがあった。
「リーチェさん?」
「お買い物ですか? 随分熱心に悩んでいるみたいですけど」
「鍋が……」
「鍋?」
「リーチェさん! お願いします助けて下さい!」
事情を説明すると、リーチェさんは任せて下さいと快く了承してくれた。料理長から聞いた話では私よりも年下だというけれど頼もしすぎる。その上、リーチェさんは荷物持ちまで手伝ってくれた。どこまで天使なんですか!?
「本当にありがとうございます」
「どういたしまして。それにしてもこの方角ってことは、サリアさんの家とうちって、結構近いみたいですね。サリアさんは一人暮らしなんですか?」
「はい。家族はいません」
私たちが向かっているのは王都にある隠れ家の一つ。城にも通える距離なので、密偵をクビになってからはこの家を拠点に活動してい。厨房勤務であれば城の敷地にある寮で暮らすことも出来るけれど、実家通いの方が安心するためだ。
「すみません、私……余計なことを聞いてしまって」
家族がいないと言ったから? リーチェさんの声が沈んでいる。だとしたら余計なことを言ってしまったのは私だ。
「余計なことだなんて思いません。私、こうしてお話し出来て嬉しいです。おかげで寂しさが紛れました」
私にはこれまで仕事以外で気軽に話せる相手はいなかった。その主様も、悔しいけれどジオンもいない。リーチェさんのおかげで私は一時さびしさを忘れることが出来た。
「ここが私の家です」
「ここって……」
到着を告げると、リーチェさんは私の家と道路を挟んだ向かいを交互に見比べる。
「私の家も、ちょうど向かい側みたいです」
凄い偶然を驚きあった後、お互いに声を上げて笑う。さらにリーチェさんは素晴らしい提案をしてくれた。
「荷物運びはすぐにでも終わりそうですし、これからうちに来ませんか?」
そんな誘いもあって、私はリーチェさんの自宅、もとい料理長の自宅にお邪魔することになった。ちなみに料理長も実家通いだ。
リーチェさんのお母様は優しそうな人だった。父親は、あえてもう一度言おうとは思わないけれど。
リーチェさんはお客様だからと私を座らせ、パンケーキを焼くと言ってくれる。しかしそのようなことを言われては黙ってはいられない。
「よければ私にも作り方を教えてくれませんか?」
「こんなものでよければ……でも、父さんの方が美味しく作れると思いますよ」
「私はリーチェさんに習いたいんです。お願いします、先生!」
リーチェさんはひとしきり悩んだ後、頬を染めて言った。
「えっと、リーチェでいいからね? あの、よく見てて……サリア」
照れくさそうに材料を用意するリーチェとは料理を通じて仲を深めることが出来た。パンケーキの作り方だけではなく、リーチェは友達との過ごし方も教えてくれた気がする。
作ったパンケーキを食べながら、私は苦手としていた世間話をすることになった。
「でも、不思議ね。こんなに近くに住んでいたのに、サリアのことは初めて見た気がするわ。ご近所なら顔を合わせていてもおかしくないんだけど」
「恥ずかしながら不健康な生活を送っていたの。近所付き合いも、下手だったかな。でもこれからは生活を改めようと思って」
「それで料理道具を揃えたり?」
「私、訳あって転職をしたの。前の仕事では料理をする必要がなかったけど、これからは料理を覚える必要性をせまられているところよ」
「大変なんですね」
「そうなの! だからお願い! これからも私に料理を教えてくれない? 料理って難しくて、一人だと何を作ればいいのかさえわからない」
料理長の手際を再現するだけなら私の技術をもってすれば可能だ。けれどいつ、何を作ればいいのかがわからない。
「食べたいものを作ればいいんじゃない?」
「食べたいもの……」
「えっと、何かない? 肉とか、野菜とか、これが食べたいなーって」
リーチェからの問いかけに、私は真剣に考え続けていた。
「そういうものを一つ決めて、そこからメニューを考えていくの。寒い日だったら温かいものとか、そんな感じね。あとは……そうだ! もう一度出掛けることになるけど、買い物に行かない? 一緒にご飯を作りましょう」
ぜひにと頷いた私が案内されたのは野菜を扱う店だ。何か作りたいものがないかと聞かれた私は、とっさに野菜で身体が温まるものと、主様の好みを伝えていた。そんな私の願いから、夕食には野菜たっぷりのスープが並ぶ。
「サリアの作ったスープ、美味しかったよ」
リーチェの笑顔を見ていると、私の胸はあたたかな心地になる。ほかほかと、身体の内側から沸き上がる満たされるような感情はりリーチェが教えてくれた。
「誰かに美味しいと言ってもらえるのは、とても素敵なのね。ありがとうリーチェ。リーチェのおかげで知ることが出来た」
仕事を認められるのはもちろん嬉しいけれど、厨房で誰かに褒められるのとはまた違うと実感する。
夜も更け、料理長が帰宅すると、当然ながら盛大に驚かれる。
家族の団らんを邪魔してはいけないので早々に立ち去ろうとすれば、料理長がわざわざ扉の前まで見送りにやってくる。厨房では大声で指示を飛ばす人なのに……
「リーチェに聞いた」
料理長は何をとは言わない。それは私の家族のことか。あるいは料理のことか。それとも両方か。いずれにしろ、料理長は私に何か言いたいことがあるらしい。
「その、なんだ。いつでも来い。お前、家近いんだろ?」
照れ臭そうにそっぽを向きながら告げる。
「そうなの! サリアね、お向いさんなのよ」
割り込むリーチェに「本当に近いな!」と料理長は驚きの声を上げていた。
リーチェという頼もしい先生が誕生したことによって、私は城のレシピだけでなく一般家庭の味も習得出来ることになった。




