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91 ジーパン

 我々の苦しい言い訳に、本当におたずね者じゃないんだろうねと再びあらぬ疑いを受けたり。

 譲ってもらった生成りのズボンを、大森林で採集した染料で染めたり。

 ついでに手持ちの丈夫な布を一緒に染めて、息子さんのズボンを縫い直すおかみに手間賃と共に渡したりする内に渡ノ月の最後の日になった。

 深い青の染料を選んだためか、染め上がったズボンはどことなくジーンズ感がある。その懐かしいおもかげは、たもっちゃんと私に若干の軋轢を生んだ。

「デニム」

「ジーンズ」

「デニム」

「ジーパン」

「リコ、何で呼び方が段々さかのぼって行くの?」

 それはな、どうしようもなく魂に刻まれた呼びかただからだ。

 サイズを直してもらったズボンをはいて、忘れ物がないかを確認してから部屋を出る。

 きしむ階段を一階に下りると、宿のおかみとめずらしく主人がカウンターの外にいた。

 そこで話しをしている相手は、ゴブリン討伐に一緒に行った警備兵のリーダーだ。

「出発っすか」

 階段を下りる我々に気付き、男が顔を上げて言う。それにもにゃもにゃ、ああどうもー、とか答えていると、おかみが小さい革の袋を差し出した。

「ちょうどいい。受け取っとくれ」

「何ですか?」

「宿代だよ。二泊分あるはずだから、ちゃんと数えるんだよ」

 宿屋の夫婦と警備兵の男は、この話をしていたらしい。

 いやホント困るんすよと訴えた結果、ギルドへの報告は我々が去ってからと言うことになった。それだと報酬は受け取れないが、それも含めてこちらの都合だ。

 こちらと言うか、メガネと私の体質の。

 ただ働きになったテオには、さすがに悪いと思ってはいる。その辺は、これからの食費とかで埋め合わせをしたい。

 だからゴブリン討伐でギルドから出る報酬は、私たちには関係がない。と思ったら、すでに払った宿代が返金される形で戻った。

 気を利かせたのは、この警備兵の男だったらしい。

 冒険者はギルドを通さず現金を得てはいけないが、返金ならば報酬にはならない。その結果、無料で得ることになるサービスや食事も現金ではないので問題にはならない。

 宿屋には、あとでゴブリン討伐の報酬の中から宿代が支払われるとのことだ。運動部みたいな話しかたとは裏腹に、リーダーの気の使いかたが繊細。これが隠密と言うものか。

 たもっちゃんがリーダーの男と話しながら宿を出るのに付いて行くと、外はそこそこ人でいっぱいだった。

 もしかすると、この小さな町の住人はほとんど集まっていたかも知れない。ちらほらと軽く手を上げているのは、町の警備兵たちだ。

 なにかと思えば、見送りだそうだ。

 それはいい。いいのだが、なんかこう。表情がおかしい。恐らく感謝もあるのだろうが、どう見てもそれだけじゃなかった。

 多分これ、やることなすこと割と余計なことばっかりの、できの悪い子を見る時の顔だ。

 我々のぬぐい切れないうさんくささが、彼らにそうさせるのだろう。忍びない。

 まあ一応恩人なのは間違いないし、深くは聞かないがほどほどにしとけよ。みたいな感じで送り出されて、私たちはこの小さな町に別れを告げた。

「さっきさー、なに話してたの?」

 警備兵のリーダーの男と。

 私が問うと、たもっちゃんは歩きながらに「あぁ」と言う。

 住民総出で見送られ、さすがにドアのスキルを使えるような状況ではなかった。そのため普通に町を出て、のんびり田舎道を歩くことになったのだ。

 まあ、ドアさえあれば移動できるし。のんびり行こうと言ってたら、田舎道にはホントなにもなくて結構歩いた。ドアないよ、ドア。

「多分、探り入れられてたんじゃないかなぁ」

 あの小さな町で警備兵のリーダーを務める男は、その実油断ならない隠密だ。話しかたが運動部っぽいから間違いないんだ。

 その彼にしたら、我々は色々気になる要素でいっぱいだろう。

 飛び抜けて凄腕の剣士はいるし、なのに報酬は取らないし。しかも人目を避けている。

 それに、もしかすると隠密は情報を共有しているかも知れない。

 だとしたら、心当たりがあったとしてもおかしくはなかった。我々とよく似たメンバーで構成される、チームミトコーモンと言うものに。

 このパーティ名、そろそろ改名してもいいような気がする。

 しかし、だとしたら。我々は大森林にいるはずだ。それが昨日の今日みたいな感じで、こんな所に現れるのはおかしい。

 それに、きっと。

 彼らが一番気にする話は、あれだろう。

「ほんとに話し方で薬売りとか隠密とか解るのかどうか、確かめたかったんだと思うけど、下手に探り入れたら墓穴になるじゃん? どう探ったらいいか、困ってたみたい」

「そうかあ、困ってたかあ」

 じゃあ、あれだな。バレてるな。ミトコーモン。まあ、設定がいっぱいの金ちゃんもいるしな。そりゃな、バレるわ。

 しかし安心して欲しい。

 我々は、証拠がなければセーフ方式のヴァルター卿イズムをちょっとだけ信仰している。その理論で行くと、今回はセーフだ。

 あの町しばらく行けないねとか能天気な感じで言って、たもっちゃんはスキルを使ってドアを開いた。

 道端でやっと見付けたボロボロの納屋から、ドアを開いてつなげた先はローバストにあるベーア族の村。リディアばあちゃんが管理する、たもっちゃんのこだわりの家だ。

 大体の人は、日中活動するものだ。まだ午前中のこの時間に訪ねたら、家にいる人と会うかも知れない。それはさすがに予想した。

 と言うか、リディアばあちゃんの様子を一回見ておきたかった。また家の管理費や、リンデンの首輪に溶かす魔石なども渡したい。大森林のおみやげもある。

 それに、なんだかんだであれはうちのメガネが建てた家だ。いるとしても孫たちか、リンデンくらいのものだろう。

 いやー……ホント。

 なんでなのか解らない。

 失敗と言うものは、しようと思ってするものではない。

 そのことを、私たちが思い出すのはいつも失敗してからだ。

 ドアを開けると、声がした。

「……君達は、大森林に居るのではなかったか?」

 神経質そうな雰囲気そのまま、ひんやりと温度のない声だ。しかしそれはほんのりと、戸惑いをにじませているようにも聞こえる。

 ドアのスキルで移動した先は、台所だった。

 そこではなぜかエプロン姿の事務長が、じっくりとオムレツなどを焼いていた。

 本当に、意味が解らなかった。

「ドアのスキル? ほぅ、転移の陣なしで距離に関わりなく一瞬で移動できると。成程。この事、他には?」

「リディアさんと、公爵さんくらい……ですかね」

「公爵様がご存知なのか」

 台所のイスに座ってタンタカタンと床を打っていた足が、ピタリと止まる。そこでやっと、事務長のピリピリした空気がほんの少しやわらいだ。

 アーダルベルト公爵が承知で、認めた上で好きにさせているなら。ローバストが口出すことではないかも知れない。

 片手をあごに触れながら目を伏せて、どことなく残念そうに事務長は言った。

 あっぶね。

 公爵すごい。権力つよい。このままどうにかこうにかされるかと思った。

 事務長は、いきなり帰宅した我々をかなり露骨に怪しんでいた。

 すぐさま整列させて尋問的な質問を重ね、短時間で効率的に大体の事情を把握したのはさすがと言うべきなのだろう。こっちは全然、釈然とはしないが。

 そもそも、なんでいるのかって話だ。

 最初、我々は移動先を間違えたのかと思った。だがしかし、そうではなかった。

 ローバストの騎士より強い文官の長、ハインリヒ・シュヴァイツァーが獣族の村の人んちでしれっと卵を焼いていただけだ。

「あぁ、言ってなかったか?」

 伝えるのを忘れていたと今気が付いたみたいな感じで、エプロン姿の事務長が言う。

「この近郊に圧縮木材の加工所を作っている所でな、城から視察に人を出す事も多い。そこで、文官や騎士の宿泊所に使っている」

「えっ」

「稀にだが、マルセロも家族連れで泊まりにくるらしい」

「えぇ……?」

 それはあれだな。多分仕事関係ないな。

 マルセロは黄色い髪とヒゲを逆立てた、ローバストの騎士団長だったような気がする。

 たもっちゃんの建てたこだわりの家は、いつの間にかにお役人たちの保養所扱いになっていたようだ。意味が解らない。

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