181 ごめん
その夜、私は頭をがっしりつかまれて目覚めた。
いや、頭と言うかつかまれているのは顔面で、人間の手の平と指が視界いっぱいに広がっていた。アイアンクローの状態である。
「えっ、なに? えっ? なにこれ? えっ、こわい。えっ? ええっ?」
「お黙りなさい。集中が乱れます」
「ええー……」
なんと言う理不尽。まるで、こちらが空気を読めていないかのような言い草。
私をぴしゃりと叱り付けたのは、明らかに女性の声だった。
しかし、レイニーとは違う。
顔面に食い込む細い指の間から、うちの天使がかなり神妙な顔付きでこの手の主から距離を取っているのが見えた。自分だけ逃げてずるいと思う。金ちゃんは寝てた。
ローバストにあるクマの集落、ヴィエル村の我が家の居間だ。渡ノ月の最初の夜。部屋がないのでそこで寝てたら、こうなっていた。なぜなのかは解らない。
結論を言うと、アイアンクローの犯人は天界からきたレイニーの上司さんだった。
まぶしく輝く光の玉の姿ではなく、青竹色の瞳を持った嘘みたいに綺麗な女の形だ。
そしてこの世のものとは思えない、そして実際この世のものではない上司さんは、私をわしづかみにした逆の手でうちのメガネをわしづかみにしていた。
なぜなのか。
「なんとなくひどい目にあったような気がする」
謎のアイアンクローから解放されて、私は薄暗い居間で膝をかかえてぼんやり呟く。
我々に謎の儀式を行った上司さんはぷりぷりと、こっちだってムリを通して大変だったんだとものすごく訴えてからすでに帰った。文句を言うのは訳の解らないこちらではないかと思ったが、口をはさむすきもなかった。
そうして聞かされた不満いっぱいのぼやきによると、今夜は、前にいちゃもん付けてむちゃぶりしてきたお使いの件できたらしい。
エレ、ルム、レミをこの村に迎えるきっかけになった、例の天界からの指令の話だ。
あの時、たもっちゃんは持ち前のウザさで食い下がり上司さんに対価を約束させた。
なにを求めたのかは知らないし、私はただくっ付いてって言われた通りに薬を渡したりしただけだ。ついでにラーメンとの邂逅があってよろこびのゴリラに目覚めたり、時間が少し空いたのもありちょっと本気で忘れてた。
その対価を、たもっちゃんは今夜受け取ったらしい。
まあ、その辺の詳しい話を聞いたのは翌朝になってからである。
なんかもう訳解んねえよなっつって。その夜は現実から逃げるように寝た。
朝になり、たもっちゃんは言った。
「スキルはさ、駄目だって最初に言われてたからさ。抜け道を考えてたんだよね。そしたらさ、新しいスキルは駄目だけど今あるスキルを共有するのは大丈夫って言うからさ。頑張ってリコのアイテムボックスに俺もアクセスできるようにしてもらっちゃった」
「ねえ、それ私聞くの初めてだけど。ねえ。事後承諾ってなんなの? ねえ」
「そして! 俺も使えるようにして! カスタマイズしたアイテムボックスが! こちらになります!」
「なあ、おい聞けよメガネ」
たもっちゃんは睡眠不足のぎらぎらとしたテンションで、私の声を全部ムシしてリニューアルしたアイテムボックスを大公開した。
いや。公開したと言うか、アイテムボックスはそもそも外からは見えない。むしろ、自分でも視覚的には見ることができない。なんかこう、大体の感じで感覚的に使えるだけだ。
あれをどう言えば伝わるのか難しいところだが、ぽいぽい詰め込んだ袋の中身を目で見ず手探りで取り出すのに似ている。ような気がする。上のほうに次々入れて、上のほうからぽいぽい取り出しがちな辺りが。
つまりすごい前に放り込み、割と忘れてそのままのものとかも結構よく大量にある。仕方ない。アイテムボックスとはそう言うものだ。私が片付けられないゴリラだと言う理由も、あるにはあるが。
だから、私はおどろかされた。
そして、こいつなにやってんだと思った。
見て見てとうるさいメガネにねだられるまま、私は自分の中のアイテムボックスに意識を持って行ってみる。
すると、その瞬間に。
視界がポップな色合いで染まった。それは四角いドットで表現された、まるで懐かしの8ビットゲームだ。
荒いドットで描かれたひらがなのメニューがピコピコと並び、草やら肉やらのイラストらしい雑なアイコンを選択するとそこに分類されている手持ちの素材がずらずら表示される仕組みだ。
私には解る。これはもう完全に、たもっちゃんの趣味だと。
アイテムボックスの使い勝手が、ゲームの成績を左右する。
これはうちのメガネの持論だそうだ。
そのために、私のアイテムボックスを勝手に共有したメガネは、これまでのゲーム人生でつちかってきた知識とこだわりでアイテムボックスのインターフェースを構築、実装したようだった。
なんかここまでレトロゲーム的に完成度が高いと、よくできたなの気持ちより、よくやろうと思ったなと言うあきれが強い。
本人いわく。
「何かー。やってみたらー、できた」
とのことだ。
口ぶりはどこまでもふざけているが、実際の作業としてはやはり簡単ではなかったようだ。
このアイテムボックスの魔改造に一晩掛かって徹夜して、その日の日中は死んでいた。
どうだとばかりに得意げに、たもっちゃんはへらへらと笑った。そして「へへっ……やってやったぜ……」と、眠たそうにしながら愉快犯のような供述をした。恐ろしい。全て寝不足がそうさせるのだ。
いやいや、これまで大体で使えてたじゃん。それをわざわざ苦労してまで改造て。
そんな、ネットサービスがリニューアルされて改悪じゃんととりあえずうるさい古参ユーザーのような反発も心の中に芽生えたが、いざ自分も使ってみたら割とよかった。
トップページには放り込んだものの履歴が新しい順に表示され、画面の端には検索窓まで付いている。これで素材を探す手間と時間がかなり省けることだろう。
この最新履歴がまた別の意味でやたらと便利に使えたのだが、その話はまた後日。
あと、こうして視覚化されてしまうと改めて草がめっちゃある。
さすが私だ。ヒマさえあれば草をむしってきただけはある。思った以上に大量の在庫をかかえてた。やばい。
いや、別にやばくはない。
このアイテムボックスに限っては、入れたものがいたんだりすることもない。その内に売ったり使ったりもするだろう。
このいつか使うかもの精神が片付かない部屋の原因と言う気がするが、これは部屋ではなくてアイテムボックスの話だからセーフだ。多分。セーフだと思う。
ただ、なんか色々結構あんなと思いながらにポップな画面を眺めていたら、気付いてしまったことがある。
アイテムボックスに生きたものは入れられないが、スキルの茨に巻かれたものは時間ごと眠らされている。そのために、なんか知らんが収納できた。
これまで少なからぬ生き物を巻いてはきたが、その中で、忘れてはいけないのにすっかり忘れていたものがある。魔族だ。
去年の夏にアーダルベルト公爵家が襲撃された時、主犯として捕らえた異形の男を茨のスキルで巻いたまま、アイテムボックスにしまい込んでいたのだ。
やばい。
そう、片付けられないくらいがなんだ。やばいとは、このようなことを言うのだ。やばい。
なんと言うことだ。我々は、うっかり忘れて去年の夏から魔族を一人アイテムボックスに監禁していたのだ。
あまりのことに、私はあせった。
そして、そっと顔をそらしてアイテムボックスの画面を閉じた。
「監禁などなかった」
「いやいや、リコ。無理だから。さすがにこれは無理だから。俺ら、ほとんど一年魔族監禁してしかもそれを忘れてんだよ……」
嫌だ。
どうにかなかったことにもみ消して欲しい。
アイテムボックスで眠らせた魔族は、公爵家の高そうなお屋敷をボコボコにした犯人である。茨に巻いたのはその襲撃の結果であって、やむなくのことだ。
その時、彼は悪魔に精神汚染を受けていた。
本人に犯行時の記憶があるかも怪しく、当の悪魔はレイニーの上司さんによりすでに回収されている。これ以上の汚染は受けないものと推察されて、だから、あとは茨を解いてリリースするだけの状態ではあるのだ。
しかし、魔族が住むのは別大陸だ。その辺で適当に解放してみてもいいが、魔族は人族からも獣族からもうとまれる。もしかすると、無事に魔族の国まで帰れないかも知れない。
その頃の我々はあわてて逃げている所でもあり、なんとなくめんどいねと後回しにして、うっかりそのまま現在にいたる。ごめん。




