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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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11-4:ただの使者たち

 フーヤオが各所への連絡や警備の指示を飛ばす中、二人は部屋の隅で邪魔にならないよう大人しくしていた。


 廊下を慌ただしく行き交う兵士や使用人を眺めながら、ロウエンは何か忘れているような、としばし宙を見つめ、あ、と小さく声を上げた。


「ねえ、あの眠らせた大臣は?」

「ああ、忘れてた」


 噂をすれば、板張りの廊下の向こうからドスドスと不機嫌な足音が聞こえてきた。


「フーヤオ! どういうことだこれは!」


 数時間前にアーユイに気絶させられた大臣が、今にも噴火しそうな真っ赤な顔をして姫の部屋に現れた。


「大臣、姫の御前です。お静かに」


 冷静な声にぐっと勢いを削がれ、大臣は声の音量を落とす。


「姫の容態は」

「聖女様のおかげで掛けられていた呪いが解け、今は容態が安定しています」

「聖女? 聖女がどこにいる」


 それから、室内にアーユイとロウエンがいるのを見留め、再び声を荒げた。


「なっ、どうしてよそ者が堂々とこんな所にいるんだ! というか、さっき私に何をした!」

「これ以上うるさくすると、いくら大臣でも出て行っていただきますよ」


 迷惑そうに口を開いたのは、医者だった。


「なんだその言い草は!」


 大臣は、入り口の護衛の制止を振り切って入ってきた。


「聖女などいないではないか。姫は本当にもう大丈夫なのか?」


 噂に聞く白装束の女の姿はなく、かわりにアール風の旅装束が二人いるだけだ。


「聖女様なら」

「聖女様なら、もうお帰りになりました」


 ここにいる、と言いかけたロウエンを、アーユイは手で制した。


「我々は、経過を見守るように仰せつかった教会の使者です。一刻も早く姫の容態を確認したかったため、先ほどはろくなご挨拶もせず失礼しました」


 面倒くさい奴にはなるべく絡まないのが一番だ。目配せすると、ロウエンも意図を察して後ろに下がった。


「お話し中に突然気を失われたので、お身体に障るのではと近くのお部屋をお借りして安静にして頂いた次第です。大臣こそ、あまり興奮されると、再発するかもしれませんよ」


 黙らないともう一度落とす(・・・)ぞと暗に脅すと、大臣はアーユイの視線に気圧されて、今度こそ静かになった。


「……姫が無事ならいい。フーヤオ、後できちんと報告しろ」

「はい」


 冷静になったことで、ようやく部屋にいる全ての人間が早く出ていけという空気を醸し出していることに気付き、大臣はそそくさと立ち去った。


「話せばわかる人じゃないか」

「悪人ではないんだ」


 彼もまた、先代皇帝の時代から長年大臣の座に就いている者だ。要職を任されるだけの実力はある。


「少し面倒なだけで」


 フーヤオは、ぼそりと付け加えた。


 ***


 翌朝、アーユイは大きなあくびをしながらフーヤオに言った。


「あとはお医者様の指示に従っていれば、きっと大丈夫だ」


 呪いは解けても、それによって失われた体力はすぐには戻らない。

 容態が急変した時のために、一晩寝ずに傍についていた。

 何かあったら起こすからと先に寝かせた医者は、まだソファの上で毛布に包まっている。


 ロウエンも一緒に起きているつもりだったが、ここ数日まともな睡眠を取っていなかった彼には、一安心した後の徹夜は無理だった。

 今は床で寝て凝り固まった身体をほぐしている。

 気がついたら掛けられていた毛布が誰の手によるものなのかは言うまでもなく、少し落ち込んでいた。


「それじゃ、私たちは帰るよ。何かあったらすぐに呼んでくれ」


 痩せ細った姫の身体は痛ましいが、呼吸と脈は安定し、明け方には一瞬目を開けた。峠は越えたと言っていいだろう。

 部屋には念のため、呪いや悪意のある魔法を弾く結界を張った。しばらく消えることはない。


「……そうだな」


 後ろ髪を引かれながら椅子から立ち上がるフーヤオを、アーユイは突き飛ばした。

 国一番の戦士を聖女が片腕でよろけさせた瞬間を見てしまい、中をこそこそと覗き込んでいた兵士達がどよめく。


「何するん」

「フーヤオの役目は私をここに連れてきて、姫を救うことだったんだろう? エンネアには連れて帰らないよ、私は」


 顔の前に手のひらを出すと、フーヤオは反射的に動きを止めた。


「でも」

「もしもエンネアでアールの皇帝陛下にお会いしたら、即効性のある解呪の護符と聖水を、信頼のおける教会の人間に持たせてフーヤオと一緒に行かせたとでも言っておくから」

「うんうん、適当に誤魔化して出国したことにしとくから、姫の傍にいなよ。護衛なんでしょう?」


 アーユイのいない間に何の話をしたのか、フーヤオとロウエンは急に打ち解けていた。


 アーユイに同年代の友人が少ないように、ロウエンにも腹を割って話せる友達がいなかったのだ。身分違いの難儀な相手に惚れた者同士、馬が合ってしまった。


「……ありがとう。この恩は絶対に忘れない」

「ああ、例の扉の件、楽しみにしてるからね」


 アーユイは使用人扉のからくりのことをまだ諦めていなかった。


「お医者様、それに他の警護の皆さんも。私と彼は聖女と王子ではなく、今もエンネストにいる聖女の使いっ走りです。任務を終えて、これからのんびりエンネアに帰ります。式典には間に合わないかもしれません。いいですね?」


 有無を言わさぬ凄みのある笑顔を向けられ、各々が息を呑みながら頷いた。


「それでは、またご縁があればお会いしましょう。ごきげんよう」


 最後にはエンネアの貴族令嬢がするお辞儀を完璧に決め、アーユイはさっさと部屋を出ていった。

 ロウエンも、騎士隊式の敬礼をしてから慌ててその後を追った。


「ねえねえ、少し時間があるし、折角だから少しアールを観光して行かない?」

「いいね。帰ったらまた外に出られなくなるからね――……」


 廊下の角を曲がり、徐々に遠ざかっていた声は、突然プツッと途絶えた。

 残った者たちは魔物に化かされたような気持ちでお互いの顔を見た後、静かに息を吐いた。

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