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189 8ビット

 懐かしゲームを思わせる8ビットの荒いドットでカラフルに、視界の端に出てきた通知はあれだった。

 たもっちゃんにより魔改造された、我がアイテムボックスの新着通知だ。

 リニューアル後の新機能として、あちらで新しくなにか収納したらこちらにも通知が見えるようになっていた。しかもそれだけでなく品物を収納すると自動的に名前が付くし、またそれを書き変えることもできるのだ。

 聞いてないし多分だけど、私には解る。

 なぜなら今まさに見えているアイテムボックスの表示には、すでに名前をいじったらしき最新履歴でつらつらと文章ができあがっていたからだ。

 このアイテムボックスにつながっているのは私とメガネだけなので、送信者は確実にメガネだ。

 文面としては、


 >たすけて

 >陽キャが

 >たたみ掛けてくるの


 みたいな感じ。なにやってんだあいつ。

 とりあえず手持ちの謎レンガのお菓子を一つだけ別にアイテムボックスに入れて、題名をいじって返信を試みる。


 >おちつけ


 古いタイプのデジタル民として、右クリック+Mを意識してやってみたらできた。

 最新履歴に自分のメッセージがポコンと表示されるのを見て思ったが、これあれだ。チャットだわ。

 無意味に常駐したチャットルームで内容のない、どうでもいい会話を延々としていたあの頃のことを思い出す。お陰でムダにタイピング技術が爆上げになった。

 私の送ったメッセージに対して、たもっちゃんからの返信がくる。


 >おいしい


「食ってんのかよ!」

 反射的に私は叫んだ。

 いやいいけど。食べても別にいいんだけどさ、なんなの。

 陽キャに詰められてるんじゃないのか。どうなってんだ。泣きながらお菓子食ってんのか。なんなんだ。

 そんな感じで私が混乱していると、レイニーと金ちゃんが「なんなのこの人」と言わんばかりに体を引いているのに気付いた。

 アイテムボックスのインターフェースは自分にしか見えない。

 当然チャットの内容もうかがい知れず、周りからすれば今の私は一人で勝手にいきなりキレた人だった。

 なるほどね。それは距離を取るかも知れないね。なるほどね。やめて。

 金ちゃんはなにもしゃべらないのに、その態度の饒舌さはなんなの。

 とりあえず一人で限界を迎えつつあるメガネの波動はキャッチしたので、すぐにギルドへ向かうと送る。返事に「かゆうま」などときたので、意外に余裕はあるのかも知れない。


 王都を走る馬車と言う名のタクシーを捕まえ、昨日ぶりになる冒険者ギルドを訪れた。

 我々があとからくることは、フーゴから聞いていたようだ。窓口で用件を伝えると、すぐに別室へ通された。

 そしてやはり昨日と同じく個室に連れ込まれたメガネは我々が案内されると同時に、ものすごい勢いで抱き付いてきた。

 金ちゃんに。

「金ちゃん! 金ちゃん! ごめんよぉ! 昨日は役に立たない弁護人みたいに言って、ごめんよぉ! 一人じゃないって大事な事だって、俺、ちゃんと気が付いたからぁ!」

 金ちゃんのむきむきした体に抱き付いて、涙を流さんばかりに叫ぶメガネに私は察した。

 昨日ギルドにきた時と違い、複数の技術申請をしたことで、それか、もしかしたら昨日から今日に掛けてぼろぼろとお金になりそうな知識を振りまいたことで、本日の追求は昨日の比ではなく苛烈なものになったのだろう。

「たもっちゃん。たもっちゃん。自業自得って言葉知ってる?」

「知ってるけどリコには言われたくない」

 この状況を招いたのは貴様だと言外に込めて問い掛けてみると、金ちゃんのお腹の辺りからそこだけキッパリ反論がきた。せやな。

 互いも自分も不用意に傷付けずにいられない、抜き身のぽんこつナイフのような我々を大人のほほ笑みで見守っているのはフーゴとギルドの職員だ。

 その一人、シャツの胸元がフリーダムなほうはどうやらメガネと私の会話のムダさを知っていたようだ。ちょうどいいところで口をはさんで、注意を自分に向けさせる。

「もういいかな?」

 うん。お待たせ。

 話を進めるフーゴによると登録すべきものはすでに申請を終わらせて、ペーガー商会との専売契約も交わされたとのことだ。

「じゃあもういいじゃん。帰ろうよ」

「それがさぁ、リコ。聞いてよちょっと」

「受けて欲しい依頼があるんだ。依頼出したの、僕なんだけどね」

 にっこりと。

 ふところにするりと入り込むように、長ったらしく頬に掛かる髪をかき上げ軽薄そうに遊び人が笑う。もしもここが歌舞伎町なら訳も解らずドンペリタワーを入れてしまうところだ。恐ろしい。

 しかし、異世界ホストのおねだりはドンペリではなかった。異世界にドンペリはないのかも知れない。

「王都からローバストまで僕を送って欲しいんだ」

「ふぁー」

「君達の話を聞いてると、時代がローバストにきてる気がするんだよね。パンもラーメンも木材も。だから一回見に行くのもいいかなって。父にはもう話してあるんだ。君達が護衛してくれるならって条件を付けられたけど、あれはきっと安全よりも僕が途中で遊ばないかを心配してるようだねえ」

 口から変な音が出た私の異変はシカトして、フーゴはへらへら笑いながらにぐいぐいさりげなく我々を埋めた。

 普通は外堀を埋めるものなのだろうが、我々とフーゴの間に堀はない。あるのは陽キャと陰キャの断崖だけだ。

 我々は多分谷底にいるので、崖の上からちょっと砂を落とすだけでもよく埋まる。

 そんな気分で私はフーゴに確認を取った。

「それ、我々が断ったらローバスト行き自体なくなるから気に病めよって言ってます?」

「おっと、そう聞こえた?」

 フーゴはにっこり笑みを深くして、しかし否定しなかった。

 なるほどこう言う感じかと。くるっと振り返ってメガネを探すと、奴は金ちゃんの後ろから顔だけ出して「な?」と一言同意を求めた。わかる。これ、ああ言えばこう言うタイプの奴だ。

 この依頼、一応抵抗はしたのだが、結果としては断れなかった。

 さすが商人の子と言うか、どう断ってもフーゴがうまいことおしゃれかつ笑わせる感じで言い返してくるのだ。

 しばらく会話していると、これはもう、あれじゃない? ここでごねて消耗するより、雑にちゃっちゃと送ったほうが話が早いしお互いのためじゃない? そんなあきらめが我々の心を支配した。

 戦略的撤退である。被害を最小限に抑えると言うか、肉を切らせて骨を断つのだ。なんか違うかなと言う気はしてる。

 依頼を最速でこなすべくこちらからちょっとした条件を付け足し、それをあちらが了承するとギルドを通して依頼を正式に受諾する流れとなった。

 依頼が通ってフーゴはうれしそうだったが、こちらとしてはなんとなくくやしい。ぐいぐい押せばいつも勝てると思うなよ。今回は我々あっさり負けてるけども。

 軽薄な依頼人はうきうきしながらにこやかに、旅の準備をするとのことで一旦去った。またあとでペーガー商会に集合する手はずだ。

「関係ないけど手はずって言うとそんな意味はないのに悪だくみ感が出るよね」

「何それほんとに関係ないじゃん」

 いきなりなに言ってんのと振り返る、たもっちゃんの足元は十段にも満たない階段だ。

 近所には似たような家がぼこぼこ並び、洋風の長屋みたいなタウンハウスが連なっていた。それらはレンガ造りで二階建て。通りより高い位置にある玄関までは、短い階段でのぼるようになっている。

 レイニーと私は、この家に前にもきたことがあった。たもっちゃんがいそいそ叩く玄関の扉は、かつて出会った錬金術師、ルディ=ケビンの自宅のものだ。

 また、ここにやってきてしまった。

 変態的にはちゃんと用事があるとのことだが、多分確実にアポはない。

 中からくぐもった返事があって、鍵の開く音がする。扉が開き切るのも待ち切れず、たもっちゃんはぐねぐね体をよじらせて叫んだ。

「あの! あの! 久しぶりだねぇ!」

「えっ、あのっ……あっ」

「リューダ、いけない!」

 中から戸惑いの声と叱責が聞こえて、玄関がすごい勢いで閉ざされた。

 なるほど。変態の対応としては正しい。

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