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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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11-2:風神

 どす黒い暗雲となった煤は、澄んだ空を目的を持って一直線に突っ切っていた。

 アーユイもまた、屋根を伝い塀を跳び越え、なるべく一直線にその後を追う。


「うわっ!? 何だ!?」


 いきなり降ってきた人影に使用人が驚くのも構わず、走った。


 やがて、煤は王族の居住区の隅で竜巻のように高い柱を形作った。

 人影を襲う直前、透明な結界が竜巻と術者を隔てた。


 三十代半ばくらいだろうか。やつれてはいるが気品のある美しさを持つ、アールの伝統服を纏った女だった。

 襲ってきた竜巻と、突如自分を守るように現れた結界に驚き小刻みに震えながらも、悟ったように歯を食いしばり、返ってきた呪いを見つめていた。


「フィーゴ様!」


 古来より、呪いに頼るのは女性のほうが多いとされている。

 男性よりも非力で立場が弱い者が多く、物理的な手段に出ることが難しいからだ。


「これはまた、大物が釣れたな! いくら(オレ)でも、握りつぶすのは難しいぞ」


 アーユイを抱えた炎神フィーゴが、竜巻に巻き込まれない距離から地上の女を眺める。


「そこをなんとか」

「助けるのか? 唆されたとて、他人を呪い殺そうとした女だぞ? 魔物に成り下がってからのほうが、大義名分を持って始末できるというものだろう?」


 同族を殺すことには抵抗があるが、異種族ならば容易く一線を越える。

 時にはこじつけの理由をつけて、同族を異種族にしてしまうことすらある。

 そんな人間の営みを長年見てきた戦神は、首を傾げた。


 だが、アーユイは首を振った。


「彼女には人間のままでいてもらう必要があります。首謀者を吐いてもらわねばなりません。それに――」


 ちらりと、大柄な人間の姿を取っている神を見上げる。


「魔物になってからでは、自分のやらかしたことの大きさが知覚できないでしょう。人間のことは人間同士で解決する。ですよね?」

「はっはっは、つくづく残酷な女だ!」


 そう言いながらも、炎神は上機嫌だった。そして空中に向かって呼びかける。


「おい、風の! 見ているんだろう、手伝え!」


 すると、突風が竜巻の上半分を削った。


「その呼び方、やめてくれない?」


 涼やかな声と共に、淡い緑の髪と衣を風にはためかせるかせる線の細い男神が、空中に現れた。


「まあ、きみやタラッタが気に入るのもわかる。風神フラガノン。ピュクシス神の愛し子に、風の祝福を授けてあげるよ」


 フラガノンが腕を振ると、収束しようとした煤が再度霧散する。その間に、残った部分をフィーゴが握りつぶした。更に、


「ふん!」


 半量となっていくらか細くなった竜巻に向かって、火球を放った。


「そーれっ」


 追撃とばかりに、フラガノンが火球に風を纏わせる。協力技によって生まれた巨大な火柱は、あっけなく煤の竜巻を飲み込んだ。


「初めまして、フラガノン様。急なお願いに、お力添え頂きありがとうございます」

「ん、くるしゅうない!」


 アーユイが挨拶すると、屋根の上に降り立った風神は満足そうに胸を張った。


「それじゃ、僕はもう行くね! 風はいつもきみと共にある。面白そうなことには呼んでくれっ」


 バチンと気障にウィンクすると、風神は再び突風を伴って消えた。


「さすが風神。速いですね」

「忙しない奴よ」


 まさに暴風。風とは爽やかなばかりではない。


「他に手伝うことはないか? 他の煤はもう返ってしまったと思うが、様子を見に行くか?」


 一方の炎神は、気に入った者にはひっついていたい性質のようだ。


「私は彼女に用があります。フィーゴ様もお話されますか?」


「いや、(オレ)は帰るとしよう。お前の邪魔をするとピュクシスがうるさいしな。それじゃあ、またいつでも呼べ! 次はできれば派手な戦がいい!」

「善処します」


 苦笑するアーユイを置いて、じゃあな、と炎神も消えた。


「……さて」


 結界を張ったのは、呪いに彼女を襲わせないだけでなく、彼女をその場から逃がさないためでもあった。


「もう一仕事だ」


 屋根から軽やかに飛び降り、女の前に立つ。


「貴女は、誰? どうして私を助けたの?」


 アール語を話す女に、アーユイは微笑んだ。


「助けたのではありません。……むしろ、私を恨みながら、もっと酷い方法で死ぬことになるかもしれない」

「いいえ、もう、誰も恨まないわ。……男装の綺麗なお嬢さん。少しだけ、身の上話を聞いてくれる?」

「ええ、構いませんよ」


 アーユイは、逃げようともしない女の隣に腰を下ろし、あぐらを掻いた。


「……私はね、前皇帝の妾が産んだ子なの。反乱因子として疎まれて、でも皇帝の血を引いているから殺すこともできない。かといって変に知恵をつけられたら困るから、使用人も最低限で、王族らしい教養も与えられなかった。……この生活区ヵら出ることも許されず、腫れ物扱いされて、死ぬことも出来ずに生かされ続けてきた」


 ぽつりぽつりと、虚空を見つめて話す女。


「そんな中で、あの子が生まれたの。私とは正反対。みんなに愛されて、望まれて生まれてきたの」


 羨ましい。妬ましい。同じ皇帝の娘なのに、どうして私には彼女と同じものが与えられないのか。


「そうしたら、大臣の一人にね、そそのかされたの。そんなに憎いなら殺してしまえばいいって。そいつの手駒にされることもわかっていたけど、もう、どうでもよかった。こんな国、なくなってしまえばいいと思ったの」


 その目には光も希望もない。わけもわからないまま呪いに取り殺されるのは、むしろ本望だったのかもしれない。


「そうですか……」


 憐憫でもなく同情でもなく、ただ事実を聞き入れるだけの相づち。そして、ふと思いついたように、女のほうを振り向いた。


「ものは相談なんですが、ご婦人。ちょっと今から、そいつに嫌がらせしにいきませんか」

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