9-4:偵察
アーユイの読み通り、『敵国の最新兵器』を偵察に来たのはビラール家だった。
「聖女様、この度は謁見の機会を頂き誠にありがとうございます」
「こちらこそ、お会いできて光栄です、ビラール男爵」
優雅に礼をしてみせると、人の良さそうな中年男性は少し意外そうな顔をした。
「何か?」
「いえ、なんでも」
スパイなら、聖女の実家が裏で何をしているのかも調べているかもしれない。
そう簡単に証拠を掴ませるアインビルドではないが、用心するに越したことはない。
アーユイは、静かにビラール男爵を見定めた。
「病弱だと伺っていましたが、神のご加護で健康になられたのだとか。やはりピュクシス神は素晴らしいですね」
ひょろりと細い身体をソファに預けた男爵は、両膝に手を乗せ、にこにこと話しかける。
「ええ、おかげさまで、毎日充実しております」
来客は面倒だし、来客がなければないで暇だし、家業をやっていた頃の方が充実していたのは秘密だ。
「治癒や浄化の力も授かったと噂で聞きました。あのう、ただの興味なのですが、他にはどんな力をお持ちなのか、お訊ねしても?」
「体質的に魔除けになることと、首都に張られている結界のような力が行使できるとは聞いています。後者は今のところ、使う機会がありませんが」
これは伝説や資料にも記されていることだ。話しても問題ない。
「あとは……」
鎌を掛けてみることにした。
「加護ではありませんが、聖女の立場で得た人脈も、力と言えるかもしれません。様々な身分の方から、いろいろな噂が持ち込まれるのですよ。例えば、男爵のご令息がされている事業のこととか」
すると、男爵は微かに肩を震わせた。
「貴族の若者向けに、珍しい国外の家具や雑貨を輸入して売っているのだそうですね。私も母がアールの出身なものですから、茶器などあれば見せて頂きたいと思っていたのです」
輸入貿易を行っている商家と組んで商売をやっている――その影で、呪具を必要としている貴族に横流ししているというのが、アインビルドが掴んだ情報だった。
「いえ、あれは息子が道楽でやっているようなものでして……。聖女様にお目にかけられるような品質のものではございませんよ」
「私は、貴族の身分で言えばビラール男爵よりも下位ですよ? 品質はほどほどで十分です」
「何を仰いますか。先日、お父上が伯爵になられたのに」
子爵は男爵よりも位が高いが、その娘となると地位らしい地位はない。一般的には、家長の所有物だ。
「肩書きが変わったところで、下級貴族の性分はすぐには治りませんよ。今だって、節約と倹約が基本です」
「でしたら尚のこと、愚息の道楽は聖女様には向いておりませんよ。相手の無知につけこんで、実際の金額よりも高く売りつけることもあるんですから。困ったものです」
はあ、とため息をつく姿を見て、アーユイは内心でおや、と思った。
もしや、彼は息子が呪具を扱っていることを知らないのでは。
「貿易と言えば、私の血筋は半分アールですが、ビラール家のルーツはヘプタだと聞きました。ヘプタって、どんなところなのですか?」
「辺鄙なところですよ。昼間の日差しは強いし、そのくせ夜は寒いし、歩けども歩けども砂ばかりだし」
国の半分以上が砂漠だというヘプタは、国の中心を流れる大河に沿って街が作られている。
それ以外は点在するオアシスの周りに小規模な町や集落があり、ビラール家は小さなオアシス集落を統治する一族だったのだという。
「息子は、同じくヘプタ贔屓の私の父に可愛がられていたこともあってか、妙にあの砂地を気に入っているようですがね。私は正直なところ、先祖が先の戦いでエンネアに寝返ってくれたことに感謝しているくらいで」
よほど訓練されているのでなければ、彼の言葉に嘘はなかった。
つまり、彼は諜報員の器ではないと判断されて何も教えられておらず、息子が役目を継いでいる。
「ああ、申し訳ございません。聖女様に身内の愚痴を」
「構いませんよ。人々の悩みを聞くのも聖女の役目だそうですから」
「なるほど……。いやあ、うちの息子よりもお若いのに、しっかりしておられる。あの愚息ときたら、最初は自分が聖女様に会いに行くと言ってお約束していただいたのに、急に別の用事が入ったから代わりに行ってくれだなんて言い出すんですよ。いつになったらしっかりしてくれることやら……」
誰かに愚痴を話したくて仕方なかったのだろう。気を許した途端に、ぺらぺらと話し始めた。
「それは残念ですね。お会いしたかったのに」
「息子も、随分と残念がっていました。普段は私の話なぞ聞こうともしないのに、後でどんな話をしたか聞かせてくれとしつこく言ってきて。聖女様が会いたがっていたと言ったら、きっと喜ぶでしょう。必ず伝えますよ」
「ええ、是非」
息子が直接来ることは、恐らくない。それでも収穫はあったと、アーユイはヴェールの下で微笑んだ。




