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128 カニの家

※水難事故と遺体についての描写があります。ご注意下さい。

 我々が孤児院とした元倉庫の建物は、いまやカニの家と呼ばれているらしい。

 残りの罰則ノルマを消費するため漁師の船に乗せてくれないか交渉したら、「なんだ。あの蟹の家の奴か」みたいな感じで割と普通に乗せてもらえた。

 それは助かる。助かるが。

「カニの家ってなんなの」

「蟹持ってったら絶対に買う変わりモンがいるっつってよ、評判になってんだ」

 漁師は船をこぎながらこづかいが稼げてほんと助かるからまた買えっつってたし、こちらもカニは好きだからいい。ただ、全然納得できないだけで。

 私には解る。これは今さらこざかしい名前を付けたところで定着しなくて、ずっとカニの家って呼ばれるやつだ。

 あれみたいじゃない? 雰囲気として、カニ専門の料理店みたいじゃない?

 やだー、困るー。と私は船に揺られながらに常識的に困惑したが、たもっちゃんはすぐ横でじゃあでっかいカニの模型でも入り口に飾ろうかななどと検討していた。

 道頓堀によせるんじゃない。

 メガネがメガネに共感してか、食い倒れ太郎も作ろうぜなどと言っている間に、漁船は海上のポイントに着いた。

 それは陸地から相当に遠く、漁師も普段はこないような沖だ。

 ここで二つ目にこなす罰則依頼は、何年も前に沈んだ沈没船のサルベージである。

 と言っても、この海に沈んでいるのは豪華客船でもなければ高価なお宝が積まれている船でもなかった。

 ただの貨物船であり、残っているリストによると積み荷もほとんどは水でダメになるものばかりだそうだ。

 そのために貨物船の持ち主からは引き上げのための予算が出ずに、この依頼にあてられたほんのわずかな報酬は乗組員の遺族たちから出されたものとのことだった。

 もしかすると、船が沈んだ所まで漁師が我々を運んでくれたのは、この依頼を受けているのを知った上でのことかも知れない。

 まあ、それは置いておくとして。

 冬の海は最悪だった。

 波が高くて、船がぐわんぐわんと揺れている。冷たく吹きすさぶ強風で海水がびちびち巻き上がり、全身にぶつかって少しずつ、しかし確実に体温と体力とやる気を奪った。

「ちっきしょー! テオも引きずってくればよかった!」

「解る! 帰りたい! 帰りたい! 解る!」

 たもっちゃんの悪魔のような内容の叫びに、私も全力で同意した。

 いや、テオがいても最悪なのに変わりはなかった。ただ、なんかあいつだけ難を逃れているのが気に入らないだけだ。

 船の上にはえっさほいさと船をこぐ漁師と、わあわあ言って揺られるメガネ。私。一人だけ平然としているレイニーだ。

 テオと金ちゃんは、陸地で子守りをしながらお留守番をしている。

 それはあの妙に面倒見がよくて流されやすいイケメンが、固い決意を思わせる顔で「海に出るのは絶対に嫌だ」ときっぱり言ったからだった。

 その圧迫感を感じるほどの剣幕に、なんとなくだが我々は察した。どうやらあいつ、泳げないんだと。

 だから置いてきたのだが、こんだけ寒くて荒れてる海では多少泳げても関係ない気がする。ちっきしょー。なんだかんだでイケメンは人生うまく行くようにできてるんだよ。

 たもっちゃんと私は凍えるような海風にガッタガタに震えつつ、根拠のないひがみにぷりぷりとした。

 貨物船が沈んでいると言う海は、深くなるごとに黒っぽく暗い。当然、船の姿は海面からは見えない。

 そこはメガネの看破スキルで覗き込み、見えないものも見ようとできなくはないのだが、引き上げるには木製の船体がもろくなりすぎているらしい。

 どうやら水中から出してしまうと、自らの重さでたちまちに崩れてしまう状態とのことだ。

 たもっちゃんと二人で漁船のフチに両手を掛けてぐだぐだと、ざぶんざぶんと黒っぽく波打つ深い海を見ながら話す。

「どうしよう。崩れちゃっても大丈夫かな」

「知んないよ。て言うか、がんばれば崩さずに持って帰れんの?」

「頑張ればね」

「じゃあがんばんなさいよ。壊れたら元に戻せないんだしさあ」

「そうねぇ」

 最初から薄々解っていたような気がするが、結局、悩むだけ時間のムダだった。

 勝手に船ボロボロにしてあとで怒られるのやだもんね。と言う結論になり、沈没船はちょっとがんばったメガネの魔法で周囲の海水と一緒に引き上げられた。

 風化して貝や海藻をくっ付けた船が海の底からどんどん海面に浮上して、そして球体にまとめられた水と一緒に空中に浮かぶ。

 まるで船の入ったスノードームみたいだ。

 何年も海に沈んでいた船は、ちょっと幽霊船みたいな雰囲気があるが。

 目の前に浮かぶ船の入った水の玉を見て、漁師たちはなんだこれとあきれに近い表情をしていた。

 魔法で維持した水の玉をぷかぷか浮かべ、若干の船酔いを感じながらに陸地に戻ると浜辺でテオや金ちゃんが数人の子供たちと一緒に待っていてくれた。

 出迎えである。恐らく、我々だけで海に行かせた罪悪感がそうさせるのに違いない。主に、テオとかの。

 しかし浜辺にいた誰も、我々をねぎらってくれることはなかった。さっきの漁師たちみたいな顔で、なんだこれと宙に浮かんだ水と船を見上げるのに忙しいらしい。

 その球体の中を見ながら、テオが問い掛け、たもっちゃんが答える。

「これは?」

「船だね」

「あれは?」

「骨だね」

 船を収めて丸く浮かぶ水の中には、すっかり白骨化した人的なものが一緒にゆらゆらただよっていた。

 そこそこ広範囲の海底に散らばって沈んでいたらしいのを、多分、船の乗員じゃね? と、たもっちゃんがせっせと回収しておいたものだ。

 私は横で見ていただけだが、どうも船を引き上げるより海の底から骨を回収する作業のほうが手間だったようだ。

 しかも骨の回収は、船の入った水の玉を維持しつつの作業だ。まあ、ムリだよね。

 たもっちゃんはそれまでただ付いてきただけだったレイニーに、船の入った海水を丸く浮かべて維持する魔法をこれちょっと持っといてとコンビニ袋みたいなノリでぽいっと渡した。

 そうか、魔法って途中で交代できるのか。

 便利なもんだなと思ったが、受け取りながらレイニーは「まぁ! 無茶な事を! できますけれど!」とか言っていたので普通はできないのかも知れない。

 しかしそうして船の保持をレイニーが引き受けてくれたお陰で、たもっちゃんは集中して骨を回収することができた。

 本当によかった。わざわざこのクソ寒い中、さらに寒い海上に出てこなくてもよかった気がする役立たずは私だけだった。

「たもっちゃん」

 魔法のゴリ押しで引き上げた船と骨を一緒にまとめ、持って帰ってきたのがこちらになりますとばかりに浜辺に浮かべたスノードーム的な球体を見上げ、私は言った。

「これさあ」

「うん」

「下ろせなくない?」

「そうねぇ」

 なんだなんだと集まってきた街の人たちと一緒になって、やはり海水の玉を見上げてメガネが答える。

「解ってるんだ。ちょっと失敗したかなーって、俺も一応思ってはいるんだ」

 元々、沈没船を海水で包んで持ち帰ることになったのは、風化した木製の船が空気に触れると崩れてしまいそうだったからだ。

 それは海でも陸でも変わらない。

 これ、魔法解いたら船ばらばらになっちゃうねと気が付いて、我々は困った。

 とりあえず、Aランクのムダ使いで冒険者ギルドまで走ったテオが職員を連れてくる間、たもっちゃんと私はこうして待つ間にも魔力を消費しているレイニーの口にせっせとおやつを詰め込むなどした。


 依頼主である沈没船の乗組員の、その遺族たちからお礼を言われたのはまた後日のことだった。

 それは船そのものと言うよりも、一緒に回収しておいた何体かの骨についてだ。

 本当は船より、遺体を引き上げたかったそうだ。しかしどこにあるかもはっきりしないし、捜索するには海は広く人間は小さい。

 とても遺族が出し合える額では報酬に足りず、せめて遺品だけでもと船の回収を依頼したらしい。それでもやはり報酬は少なく、長く待つはめになってしまった。

 事故があったのは、何年も前だ。私もメガネもこちらの世界にすらいなかった。考えても仕方ない。

 だけどやっぱり、身勝手に。その時ここにいたとしたら、と少しだけ思った。

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