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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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9-1:王子の悩み

 ヴィンスやオリバーとしばらく話し込み、居住区の自分の部屋に戻ろうとしたロウエンは、急に走った悪寒に思わず振り返った。


「……僕も誰かに呪われてるのかな」


 ロウエンの嫌な予感は割と当たる。まさかライバルが現れそうだということには思い当たらなかったが、


「ロウエン」


 今度は、進行方向から急に声が掛かった。


「母上」


 立っていたのはロウエンの母、即ちエンネア王妃だった。

 付いてくるようにと言って私室で二人きりになった王妃は、おもむろに振り返る。


「ということでロウエン。早く聖女様に交際を申し込みなさい」

「はい?」


 何が『ということで』なのかわからない脈絡のない命令が下され、ロウエンは思わず聞き返した。


「貴方がアーユイ姫のことを慕っていることは周知の事実ですよ。早くなさい」


 実はこの王妃、発破をかけるどころではない爆弾魔だった。

 当時は王太子だったダインが自分に好意を寄せていることにも早々に気付き、煮え切らない態度に痺れを切らして『私とどうなりたいのか! はっきりなさい!』とブチキレてその場でプロポーズさせ、妃となった実績を持っている。


「いえ、あの、お付き合いって……。聖女様のお気持ちがありますし。ピュクシス様にもよろしくと言われておりますし……!」

「聖女様のところに、各国から美男子が送り込まれていることは知ってるでしょう?」

「はい……」


 再び唐突な問い。


「アインビルドの暗殺姫が、そう簡単に一目惚れなんてするわけがないとは思っていますが……。もし彼女の眼鏡に叶う男性がいたら、貴方、どうするつもりです? 今の気安い立場にあぐらを掻いていたら、ただの護衛に成り下がることになるかもしれませんよ」

「それは……」


 ロウエンは改めて想像して、嫌だ、とはっきり思った。

 彼女の隣に他の男が立つのは許せない。彼女を支えるのは自分でありたい。


「彼女は聖女の立場を得ても、エンネアの影であることを選んだのです。『エンネアの王子』が交際を申し込めば、断ることはないでしょう。こういう時くらい、権力を振りかざしなさい」


 母のあまりにも明け透けな物言いに、ロウエンはぽかんと口を開けた。


「というのは半分冗談で。見ている限り、アーユイ姫もあなたに悪い印象は持っていないと思います」


 半分かよ、という突っ込みをぐっと飲み込み、母の言葉の続きを待つ。


「ですが、全くと言っていいほど、彼女は貴方の好意に気付いていません。せいぜい良いお友達程度です。まずは気持ちを表明して、恋愛対象として意識してもらいなさい。そのために早く交際を申し込みなさい。以上、母の話は終わりです」


 言いたいことだけ伝えると、王妃はパチン、と扇を畳み、しずしずと部屋を出て行った。


***


 母からのあまりにも忌憚のない意見を受け、ロウエンはアーユイが他の男を選ぶことを想像し、三日ほど悪夢に悩まされた。


 周囲から心配された末に、リーレイに連絡した。


 『侍女さん、ちょっと相談に乗っていただけませんか』


 旅から帰って来た後、リーレイにも第二王子直通の魔術式を渡していたのだ。

 何か連絡事項があるかもしれないから、ということで、もちろんアーユイもそのことは知っている。


 だがこうしてプライベートな相談をする羽目になるとは、リーレイはもちろん、ロウエン自身も思っていなかった。


「侍女さんは気付いてるでしょう。僕がアーユイ姫に惚れてること」


 中庭で、いつかのアーユイのように屈んで花を見ているリーレイの後ろから、小さな声でロウエンが話しかけた。


「僭越ながら、もう少し隠せるようになったほうがよろしいのではと心配になるくらいには」


 リーレイは振り向かずに頷く。


 温泉での一件で、リーレイは人が恋に落ちる瞬間というのを初めて見た。


「相変わらずはっきり言うなあ。ありがたいよ」


 ロウエンは恥ずかしそうに顔を赤らめる。そこにいるのはただの、恋愛に奥手な十八歳の若者だった。




 リーレイはアーユイの母の故郷で孤児として幼少期を過ごし、アーユイと背格好や顔立ちが似ているからという理由で引き取られた。以降、少女らしい感情とは無縁の生活を送ってきた。


 アーユイがいなければ、今のリーレイの生活は無い。

 アインビルドに引き取られ、アーユイと出会ったその日から、全てを彼女に捧げると決めた。

 リーレイにはアーユイしかなく、彼女の幸せはそのままリーレイの幸せだ。




 故に、この純粋で素直すぎる第二王子の処遇をどうすべきかと思っていた。


「そうだよねえ、わかるよねえ。逆に、なんで聖女様は気付かないの?」

「……お嬢様は、敵意を向けられることはあっても好意を向けられることはないと思っている節がございますので」


 感情の機微には人一倍聡く、悪意については程度や方向、殺意の有無まで見分けるが、好意についてはかなり疎かった。

 嫌われていないのなら敵ではない、というだけの判断しかしないのだ。


 ――要は、鈍い。


「そっかあ……。協力……は、してくれないよねえ」

「わたくしはお嬢様のためになることしかいたしません」

「潔いなあ。そうだよね。僕が彼女に交際を申し込んでも、彼女のためにはならないもんね」


 王妃の言う通り、アーユイはロウエンの申し出なら断らないかもしれない。

 だが、一国の王子と聖女がお付き合いなどしようものなら、他国はもちろん、国内でも議論が巻き起こることは避けられない。

 今よりもあからさまに妨害や阻止しようとする者も出てくるに違いない。


「ですが」


 アーユイは別に、ロウエンのことを嫌ってはいない。

 むしろ、好意的に思っている。でなければ風呂で彼が撤収しようとした時に引き留めたり、ましてや素顔を晒すことなどしなかった。

 ならば、リーレイもロウエンのことを嫌いはしない。


「お嬢様が王子と結ばれたいと仰るなら、どんな手を使ってでも。……世界を敵に回してでも、わたくしども(・・)はそれを応援いたします」


 複数形。即ち、アインビルドの手の者全てだ。

 それだけアーユイは部下から慕われている。――それこそ、命を差し出しても構わないくらいに。


「つまり、世界を敵に回す覚悟と、彼女の方から惚れてもらう努力が必要ってことか」


 まったく、改めてとんでもない相手を好きになってしまったものだ。ロウエンは深いため息をつき、それから自分の両頬をパチンと叩いて、


「よし」


 何かを決意した。

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