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182 反抗期

 我々は、自分で思うよりクズなのかも知れない。

「先送りの多い人生を送ってきました」

「うん。何と言うかそれは、反省するのが少々遅い様に思うな、私」

 質の悪い冷凍で死に、解凍でもう一度死んだ魚のようなどろ付いた瞳で。じっと床を見ている私にやたらと優しい顔で言う。

 それは美貌のアーダルベルト公爵だった。

 なぜだろう。気品あふれるほほ笑みが、今は胸に刺さって仕方ない。

 渡ノ月が明けてすぐ、我々はしぶしぶ、心の底からしぶしぶと、王都に向かって公爵家を訪ねた。

 正直全く気乗りはしないが、あんなにはっきり呼び出されたら我々もさすがに正座覚悟で行かざるを得ない。

 しかしうまく行かない時はなにもかもうまく行かないものらしい。ただ王都にくるだけで、ちょっと一苦労だった。

 クマのジョナスを筆頭に村の料理人たちにダンジョン産の調味料を巻き上げられて、家の管理をお願いしているリディアばあちゃんには魔石やお金を適当に渡した。

 それからエルフたちとはここでお別れになると気付いたメガネが行きたくねえと泣き崩れ、「あれまァ」とあきれたクマの老婦人により家からぽいっと放り出された。仕事に送り出す時のばあちゃんは強い。

 しかし、ここまではまだいい。なんとなく解らなくもない。

 ただ、エルフの里で大放出したラーメンをまた充分に補充して、じゃあ行くかと船に乗ろうとした時に、それは起こった。

 金ちゃんの反抗期である。

「反抗期? ……トロールに?」

 宝石のような淡紅の瞳をわずかに見開き、それから細め、優雅な指先で口元を押さえて公爵が言った。

 解る。全く意味が解らないのが解る。

 と言うかむしろ、反抗して当然なのではないかと言う気さえする。トロールってなんか、そう言うもんみたいだし。金ちゃんがこう、ほら。意外とできる子なだけで。

 公爵家のプライベートな居間に通されて、私はふかふかのソファの上で悩ましく眉の間をぎゅっとした。

「いや、反抗期と言うか。なんかすごい機嫌悪いって言うか。船に乗せようとしたら仁王立ちで抵抗するし、乗せたら乗せたで飛んでる船の真ん中ですごい凛々しく仁王立ちするし、途中でドアくぐろうとしたら仁王立ちで微動だにしないしで」

「仁王立ちって、反抗の手段だったかな……」

 公爵さんは上品なティーカップをテーブルから持ち上げ、その中を覗き込みながら納得しがたいようにぼそりと言った。

「わかる」

「わかる」

 たもっちゃんと私はうなずく。

 気持ちは解る。ものすごく。だがあの筋肉にまみれたトロールが本気で仁王立ちすると、人間ごときにはちょっとどうしようもない。

 途中でドアをくぐろうとしたのは、たもっちゃんのドアのスキルで移動距離をショートカットするためだ。

 しかし道中なかなかいい感じのドアがなく、あっても人がいたりして使えなかった。それで結局だらだら船で移動して、やっと森の奥に古い狩猟小屋のようなものを見付けた。

 どうやら打ち捨てられてから、しばらく経っているらしい。廃屋と言って差し支えない小屋は、全体的にゆがんで見えた。その廃屋めいた入り口に、反抗期の金ちゃんを押し込もうとすると抵抗を受け、もろくなっていたドアがめきめきもげるなどの事件もあった。

 荒ぶる思春期の破壊衝動が止まらない。

 子育てって大変なんだなと思った。金ちゃんは子供ではないような気もする。

 と言うか、正直なところ。

 金ちゃんの機嫌が悪い原因に、思い当たるところはものすごくあった。

「水あめ切らしちゃったんですよね、私」

「水飴?」

 したたるような蜜色の髪をとろりと揺らし、公爵が頭を軽く傾ける。

「水あめって言うか、水あめの草なんで、やっぱ水あめなんですけど」

 逆に、今までよくもったほうだとも言える。あれは純白砂糖を植え付けた荒野のダンジョンでむしったが、それも一年近く前の話だ。

 単純に、私が遠慮も手加減もせずむしりにむしっておいたお陰で今まで在庫がもったと言うだけのことで。

 あれは子供によく受ける。それだけに、水あめの草を切らしたことは、村の子供のブーイングを呼んだ。

 獣族のもふもふとした子供らは、水あめがないなら貴様に用はないとばかりに私から去った。我々はドライな関係なのだ。

 だが金ちゃんにしてみたら、そんなことは関係がない。ただ解るのは、今までは練った水あめきっちり半分上納してた子供らが今回に限ってなぜか近よってこないことだけだ。

 普段なら、金ちゃんは上納を受け取る代わりに子供とはドスコイと遊んであげていた。この滞在ではそんな交流さえなくて、いつもなついてくる小さき者がめちゃくちゃドライに距離を取るのだ。

 これは強き者として、金ちゃんの自尊心を傷付けたかも知れない。

 ボロ船の進行方向に顔を向け、仁王立ちしたトロールの背には悲しみがあった。ような気がする。私が勝手に言ってるだけなので、ホントかどうかは解らない。

 話がそれた。

 ぴかぴかにみがかれた居間の床にどっかり座り、公爵家の人に出してもらった焼き菓子をレイニーと二人でむしゃむしゃむさぼる金ちゃんを、ぼんやり見てたらそれに気付いた。

 そうだった。我々は、公爵に相談する途中だったのだ。

「ああ、そうだ。それで、魔族の話なんですけど。うっかり一年くらいしまいっ放しで忘れちゃってて」

 これ、どうしたもんですかね? と。

 たもっちゃんと私はマジ困ってるんすと美貌の公爵を正面から見詰めた。

 公爵はそれに、美しく整えられた指先で頭が痛いと額を押さえた。


 結論を言うと、今存在している人族の国で、魔族の国と付き合いのある所はないらしい。

 つまりアーダルベルト公爵としても、魔族の話を振られてもそんなん俺かて知らんがな。と言うところらしい。

「なんだ。知らないんですか」

 マジか。帰るか。

 メガネと私が同時に立ち上がろうとしていると、あきれたか、それとも一周回ってあきらめたのか。公爵は淡紅の瞳を疲れたようにうんざりと細めた。

「待ちなさい。話はまだあるから。自分達が満足したらすぐ帰ろうとするのやめなさい」

「えー」

 そう言えば、公爵さんに呼び出された印象はあったが、なんで呼び出されたのかはちょっと忘れ掛けていた。

 なんでだっけと考えてみたら、あれだ。ズユスグロブのことだった。

 そうだった。お砂糖の産地に迷い込んだ時の話をなんとか穏便に伝えなくてはと悩んでいたら、段々と考えるのがめんどくさくなっていたのだ。そしてそのまま放置していた。

 この面倒になると投げ出しがちな感じ、我々のチャームポイントなので見逃して欲しい。

 できるだけ傷の浅い話しかたをもたもた模索していたら、もういいから最初から全部白状しろと静かにキレ気味のお達しを受ける。

 もしかしたら公爵さんは、人の心が読めるのかも知れない。

 ズユスグロブの入ってはいけない農地に入り、地主の屋敷に連れて行かれ、そこで出会った若様の呪いをぐいぐい押しつつお茶を飲ませ、小金を稼いで颯爽と去ってきたことなどを。洗いざらい白状したら、公爵さんはちょっとだけ優雅をかなぐり捨てて頭をかかえた。なんか、よっぽど余程のことらしい。

 心配でいっぱいの公爵さんからお説教をいっぱいもらい、要約すると、もっと、考えて、行動しろ、と言い含められた。ごもっとも。

 アーダルベルト公爵は若様のくだりでなんだか遠い目をしていたが、これからは気を付けるようにとだけしょっぱく言われた。もうなんか、どこから注意したものか解らなくなった感がものすごくする。

 結局のところ、お砂糖侯爵のことについては今は深く用心するしかないらしい。我々について調べてるとは言っても、まだ調べてるだけだ。あちらの意図ははっきりとは解らず、実際にはなにも起こってはいない。

 公爵も警戒はしてくれるとのことだし、なるようにしかならないような気もする。

 では、と我々はソファを立った。

 校長先生のお説教と注意は受けたし、知りたかった魔族については解らない。考えてもムダなら、リリースは早いほうがいいだろう。

 依頼済ませてこれから行くか、魔族領。

 みたいな感じで話していると、校長先生こと公爵が、ものすごく微妙な顔で言う。

「テオの姿がない様だけど」

 いいのかい? と。

 表情で問われ、私は。そして、メガネは。

「……忘れてない、ですよ?」

「……迎えに行こうと思ってました、よ?」

 なんでもなさを装いながら、きょどきょどと視線を泳がせた。それを公爵はどこか悲しげに見やり、同情いっぱいに呟いた。

「彼の事……もう少し思い出してあげても良いと思うなぁ、私」

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