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第2話 妹とDTOを買いに行こう

 現実世界のアックス――小野冬馬はごく普通の高校二年生の男子である。

 ドラゴンテイルオンライン――DTOをログアウトした冬馬は仮想世界にダイブするためのヘッドギア――ダイバージェンスギアを外した。


「お兄ちゃんッ! 今日は一緒に買い物に行こうって約束してたのに! 今何時だと思ってるの!」

 冬馬の目の前で顔を真っ赤にして仁王立ちで怒っているのは中学二年生の妹の秋葉だ。

 部屋の壁に掛けてある時計を見ると時針は午後3時を指し示していた。


 ボス部屋前のセーフティーエリアで一度トイレ休憩するためにログアウトしたものの、すぐにゲーム内に戻り、21時間もログインし続けていた計算になる。

 冬馬はボスモンスターとの戦いに熱中しすぎて秋葉との約束をすっかり忘れていた。


「何時って……午後3時だな。それよりも秋葉、俺はダイブする前に部屋の鍵をかけていたはずなんだけど?」


 部屋の入り口を見ると扉は開いており、床にはドアノブが無造作に転がっていた。

 秋葉はドアノブを壊して無理やり部屋に入ったらしい。

 そのことを非難するように冬馬がジロリと睨むと秋葉は先ほどの怒りはどこにやら。顔を青くして急にオロオロしはじめるのであった。


「お、お兄ちゃんが悪いんだよ。ノックしても声をかけても返事がないし……」


 仮想世界にログインしている時に外部から接触を受けると、ちょっとしたことでセーフティー機能が働いて仮想世界から強制ログアウトしてしまうのだ。

 冬馬はそれを防ぐためにDTOにログインする時は部屋の鍵をかけるようにしているのであった。


「俺がダイブしてる時にいたずらしてないだろうな?」

「し、してないよ! ぜったい!」

「本当か?」


 何故か秋葉は顔を赤くして慌てている。

 怪しい……

 マジックでいたずら書きでもされてやしないかと思って鏡で顔を見るが特にその様子はない。

 まぁいいか。

 ドアノブを壊した秋葉も悪いが、約束を忘れていた冬馬も悪い。


「まぁ、おあいこってことで許してくれ。戦闘中でログアウト出来なかったんだ。今から買い物でもいいか?」

「うん、いいよ!」


 冬馬がそう言うと秋葉は顔をパッと明るくして返事を返した。

 赤くなったり青くなったり表情の変化に忙しい妹である。


「ところで買い物って何を買いに行くんだ? 俺がついていく必要があるのか?」

「わたしもダイバージェンスギアとDTOを買いに行くのよ」

「秋葉がダイバージェンスギア? それにDTO?」


 今まで秋葉はVRゲームにまったく興味を示さなかったというのにどういう心境の変化なのだろうか。


「友達にDTOに興味を持ってる子がいて、一人じゃ不安だからって私も誘われたの」


 ダイバージェンスギアは複数のメーカーから発売されており、最新のものから少し古いものと様々な機種がある。

 機械オンチである秋葉は冬馬について来てもらい、自分の代わりに選んでもらうことにしたのだ。


「なるほど。ダイバージェンスギアについてなら俺に任せておけ」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「でも、その前に……」

「その前に?」


 腹を押さえながら、深刻な表情をして冬馬は口を開いた。


「腹が減った。行く前に何か食わせてくれ」


 冬馬は21時間食事をしておらず、空腹で餓死寸前であった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 食事をして腹を満たした後、冬馬と秋葉は大型電気店に向かい、ダイバージェンスギアとDTOのパッケージを購入した。


「お兄ちゃん、選んでくれてありがとう」

「どういたしまして」


 冬馬が選んだダイバージェンスギアは最新の物よりも一世代古いが、ダイブ酔いしにくく初心者でも使いやすいと評判の機種だ。

 これならVRMMO初体験の秋葉でも安全に遊べるだろう。


「これで、お兄ちゃんと一緒に遊べるね」

「俺と一緒に?」

「当たり前じゃない。DTO経験者として色々教えてよね。頼りにしてるんだから」

「ああ……」


 DTOの世界では不人気職の斧使いをやっており、クランにも所属していないボッチプレイヤーがどこまで頼りになるかは分からないが……

 冬馬はそう思いながら返事を返した。


 ブブブブブ


 何か音がするなと思っていたら秋葉の携帯端末が振動する音だった。

 秋葉は携帯端末の画面を開くと何やらパネルをタッチし始める。誰かとチャットをしているようだ。


「お兄ちゃん、さっき言ったDTOに興味もってる友達がちょうど近くにいるみたいなんだけど会ってもらってもいいかな?」

「別に構わないぞ」


 どうやらチャットの相手は秋葉の友達でDTO内で会う前に一度挨拶をしたいらしい。

 待ち合わせ場所に移動すると秋葉の友達らしき女の子は既に現地で待っていた。

 髪の毛を長く伸ばした清楚な雰囲気の子だ。

 秋葉は手を振りながら女の子に近づいていく。


「おーい、百合ちゃーん、ごめーん、待ったー?」

「あ、アキちゃん。いえ、今来たところです。えと、そちらの女性は? お兄さんはどちらに?」


 百合ちゃんと呼ばれた秋葉の友達はこちらを見てペコリとお辞儀をしたかと思うとキョロキョロと周囲を見回した。

 目の前にいるというのに百合は冬馬が秋葉の兄だと気づいていない。

 というか男ではなく女だと勘違いしている。

 またか……そう思いながら冬馬はため息をついた。


「俺が秋葉の兄の小野冬馬です。よろしくね」

「ええっー!? ごごご、ごめんなさい。てっきり女性かと」

「あ、うん。気にしなくていいから。よく間違われる」


 DTOでは斧を担ぎ、無精髭を生やした逞しいタフガイのロールプレイをしている冬馬であったが、現実の冬馬は――


 よく女性に間違われる中性的な顔立ちの、それ以外はごく普通の高校二年生の男子なのであった。

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